AIフレンドバトル!
21XX年、世界のAI技術は驚くほどの進歩を遂げていた。
医療、建築、娯楽、様々な分野でAI技術は取り入れられ、目を見張るほどの成果を出していた。
AIだけではない。他の様々な科学も進歩を遂げた。その中の一つが3Dプリンターだ。材料を投入し、データをインプットすることで、ありとあらゆるものを作れるようになったのだ。
そして人々は選んだ。AIを搭載した自律型ロボットを作ることを。
少子高齢化による労働力の減少も原因の一つだった。しかしそれはいいわけで、人々は見たかったのかもしれない……自分たちの進歩の成果を。命の創造に近しい、神に似た行いを。
そしてそれは生まれた。自立学習を行うAIを搭載し、人間や動物……様々な意匠のロボット達が。
ロボット達は、大きさも形も様々で、基本的には人間の良き隣人となった。親は設計者に頼んで子供たちの好みのロボットを3Dプリンターで作り、子供たちに与えた。
そしてそうしたロボット達はしだいに「フレンド」と総称されるようになった。
フレンドがいる社会は次第に当たり前になっていった。元々学校への持ち込みは出来なかったが、それも次第に緩和されていった。
その中でフレンド同士を戦わせるフレンドバトルが流行りだした。
フレンドは設計ごとに自由にパーツを付けられるので、様々にパーツを組み替えてオリジナルの戦術を編み出すことができた。かわいい兎を模したフレンドが強力な光線を放ったり、様々である。また、全く同じ外見で、違う性能を持たせることもできた。
フレンドの成長記録は本体とは別の端末や、クラウド上に保存される。従って、本体を破壊されようとも、データさえあれば復元が可能なのだった。
フレンドバトルの流行は留まるところを知らず、公式の協会ができ、大会が開かれるようになった。各大会で優勝した者には栄誉と、大会名を冠したチャンピオンの称号が送られた。
フレンドバトルはテレビやネットでも注目され、全世界の人間たちが楽しむようになっていた。
――そんな世界の中、ここに生まれて初めてのフレンドをもらおうとする少年がいた。
少年は中学1年生のの13歳。数多のスターを掴み取り、世界大会のチャンピオンになってやると、夢と希望に満ち溢れていた。
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「ツヨシ、早く起きなさい! 今日はおじいさんのところにフレンドをもらいに行く日でしょ!」
「はーい、ごめんなさい、お母さん」
その声に布団の中でまだ寝ていたツヨシは飛び起きた。今日はやっと待ちに待ったフレンドを手に入れられる日で、昨日は遅くまで眠れず、寝過ごしてしまった。
「カツキおじいさんは何をくれるのかな……。当日まで楽しみにしてなさいって言ってたけど」
ツヨシはお母さんの用意した朝ご飯をあっという間に食べ終え、自宅のマンションを出た。電車に乗って三駅目で降りる。カツキおじいさんの家は駅から徒歩3分だった。
少し大きめの家のインターホンを鳴らしながらおじいさんを呼ぶ。
「おじいさーん! 約束のフレンド、もらいに来たよ!」
少ししてカツキおじいさんが出てきた。カツキおじいさんは60歳を超えているが、大学でフレンドについて研究しつつ、学生を教えている。
「おお、よくきたなあ。まあ、入りなさい」
「お邪魔しまーす!」
ツヨシは玄関で靴を脱ぎ散らかして、そのままカツキおじいさんの研究室へ走っていく。
しかし、研究室の扉を開けると、そこには期待していたフレンドはいなかった。代わりに、カツキおじいさんのフレンドである、サル型のウースがパソコンを操作していた。
「ねえ、ウース、僕のフレンドは?」
ウースは手を止め、椅子を回してツヨシの方を向いた。
「まあ、楽しみに待っていてください」
その時、ちょうど扉からカツキおじいさんが研究室に入ってきた。
