CAR LOVE LETTER 「Devil? Or Angel?」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA VOXY(AZR60G)>
「ちょっと、もういい加減起きてよ。」
俺は嫁さんのそんな不機嫌な声に叩き起こされる。疲れは抜け切っていない。肩と腰が重い。
「もうあの子も起きてるんだから。ちゃんと面倒みてよ。」
はいはい、わかってますよ。俺は「いててて・・・。」とうめきながらベッドから体を起こした。
すると次の瞬間、「おとーさーん!!」と言う悪魔のような叫び声が聞こえたかと思うと、体に激しい衝撃が伝わり、またベッドに横たわってしまった。
衝撃の主は、そう。娘だ。
もうすぐ四才になろうかというお年頃。口も達者になってきたし、体もしっかりしてきた。
だからこうした体当たりなんかは注意しないとホントに怪我してしまいそうだし、自我が芽生えて来ているのは良いが、今度は全然こっちの言う事を聞きゃしない。
ホントに手が掛かるんだわ。
しかも嫁さんは今日は友達と、ジャニーズの何だか君の舞台を観に行くんだってさ。だから今日は俺が娘の面倒をみなきゃいけないんだ。
まぁいつも仕事にかこつけて家事や育児から逃げているし、たまには嫁さんにも羽根を伸ばす機会があってもいいだろう。
だからってジャニーズの何だか君はどうかと思うけどな。
俺がタレントのこの子かわいいよな、なんて言ったら、「こういうのが趣味なんだ。」とか、「あたしと全然タイプ違うじゃん。」とか、「おっぱいでっかいだけじゃない。」とまで言うくせに。
俺から言わせりゃ、ジャニーズの何だか君だって、そりゃ見てくれは良いだろうけど、中身の方はどうだろうかなぁ?と思うぜ。まぁ口には出さないけどさ。
「じゃあよろしくね。あんまりお菓子とかジュースとかあげないでよ!」
わかってますよ、そんな事は。俺は心の中で「はいはい。」と返事して、嫁さんを見送った。
さて、少々遅めだけど朝飯にしようかな。作るのもめんどくさいから、簡単なものが良いな。
「なぁ朝飯さぁ、うどんでいいよな。」
ささっと茹でて食べられるし、洗い物も楽でいいからな。俺は鍋に水を汲んで火に掛けようとした。
「いやぁ。ちゃーはんがいいの。」
娘が眉間にしわを寄せて首をふった。
「何で。うどんでいいじゃん。お前うどん好きっていつも言ってるじゃんか。」
出鼻をくじかれて、俺も少々苛立ちを込めて娘に言う。
「いや!うどんいやなの!ちゃーはんがいいの!」
あー、始まった。娘のワガママが。
「いいんだって、うどんにしよう。」と押し切ろうとすると、「うどんいやぁ~な~のぉ~!」と、娘は悪魔のように爆泣きを始めた。
あ~、はいはい、もう分かったよ。チャーハン作ればいいんだろ!あーホントに朝っぱらからめんどくせぇなぁ、もう。
冷蔵庫を見ると、ネギとレタスに玉子と豚肉、炊飯器にもそこそこご飯も残っている。作れない理由は無いって事だ。
俺は渋々ネギを刻み、レタスをちぎり、チンチンに熱した中華鍋に溶き玉子を流し込んだ。
玉子がふわっと花開き、スピード勝負がスタートする。
あ、いっけね!ご飯用意すんの忘れてた!俺は慌ててご飯をよそおうとした。その瞬間、足の小指を食器棚の角に強かにぶつけてしまった。
「ぐぁっ!いててて!あ、ご飯ご飯。」
俺は悶えながらご飯をよそった。その姿を見て娘が、「なにやってんの、おとーさん。」とケタケタと悪魔のように笑った。こっちゃあ笑い事じゃないんだぞ。
脂汗をかきながら、何とかチャーハンが出来上がった。薄味だけど、子供に食べさせるにはいい味だろう。
娘も希望の食事が出来てニコニコだ。はい、それじゃいただきまーす。
「あたしね、ちゃーはんすきなの。」
娘は天使のような笑顔を振りまく。ご機嫌になると何でも好きになるんだよな、コイツは。
ぼそぼそと食べ始めたところで、また娘がキーっと叫び出した。今度は何だ?
「あついー!」
当たり前だよ、出来立てなんだから。ふーふーして食べなさいっていつも言ってるだろ。ほら、お茶飲んで!
娘は泣きながらコップを持とうとする。あっ!危ない!
すると案の定、娘はコップを倒してお茶をこぼしてしまった。そしてそのこぼれたお茶は、テーブルの上を流れて俺の股間へ!何て事を!
