第6話 捨てられ薬師をプロデュース!
「プロ……デュース……?」
なんとも意外――というより言われ慣れない言葉に、ポカンとする私。
プロデュースって、私を?
しかも、冒険者として?
――何故?
何故に??
「あ、あの、すみませんリクハルド様。仰っていることの意味を測りかねるのですが……」
「測るもなにもないさ。シンプルに冒険者にならないかって言ってるんだ。僕を助けると思って」
……無理では?
普通に考えて。
私はあくまで薬師だし、モンスターと戦った経験なんてないし、オマケに歳は29ですっかり体力も落ちている。
そもそも私は文化系の人間であって体育会系ではない。
ダンジョンに潜って? 豪快に? 剣を振るう?
うん、無理無理。
ザ・肉体派!
身体が資本!
――みたいな冒険者をやるのは、どう考えたって無理です。
本当にありがとうございました。
「え~っと……ご提案はありがたいのですが、流石に無理かと――」
「アネット、僕は忘れていないよ。キミが持つスキルのことを」
「――!」
「エンチャントスキル【肉体強化】……。これはキミ自身の身体も当然強化できたよね。競闘遊戯会では全科目トップの成績を叩き出して、先生たちを驚かせてたじゃないか」
「それ、は……」
違うんです、あの時は仕方なく自分に【肉体強化】をかけたんです。
だって友人たちと〝週末のアフタヌーンティーを誰が奢るか〟で勝負してたから……。
貧乏農家出身の私はヌン活のなんぞにお金をかけてられなくて「負けられんのじゃい!」とつい全力を出しちゃっただけなんです……。
お陰で競闘遊戯会が終わった後、色んな先生から「王国軍を目指さないか?」「いや、このまま競技の道へ進むべきだ」「なにを、彼女の優れた身体能力はバレエにこそ生かせます!」みたいな勧誘を受けてもう大変だった……。
私は薬師を目指す言うとりますのに……。
「そ、そもそもどうして私を冒険者に誘うんですか!? 話が急すぎます!」
「よし、それじゃ順を追って説明しようか」
コホン、とリクハルド様は間を置くと、
「――アネットは、半年前に王都を騒がせた『大迷宮』を知っているかな?」
「! 勿論です! この王都の地下に突如として現れた巨大ダンジョン、ですよね」
「そう、中央広場が突然陥没したことでその存在が露わになった未知の場所。どうやらダンジョンが何層にも分かれているらしく、最深部に到達した者は未だにいない。また侵入者が容易に奥へ辿り着けない構造をしていることから、付いた名前は『大迷宮』……」
「幸いダンジョンからモンスターが出てくることはなかったと聞いていますが……それと私になんの関係が……?」
「実はつい先日、半年経っても『大迷宮』が攻略されないことを不安視した国王が、僕の父上に直々に命令されたんだ。〝冒険者の数をもっと増やして、一刻も早く『大迷宮』の全貌を明らかにするように〟ってね」
「……まさか……」
「その命を受けて、父上は僕ら〝アールステッド家五人兄弟〟に有望な人材を見つけてくるよう促した。勿論相応の報酬を用意してるし、冒険者になるための費用は全てアールステッド家が持つという前提だ」
「そ、そりゃまた随分と気合が入っておいでで……」
「もしかすると父上は、兄弟の中で最初に『大迷宮』を攻略した者を跡継ぎに選ぶつもりかもしれない。……少なくとも、兄弟たちはそう思ってるみたいなんだ」
ああ……なるほど、おおよそ理解した。
つまりリクハルド様を始めとしたアールステッド家の方々は、国王お墨付きで新人探しをしている真っ最中であり、しかもそこには家督争いも絡んでいると。
そりゃリクハルド様も難儀されるはずだ。
「僕が見る限り、アネットのスキルは冒険者ととても相性がいい。優れた冒険者になれるはずだ。キミをよく知る者だからこそ、スカウトしたいんだよ」
「で……でもぉ……」
「ただ勘違いしないでおくれ。僕は家督争いに興味はないし、アネットをそこに巻き込むつもりもない。僕の目的は別にあるんだ」
「と、仰られますと……?」