「おじいさん、どういうこと?」
カツキおじいさんはにっこり笑うと、ウースのところまで歩いて行って、パソコンの画面を見てうなづいた。そしてツヨシを手招きする。
「ちょっとこっちに来てごらん」
言われるがままにツヨシは近づいて、パソコンの画面をのぞき込んだ。
画面にはよくわからない図形やら表やら波形やらが表示されている。
「このプログラムはね。君の脳波を読み取って、君にぴったりなフレンドを設計してくれるんだよ」
ツヨシはそんなすごいプログラムがあるのかと、驚いた表情でカツキおじいさんを見る。
「ははは。驚いているようだね。これはつい先日、私が開発したものなんだ」
そう言いながらカツキおじいさんは、傍に置いてあった頭をすっぽりと覆う機械を渡す。
「これをつけて、目を閉じてくれ」
ツヨシは言われるがままに、ヘッドギアをつけ、目を閉じた。
(強そうなやつがいいなあ……。俺の名前もツヨシだし……。それからかっこいいやつ……)
「では今から一分間、あまり余計なことを考えないずにぼうっとしていてくれ。脳波に影響するからな。では計測を始めるぞ」
カチ、とカツキおじいさんが何かパソコンのキーを押した音が聞こえた。
(考えるなって言われても難しいな……。どんなものがいいか考えちゃう……)
ツヨシは考えないようにしようとするものの、ついついほしいフレンドを想像してしまう。
(何がいいかな……強くてかっこいい……となるとカブトムシとか……ライオン……ドラゴンとかもいいなあ)
その時だった。勢いよくドアが開かれる音がして、誰かが部屋に飛び込んできた。
「カツキおじいさん! 見てみて! はりねずみのくーちゃんだよ! お母さんに買ってもらったんだ!」
(はりねずみ……?)
「おお、よかったのお。……って、いかん! し、静かにするんだ!」
「え? なんで? 見てみて! 丸まって眠ってるの! かわいいでしょ!」
(丸まって眠ってる……? かわいい……?)
「い、いいから今は静かに!」
「えー」
しぶしぶといった口調でそれから少し静かになった。
(やばい、余計なことを考えないようにしないと)
「背中はチクチクー」
(チクチク……?)
「お腹はぷにぷにー」
(ぷにぷに……って、あーっ)
ツヨシは無心になろうとしたが、数秒ごとに一人ではりねずみのくーちゃんを触って感想を漏らす知らない女の子のせいで、かわいいはりねずみのことが頭を離れなかった。
「……うむ。一分経ったから目を開けて、ヘッドギアを外していいぞ」
不安になりながらも、おじいさんに言われたので外すと、後ろを振り向いた。小さな女の子がかごから出したハリネズミを手に乗せてあちこちつついている。
「あの子は教授仲間の孫でな……。たまたま家の近くに引っ越してきたから、よく遊びに来るようになったんだ。結果に影響がなければいいが……」
部屋の隅にあった人よりも大きい3Dプリンターがごうごうと音を立てて動き始めた。ツヨシの脳波から得た情報をもとに、フレンドを作り始めたのだ。
(強くてかっこいいものがいいな……恐竜……タカ……人型でもいいな……剣士とか……お願いだからはりねずみは……)
しばらくすると3Dプリンターは動きを止めた。ぷしゅーという空気の抜ける音が聞こえ、黒いガラスの扉が横に開いた。
「キュ?」
透き通るような緑色のはりねずみだった。小型犬くらいの大きさで、針はそれほど密集しておらず、デフォルメされている。
「あーッッッッ!」
「あちゃあ……はっはっは」
頭をかきむしるツヨシの横で、カツキおじいさんは苦笑いしていた。
はりねずみは辺りを見回しながら3Dプリンターから出てきたが、ツヨシを見つけると走り寄ってきた。
そしてそのままジャンプしてツヨシの肩に乗ると頬ずりしてきた。
「キュキュキュ♪」
「いたっ、いたいって!」
背中の針が頬にぐさぐさと刺さった。はりねずみは気づかずに頬ずりを続けようとするが、ツヨシはなんとかお腹のあたりを持って引き離した。
