ティアラの手紙
カイルが隣国へ留学した時のお話です。本編のカイルより幼いのでちょっと性格がキツイかも。
『お元気ですか?そちらでの生活は楽しいですか?お勉強は難しいですか?』
「えーっと、それから…」
ティアラは伯爵家の自室で手紙を書いていた。隣国のコランダムという場所へ留学しまったカイル様。以前はよく彼の妹ソフィアと三人で遊んでいた。あれから私は11歳。カイル様は16歳になる。
『私もコランダムのことをソフィアと一緒に調べてみました。けれど、カイル様のいる首都以外は頭に入らず、いつの間にか眠ってしまいました。カイル様、もしコランダムで楽しいものを見つけたら教えてください。』
『カイル様は長期休みには帰ってくるのですか?帰ってきたらまたいっぱい遊びましょうね。』
『それから、リボンを送ります。この前のお手紙で、髪が伸びたと書いてあったので。どうぞ使ってください』
「これでいいかなぁ。いっぱい書いたら読むの大変かなぁ」
メイドのマリアが言っていたのだ。男性は沢山話を振られると疲れてしまうのだと。
「カイル様、あまり喋る方じゃないし…お返事返ってきたらまた書こうかな」
『書きたいことは沢山あるのですが、我慢します。帰ってきたらいっぱいお話します。その時まで』
『待ってます』
◆
「………カイル。…おい、カイル」
「………………なに?」
帝国から隣国へ留学して一年。こちらの生活にはだいぶ慣れてきたところだった。たまに家族やティアラから手紙が届くことがある。ちょうどその返事をどうかこうかと考えていたところだった。
「そのリボンどうしたんだ?綺麗な色だな。妹からか?」
「……………そんなところ」
銀髪の端正な顔つきをした彼はこの国の王子、ユーリス第二王子殿下だ。父であるフォルティス侯爵が外交関係でコランダム王国と交流を深め友好を築いていた為、この留学中に仲良くなったのだ。
俺より少し背が高くて、いつも自信ありげな表情をしている。整った顔立ちをしているけれど、女みたいだとよく言われる俺の顔とは少し違う。
「俺も真似しようかなぁ。ほら見ろよ。あっちの女子達皆お前のこと注目してる」
ちらっと目線を向けるとたちまち周りから黄色い声が上がる。
(面倒くさい………)
心底そう思った。
「真似って…、ユーリス王子は髪短いから無理だろ?」
「これから伸ばせばいい」
「はぁ…、勝手にどうぞ」
けだるげにそう答え、立ち上がる。次の授業は実験室。そろそろ移動する時間だ。
「あ、ちょっと待てよ。俺も行く」
後ろからユーリス王子がついてくる。廊下に出ると、隣のクラスから黒髪で体格のいい生徒が顔を出してきた。
「よっ。次移動だろう?」
彼は公爵家のジュリアス。王子伝いに知り合った友人だ。二人共いい奴だが、三人並べば周囲からの熱い視線や甲高い声で廊下は賑やかになる。そして注目が多ければ敵も多くなるわけで。
「おい、カイル…。お前、最近ちょっと図に乗ってるんじゃないか?」
「………」
数名の男子生徒が前を塞ぐように立ちはだかってきた。
同国の貴族を差し置いて、帝国の侯爵子息が二人の隣に立っている。更には媚びないその態度が癇に障るらしい。
「別にカイルはいい奴だぞ。すかしてるけど」
「ユ、ユーリス王子は騙されているんですっ!こいつは王子達にすり寄ってコランダムの情報を奪うつもりなんですよ?!」
(あながち間違ってはいないが、訂正するのも面倒くさい)
コランダム国へは魔法技術を学ぶ為に来たわけでもあったのだ。
「それに、そんなリボンなんかつけて気取ったつもりか?」
「ふっ、本当だな。色が明るすぎて女みたいだな」
男子生徒達はクスクスと嘲笑う。
「あのな、馬鹿なこと言ってないでっ…………」
シュッ………!ドゴッ!!………バキッ!!!!
「……うわぁ。えぐい……」
ジュリアスが彼らを制そうとするも、俺の方が先に動いていた。
「はははっ、カイル容赦ないな~」
侮辱してきた男子生徒達を一瞬で始末し、足で踏みつける。
「うるさいよ………」
さっと髪を払うと、水色のリボンが涼し気に揺らめく。
きゃ~~~~~~~
「………」
他方からまた女生徒達の声が上がりだす。煩わしさから、キッと睨んで見せるが効果は薄く効き目はいまいちだった。
「クッ、ククッ。あのリボン、相当お気に入りなんだろうな。いったい誰からの贈り物なんだか。気になるなぁ」
「…王子。あまり深入りしない方がいい気がするけど」
「そうか?でもいつもは無視してるじゃないか。絶対何かあるな…。好きな子からのプレゼントか?」
いらぬ詮索をする王子と、少し引きながら止めようとするジュリアス。
「行くんじゃないのか?先行くよ」
そんな2人を尻目に俺はさっさと歩き出した。
◆
『素敵なリボンをありがとう。毎日身に着けているよ。綺麗なリボンだから、よく声を掛けられるんだ。その都度相手をしているんだけど、ティアラの見立てがよかったんだろうね。淡い水色が素敵だってよく言われるよ。』
『長期休暇は勉強が忙しくて今年も帰れそうにないんだ。ごめんね。覚えることが多くてさ。代わりにプレゼントを贈るよ。陽射しが強くなる季節だろう?外に行く時にかぶってくれたらと思う』
『そちらに帰るのはもう少し時間がかかるかもしれない。でも、必ず帰るから。だから…』
『待っててほしい』
◆
小包と一緒に届いた手紙にはそう書かれていた。小包の中身はお花が沢山添えられた可愛らしい帽子だった。
「わぁ…、可愛い」
帽子を被り、鏡の前でくるんっと一回転。帽子のつばを両手で掴み鏡の前でふふふと微笑んでしまった。
「リボン、喜んでもらえた……。嬉しいな」
今年もこちらには帰れないようだったけれど、お勉強の邪魔はできないし…。寂しいけれど仕方がない。がまん、がまん…。
「ソフィアにも教えてあげようっと。とっても喜んでもらえたって伝えなくちゃ」
レターセットを取り出し、さっそく机に向かう。帽子は………そのまま。被ったままだ。だって、とてもとても素敵だったんだもの。
胸がほかほかと温かくなる。
窓からは柔らかな風が入りカーテンを揺らしていた。そろそろ太陽がカンカンに照らす暑い季節に移り変わる時期だった。
『ソフィア、この前一緒に選んだリボン、とても喜んでもらえたよ。一緒に考えてくれてありがとう。カイル様から帽子を頂いたの。次遊びに行く時に持っていくね。お花が沢山ついていてとっても可愛いの――――――』
私は真相を知らないまま、カイル様の優しい言葉だけを信じてふわふわな気持ちで喜んでいた。本当のことを教えてもらえたのはそれからずーーーっと先。
カイル様はたまに嘘をつく。「知らなくてもいいことだったから」と言って。
私を守るために、たまに嘘をつくのだ………。