私、失敗しかしないからね
大丈夫かな。
夕食をひとりで、作るだなんて。
彼女は、満面の笑みだった。
立ち居振舞いは、頼もしい。
ただ、生粋のお嬢さま。
こんな、反復横跳びが、出来ないくらいの狭いキッチンで、何ができる。
一口しかないコンロで、何ができる。
粉まみれだけは、勘弁だ。
このボロアパートは、黒を基調としているから。
『絶対に覗かないでください』
そう言われてある。
ツルかよ。
もしかして、お手伝い要員を、こっそり忍ばせているのか。
何か、特殊道具でも出すつもりか。
いや、それはない。
大人ひとりの、肩と腰が通るような出入り口は、奥にはない。
それに、特殊道具なんてこの世にない。
仕切りがない[1R]なのよ。
後ろを向いていたって、駄目だ。
なんだなんだ。
絶対、小麦粉ぶちまけたよね、いま。
粉は軽いから、金属ボウルみたいに、音は鳴らないけど。
『小麦粉、床に、ぶちまけた』
そう、ハキハキとひとりごと、言っていたよね。
これも、許容範囲内だ。
だって、いつも口癖のように言っているから。
『私、失敗しかしないからね』って。
「出来たよ。振り向いていいよ」
「うん」
振り向いて、一番始めに思ったことは[床白い]だった。
ちゃんとしていた。
見た目は完璧だった。
美味しそうな、ハンバーグだった。
ハンバーグって、小麦粉使うっけ?
そう思ったけど、素直に口にいれた。
美味しかった。
すごく美味しかった。
彼女の成功が、何より、うれしかった。