「なんなんだよこいつ!」
「うーん、動物型の喋れないタイプか……。君になついているのはフレンドの特徴だとして……。面白いね。最近は言葉を話せるタイプがほとんどだから」
返事らしい返事をしないおじいさんを無視して、ツヨシは両手に持ったはりねずみのフレンドをにらみつけた。
(強くてかっこいいフレンドがよかったのに、こんなやつ……)
ツヨシははりねずみが落ちることもかまわず両手を離した。はりねずみは足をばたつかせながら床の上に落ちて転がり、哀しそうな目でツヨシを見た。
「キュ~」
「こんなやついらないよ! 別のやつをちょうだいよ!」
食いつかれたカツキおじいさんは困ったようにうなる。
「うーん、とは言ってもなあ……もうこの子は君になついているようだし……」
ツヨシは学校でフレンドは人工とはいえ、感情を持っているので、本物とほとんど変わらないように接しなさい、と教わったことを思い出した。しかし、感情的には全然納得できなかった。
「くっそー! なんだよそれ! せっかく楽しみにしてたのに!」
カツキおじいさんは黙って頭をかいている。
「こんなやつ、分解しちゃえよ!」
「うーん、それはできないなあ……。フレンドは一つの生命体のようなものだから……。かわいそうじゃないか」
「僕の方がかわいそうだよ……! 別のフレンドをくれないならもういい!」
ツヨシは研究室を飛び出し、そのままカツキおじいさんの家を出た。
「あんなやつ……。学校に連れて行ったら笑いものだよ……」
家のマンションに帰る気にはなれなかったので、公園の方へ歩いて行った。
しばらく歩いていると後ろから犬が走るような音が聞こえてきた。振り向かずに歩いているとその足音はツヨシを追い越し、目の前で止まった。
その足音の主はやはりあの見たくもないはりねずみだった。口にリストバンドのようなものをくわえている。ツヨシはイラッとしてはりねずみに向かって叫んだ。
「ついてくんなよ! お前なんか俺のフレンドじゃないんだからな!」
ツヨシはそう言うとはりねずみの横を走り抜けた。公園へ向かって走りながら後ろを見ると、はりねずみは短い脚で懸命に追って来ていた。ツヨシは撒くために右に曲がり、左に曲がり、めちゃくちゃに走ってから公園の前に来た。後ろを振り返ると、あのはりねずみはいなかった。
ツヨシは公園に入っていくとブランコに乗って、思いっきり立ちこぎした。嫌なことは早く忘れるにかぎる……。
(フレンドはお母さんに頼んで買ってもらおう……。誕生日プレゼントとか、クリスマスとかでお願いすれば……)
少し気分が晴れたので顔を上げると、もう一方の公園の入り口手前にある草むらの中で、中学生くらいの少年たちと彼らのフレンドが、他の一体のフレンドを取り囲んでいるのが見えた。
少年たちのフレンドはリトルドラゴンタイプで、デパートや専門店で未成年向けに売られている中でも、その格好良さとフレンドバトルをした時の強さでとても人気のあるタイプだった。一方で、輪の中でおびえているフレンドは子犬タイプ、どちらかというとバトルよりも日常のふれあいを目的にしたタイプだった。
(なにやってんだあいつら……)
少年たちは真ん中のフレンドをからかって遊んでいるようだった。しばらくすると少年のうちのリーダー格っぽいやつが何かを自分のフレンドに指示した。
命じられたリトルドラゴンは子犬タイプのフレンドに近づいていき……その尖った爪を光らせた。
「リット、エナジークロ―だ!」
エネルギーで光る爪を振るい、リットは子犬のフレンドを殴り飛ばした。殴られたフレンドは悲鳴を上げ、地面を転がる。
「シロ!」
この時、少年たちの後ろから張り詰めたような声が聞こえた。よく見ると少年たちの後ろに小学生くらいの幼い少年が倒れたまま叫んでいた。
「クッソあいつら……」