「……噂を、聞いたんだよ。『大迷宮』のどこかに――〝エリクサーの原花〟が咲いている、とね」
「――っ! 〝エリクサーの原花〟って……今や存在しないと言われる、幻の花じゃないですか!」
〝エリクサーの原花〟――。
その名を私はよく知っている。
いや、薬師で知らぬ者は一人としていないだろう。
あらゆる病や怪我を一瞬で治してしまうという伝説の治療薬――〝エリクサー〟。
名前は広く知られているものの、その調合に成功した者は未だかって一人もいない。
その存在は古い伝記の中で確認されており、太古の昔には実在したとされているのだが、その調合に用いるとある素材がどうしても見つからないのだ。
それこそが――〝エリクサーの原花〟。
黄金の輝きを放つとされるその花さえ手に入れれば、現代でも〝エリクサー〟を再現できるとされるが――――本物が発見されたことは、一度としてない。
薬師の間では、とっくの昔に絶滅したか、初めから存在しないか、そのどちらかだというのが定説と化しているが……。
「そう――そのはずだった。だけど最近、冒険者の間でまことしやかに囁かれてるんだよ。『大迷宮』の中で〝エリクサーの原花〟を見た者がいると」
「そんな、まさか――……いえ、待ってくださいリクハルド様。そもそも……何故、あなた様は〝エリクサー〟を欲しておられるのですか……?」
――嫌な予感がした。
普通は、普通に暮らしていれば、〝エリクサー〟など必要ない。
それにリクハルド様は侯爵家の人間だ。
お抱えの薬師だっているだろうに。
それでも伝説上の存在に縋るなんて――
「……アネット、もう気付いているんじゃないかい? 僕の身体のことを」
そう言って、リクハルド様は自らの胸を静かに触る。
「……病気なんだ、僕は。それも不治の病と言われる黒肺病に蝕まれてる」
「――ッ!」
黒肺病。
一度発症すると徐々に肺が黒く染まり、最後には呼吸できなくなって死に至る。
どんな薬を用いても治癒することができないとされる病だ。
「嘘……どうしてリクハルド様が……!」
「昔から、身体が丈夫な方じゃなかったからね。本当なら自分でダンジョンに潜れればいいんだけど、今や満足に剣を振るうことさえできない。……でも僕は幸運だ、手遅れになる前にキミと出会えたんだから」
リクハルド様は私の手を握る。
ぎゅっと、けれど優しく。
「アネット……キミと再会できたのは偶然なんかじゃないと、僕は信じる」
そう言いながら私の目を見つめ、
「頼む、どうか冒険者となって〝エリクサーの原花〟を見つけ出し、〝エリクサー〟を調合してくれ。キミにならできるはずだ」
「リクハルド様……」
「身勝手なことは十分承知してる。だから僕に出来ることならなんでもやろう。危険な目には合わせてしまうかもだけど、決して不幸にだけはさせない。約束する」
彼の手は細く冷たい。
けれど、どうしてだろう。
私には、リクハルド様の熱意が火傷しそうなほどに伝わってくるのだ。
「僕のために……そしてキミ自身の新しい人生のために……やってみないか、冒険者を。『大迷宮』の攻略を」
「……」
――リクハルド様は、ちょっと卑怯だ。
私、薬師だよ?
病で困ってる人が目の前にいて、黙っていられるはずないよ。
「材料さえあれば絶対〝エリクサー〟を調合してみせる」って、私今思っちゃってるもん。
もう断れるワケないじゃん。
そんな言い方されちゃったら――。
「フ……フフフ……。いいでしょう、わかりました」
考えて見れば、こんな思い切った決断をできるのももう最後だろう。
今年が20代最後の年。
どうせ先行きのなかった人生なのだ。
だったらいっそ開き直って、やるだけやってみようじゃない!
「こんな捨てられ薬師だけど……20代の最後に、一花咲かせてみせましょう!」
アネット・テオリーン、29歳、婚約者に捨てられた元薬師!
これより、リクハルド様のために冒険者を始めます!
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