「いつも気を付けてコップ持ちなさいって言ってるでしょー!」
俺は布巾でテーブルと股間を拭い、また声を荒げる。娘も更に声を荒げて大泣きする。
もうここまで来たら打つ手無し、だっこするしかない。
俺は娘を抱き上げて、ご機嫌を取る。
「よ~しよし、ご飯食べたらね、公園行こう。お父さんのヴォクシーでね。」
娘はひっくひっく言いながら頷いて、俺のシャツに涙と鼻水まみれの顔を擦り付けてきた。うわー。
何とか娘も機嫌を取り戻し、俺達はほとんど昼飯に近い朝飯を食い終え、俺は洗い物を片付け始めた。
食器を洗う俺の足に、「ねぇおとーさん、こうえんいこっ!」と娘が絡み付いてくる。
邪魔だから、向こう行って遊んでてくれー。俺何とか娘を振り払う。
食器の片付けが終わり、ほっと一息つきたくなる。コーヒーでもいれようかなぁ。
「ねー、こうえんいこうよー!」
娘はもう意気揚々、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、今にもマンションの部屋から飛び出てしまいそうだ。
分かったよ、じゃあ行こうか!俺は鼻水の付いたシャツを着替え、ヴォクシーの鍵を掴んだ。
娘は全力でマンションの階段を飛び降りて、柔らかな陽の光を背に、ヴォクシーに駆け寄る。俺がスライドドアを開けると、勢いよく飛び跳ねてチャイルドシートに飛び乗った。
こんなに動ける様になったんだなぁ。ふとしたことで娘の成長を感じてしまった。
いつかコイツも、思春期になったりしたら、お父さんなんてキライ!とか言って、俺の事を避けるかも知れない。そして彼氏を作って、結婚して俺のもとから離れて行ってしまうんだよな。
そう思うと、何だか突然寂しい気持ちになってしまった。俺はチャイルドシートに座る娘を、ギュッと抱きしめる。娘は陽だまりの匂いがした。
「なーにー、やめてよぉ。」
娘が天使のような笑顔で嫌がる。本当にかわいい子だ。
ヴォクシーに買い替えたのは、娘ができたのがきっかけだった。
それまではミラージュってスポーツクーペに乗っていた。嫁さんと二人なら、スポーツカーでも十分だったが、子供ができるとさすがにそうも言ってられなくなった。それで乗り換えの苦渋の決意したんだが、嫁さんにしてみりゃ、ぼろくて乗り心地が悪くて狭っくるしいスポーツカーから解放されるんだ。狙い通りと言ったところだろうな。
俺としても、家族との時間が楽しめるのと、ミラージュでは眠たかった山道でも、コイツだと意外にご馳走になるってところから、ミラージュを失ったのは辛いけど、こういう選択肢もあるかも知れないなと、まぁまぁ納得しているんだ。
公園に向かってヴォクシーを走らせていると、また娘のワガママが始まった。
「ねぇおとーさん、あんぱんまんみたいの。」と、DVDをみせろとせがみ始めた。
「走り始めちゃったからね、我慢してよ。」
俺は車を止めるのが面倒くさいので、娘のワガママは流すことにした。
「やなの!あんぱんまんみたいの!あんぱんまんがいいの!」
娘のワガママは更にテンションを上げ泣きわめく声が車内にこだまする。
あーくそっ!いい加減にしろよ!
俺はハザードランプを焚いて車を路肩に停め、後席にウォークスルーしてモニターにDVDを突っ込んだ。これでいいんだろ、ホントにもう。
するとまた娘がぎゃーっと悪魔のように叫ぶ。
「ちがうの!おむすびまんのがいいの!」
何だよ、どれだって一緒じゃねぇかよ!俺は何枚かDVDを入れ替えて娘に選ばせた。
だから後席モニター付けるの嫌だったんだよ。
しかし希望のアンパンマンが始まると、ピタッと娘は静かになった。これがアンパンマンの魔法なんだな。
やれやれと俺は車を走らせる。
ふと思いついて、公園に着く前にコンビニに寄ることにした。ここでお茶でも買って、ついでにトイレも済ませちゃう算段だ。
娘は喜んで冷蔵庫に向かって駆けて行き、自分好みのお茶を選んだ。いや、それじゃなくて、こっちの安いのにしてほしいんだけどな。もちろん、娘は聞く耳持たない。
お会計を済ませ、店員さんにトイレを貸してくれとことわる。
しかし娘を連れて行こうとしても、娘は頑として「でない。」と言い張った。
「ほら、今の内にトイレ行っておこう。そうしたらいっぱい遊べるからさ。」
俺は何とか説得しようとしたが、娘は首を横に振るばかり。しょうがねぇなぁ、もう。
俺はトイレは諦め、コンビニをあとにした。公園はもう、目と鼻の先だ。
娘は歌詞が無茶苦茶のアンパンマンマーチを歌い始めた。大分気分もノリノリの様だ。
公園に着くやいなや、娘は滑り台に向かって駆けて行く。ホントに滑り台が好きなんだよな、コイツは。
俺はベンチに腰掛けて、お茶を飲みながら娘が遊ぶ姿を眺めていた。
時折こっちに来てお茶を飲んでは、また遊具に向かって駆けて行く。そんな姿を見ていると、本当に心が和む。
ワガママもしょっちゅう言うけれど、俺にとって娘は天使の様な存在だ。
柔らかな日の光りに輝く髪の天使の輪に、俺はそんな気持ちを更に高めた。
ふと娘を見ると、草むらで何かごそごそやっている。何しているんだろうかと近寄ると、娘は野草や花を摘んでいた。
「これねー、おかあさんにあげるの。」
小さな手に黄色い花をたくさん握って、娘はニコニコとまた天使の様に笑った。
きっと、嫁さんも喜ぶだろう。
「さ、そろそろ帰ろうか。晩御飯、何にしようか。買い物行くぞー。」
俺は天使の手を引いて、ヴォクシーのスライドドアに手をかけた。
「ねー、おとーさん。」
天使のような笑顔で、娘はシートベルトを締める俺のことを呼ぶ。
「んー?なんだい?」
「おしっこもれちゃった。」
・・・・・・この悪魔!!