ツヨシはブランコから飛び降りた。そして足音を響かせながら、まっすぐ少年たちとユウキの方へ近づいていく。
「おい、お前ら! そんな最低な真似はやめろ!」
少年たちはツヨシの方を振り向いた。しかし相手が年下だと判断すると傲慢な態度になった。
「あ? なんだお前」
「いいから引っ込んでろよ」
「離れてた方が身のためだぜ?」
少年たちは口々に悪ぶった調子で言った。
「こいつが俺らにぶつかってきたのが悪いんだ。おつむの弱いフレンドは教育してやらねーとな!」
「おい、トウヤ、頭開いて直接プログラムを書いてやるのもありだぜ?」
「俺らに絶対服従させるか? そりゃいいな!」
少年たちは笑いあう。
「よくわかったよ……お前らがくそ野郎ってことがな! いいからどけ!」
ツヨシが少年たちをかき分けてシロの元へ駆け寄ろうとすると、トウヤと呼ばれたリーダー格の少年がその進路に立ちふさがった。
「年上への態度がなってねぇなぁ! お前も教育してやるか!」
トウヤのフレンドがトウヤの横に立つ。
「リット! ドラゴンバイトだ!」
リットの口の牙がエネルギーによって白く光る。そしてツヨシに躍りかかった。牙はツヨシの肩に食い込み、激痛が走る。
「ぐああああっ」
「おいおい、ほどほどにしておけよ……。フレンドと違って人間を大けがさせたら、さすがにめんどくさいからな」
「はっ、知ったことかよ。パワフルテールだ!」
「エナジークロ―!」
「お前もドラゴンバイトだ!」
「うわああああああっ、い、痛い!」
「あははは! おらどうした! いいのは威勢だけか?」
リットをはじめとしたリトルドラゴン達は遠慮なくツヨシを痛めつける。そこに自我や良心は感じられず、持ち主の言うことに忠実に従うだけの、単なるロボットのようだった。
「まあ、こいつはこれくらいでいいだろ。気は済んだしな。さてあのポンコツフレンドをぶっ壊すとするか」
トウヤが言うと少年たちとリトルドラゴン達はツヨシから離れ、シロを取り囲んだ。リットの右手の爪が白く光る。
シロはすでにボロボロで、これ以上攻撃されたら壊れてしまいそうなほどだった。
もし自分のフレンドがあんな風にされていまったら……ツヨシはほとんど無意識のうちに体が動いた。
「や、やめろー!!!!!」
ツヨシは激痛に顔を歪ませながらも少年たちの間から輪の中に割って入り、シロを抱きかかえてうずくまる。
トウヤをはじめとする少年たちは、呆れた様子で騒ぎ出した。
「おいおい、こいつ、他の奴のフレンドだってのにここまでやるか?」
「フレンドは本体壊されても、データが残ってりゃ復元されるんだぜ?」
「まあ俺らにぶっ壊された記憶は残るがな……ハッハッハ!」
少年たちは口々にツヨシを侮辱するが、ツヨシはうずくまったままだ。やがて飽きたのか、トウヤが顔を歪ませた。
「めんどくせえな……やっちまうか。リット、エナジークロ―だ」
リットの爪が再び白く発光する。そしてツヨシの背中の上に掲げた。
(くそ……頼む誰か……助けてくれ……!)
しかし草むらの方に遊びに来る子供達は少なく、大人たちはなおさら来ない。
絶望しかけたその時だった。草むらががさがさと揺れた。何かがこっちに向かって走ってくる。リットはそれに気が付くことなく、その腕を振り下ろした。しかしその白く輝く爪は、茂みから飛び出した何かによって防がれた。
「キュイー!」
ツヨシは顔を上げた。そこには爪を弾かれてよろけ、数歩下がったリットと、ツヨシとリットの間に立ち、リットをにらみつけているはりねずみのフレンドがいた。
「はりねずみ! お、お前……」
はりねずみのフレンドはツヨシに向かって軽く首を振った。ツヨシが振られた方を見ると、手の届くところにさっきも見たリストバンドがあった。埋め込まれた液晶画面がこちらに覗いている。
「これは……フレンドバンド!」
フレンドバンドはフレンドの技や状態を確認できるウェアラブル端末だ。
(今は嫌だとか言っている場合じゃない!)
ツヨシはフレンドバンドを手に取り、左手首にはめた。液晶画面にはりねずみのフレンドの情報が表示される。
『フレンド名 未設定
スキルプログラム
背中 ニードルバリア
足 ハイジャンプ
体 スウィフトスピン
頭 未設定
スキルメモリ 300/400』
ツヨシが液晶画面を見ていると、驚きから立ち直ったトウヤが言った。
「お前のフレンドか? 弱っちそうな奴だな! まとめてぶっ壊してやるよ!」
リットのエナジークロ―がはりねずみを襲う。はりねずみはその場で丸まり、背中でエナジークロ―を受ける。エナジークロ―は弾かれたが、背中の針も折れてしまっていた。
「だいぶ頑丈そうだが……ダメージがゼロってわけではなさそうだな。リット! 連続してエナジークロ―だ!」
リットは丸まっているはりねずみに何度もエナジークロ―をお見舞いする。その度に背中の針は一本、また一本と折れていく。対してリットの爪にダメージはない。
「はりねずみ! ニードルバリアだ!」
たまらずツヨシは叫んだ。するとはりねずみの全身が、長い棘のついた緑色で半透明のバリアで包まれる。それに対し、リットのエナジークロ―が何度も振るわれるが、ニードルバリアが破れる気配はない。
「ちっ、かてえな。しょうがねぇ。こうなりゃメテオダイブだ!」
リットは5mほど跳び上がった。赤いエナジーがリットを包みこむ。エナジーによる加速を受けながら、リットははりねずみに凄まじい勢いで突撃した。爆音とともに、土煙が舞い上がる。
「ピキュ~」
土煙が晴れるとそこにはボロボロになったはりねずみがいた。ニードルバリアは割れ、丸まることもできず、四肢を地面に投げ出していた。
「だ、大丈夫か!」
ツヨシの言葉にはりねずみは力のない声を返す。すでに機能停止寸前なのは誰の目に見てもわかった。
「はっ、次で終わりだな。エナジークローでもぶっ壊せそうだが、せっかくだし俺の必殺技を見せてやるよ。リット! 地面に向かってドラゴンテールだ!」
命じられたリットはドラゴンテールを発動する。しかしそれははりねずみに向けられず、代わりに地面を叩いた。その反動でリットは空高く跳び上がる。通常のジャンプでは届かない、はるか上空まで。
「そこからメテオダイブだ! くらえ! 破滅の竜星!」
リットが赤い光に包まれ、技効果による加速と、落下による加速を受けながら地上のはりねずみに迫る。この強力なコンボ技を食らえば、ニードルバリアを再度はったとしても、粉々に砕け散るに違いなかった。その中の本体と一緒に。
(どうすればいい……。いや、壊れてしまえば……おじいさんにもう一度、新しいフレンドを作ってもらえるかもしれない)
コンマ数秒の間に、思考がツヨシの頭を駆け巡る。
(さっきの音で人がこっちに向かってきているはずだ。こいつらもシロを破壊しているだけの時間はないはず……。だったらこのまま……)
「キュ、キュイ~」
(…………!)
力のない鳴き声に、ツヨシははっとしてはりねずみのフレンドの方を見た。あいつは俺とシロのことを守ってくれた。あれだけ邪険にされても、いらないって言われても。
「もう一度ニードルバリアだ!」
「ピキュイ?」
はりねずみは驚いた様子でツヨシを振り返った。
「早く! 俺を信じてくれ!」
「キュ……?」
「俺は! 俺を守ってくれた君を守りたいんだ!」
「…………キュ!」
はりねずみの目つきが変わる。先ほどまでの諦めてしまっていた目から、闘争心をたたえた目へと。
「キュイッ」
掛け声とともにニードルバリアがはりねずみの背中を覆うように展開される。
「そこから全力でハイジャンプ!」
はりねずみは一瞬足に力を溜めると全力で跳び上がった。背中の部分をリットに向けたまま。リットの破滅の竜星はすぐそこに迫っていた。
「そのまま丸まって、スウィフトスピンだ!」
はりねずみはニードルバリアを展開したまま、跳び上がりながら丸まり、竜巻のように高速で回転し始めた。
「これが俺たちの必殺技! 駆けあがれ! 天穿の流星!」
トゲの生えた緑色の球体はますます回転を速めていく。そしてハイジャンプの勢いのままに、空中で二つの流星は激突した。
爆発と暴風。二つの流星が激突し、すさまじいエネルギーによる爆発と、それに伴う暴風が吹き荒れ、ツヨシは尻もちをつく。
「……くっ、はりねずみ! 大丈夫か!」
爆発による土煙が晴れると、そこには震える足で立つはりねずみ型フレンドと、仰向けに倒れているリトルドラゴン型フレンドがいた。
「なにやってんだ! 起きろよ! そんなやつに負けるような雑魚なのか? お前は?」
トウヤが怒鳴ったが、リットが起き上がる気配はなかった。舌打ちをしたトウヤがリットに駆け寄る。
「クソ……俺のリットをこんなにしやがって……」
トウヤはリットを抱き上げると、近くで弱々しく立っているはりねずみ型フレンドを蹴り飛ばす。
「キュイ……」
蹴り転がされたはりねずみ型フレンドは立ち上がる力も失ってしまったようだ。
「お前! 何してんだ!」
ツヨシははりねずみ型フレンドの元に駆け寄り、トウヤとの間に立つ。
「ふん、もういい。おい、お前らそいつらをやっちまえ」
「お前ら何をやっている!」
シェパード型のフレンドがそこに割り込んだ。警察のフレンドであることを示す、水色と黒の帽子をかぶっている。様子を見ていた誰かが、警察を呼んだらしい。少し遅れて、女性の警察官がやって来た。
「ちっ、おい、逃げるぞ!」
トウヤが言うが早いか、残りの奴らも公園から逃げ出していった。
「待て! ……シェリー! あいつらの後を追うんだ!」
「了解!」
言うが早いかシェリーと呼ばれたシェパードは風のごとき速さで少年たちを追いかけていった。
「君、大丈夫?」
と警察官がツヨシの前にしゃがみこむ。
「あ、はい。なんとか」
「うわぁ~ん、シロぉ~!」
ユウキが涙で顔をぐずぐずにしながらシロに駆け寄って抱きしめた。あまり強く抱きしめたので、ユウキがシロを壊してしまいそうだった。
「あら、大丈夫? その子……。ひどくやられたわね。フレンドクリニックで修復しましょ。立てる?」
「修復? できるの?」
「もちろんよ。フレンドクリニックの先生に任せなさい」
ユウキは泣きべそをかきながらシロを抱きかかえて立ち上がった。シロは「くぅ~ん」と力のない声を出した。
警察官はツヨシにも言った。
「さ、あなたもよ」
「えっ? 俺っ?」
「そうよ。あなたのフレンドもぼろぼろじゃない。よく頑張ったのね」
警察官ははりねずみを抱き上げて、頭を撫でた。
「キュ~」
はりねずみは気持ちよさそうに目を細めている。
「そいつは……」
ツヨシは下を向いた。
「そいつは……俺のフレンドじゃない……」
「あら、でもこの子は君のことが好きみたいだけど」
ツヨシははりねずみの方を見る。はりねずみはツヨシの方へ行こうと前足を伸ばしていた。ツヨシは顔を伏せる。
「俺はひどいことを沢山言った……。そんな資格ないよ……」
「……あら」
ツヨシが下を向いていると、はりねずみは警察官の腕から地面に飛び降りて、ツヨシの足元に寄った。そして前足でツヨシの足を叩く。
「はりねずみ……、お前……」
「キュ、キュイ」
はりねずみはツヨシの足を叩きながら、にっこりと笑う。
「キュイっ」
「お前……ゆるしてくれるのか……?」
「キュっ」
「……りがとう……」
涙と嗚咽で言葉に詰まった。ツヨシは片膝をついて、両手ではりねずみを顔がよく見えるように持ち上げた。
「俺のフレンドになってくれるか?」
「キュイっ」
はりねずみはもちろんだというようにうなづいた。
女性の警察官はやれやれという感じで両手を広げる。
「この年の子供は素直でいいわね……」
ツヨシははりねずみを頭の上に乗せた。
「それよりその子の名前は? お前とか、はりねずみ、とかしか聞いてないんだけど」
「うーん、そうですね……。はりねずみ……はり……はーりー……ハーリーとかは!」
「ダサいわね」
女性警官はぴしゃりという。
「えー? じゃあ逆から読んでリーハー……リーハ。……リーフだ! 綺麗な緑色をしてるし!」
女性警官はにっこりした。
「いいわね」
ツヨシは頭の上から顔の前にリーフを持ってきた。
「今からお前の名前はリーフだ! いいか?」
リーフはにっこりとほほ笑んで、ツヨシの肩へ飛び乗った。
「キュイキュイっ」
「痛っ、いたいって!」
トゲが刺さっていることに気が付かずに頬をすり寄せようとするリーフと、ぐさぐさと突き刺されながらもニコニコしているツヨシだった。