待ち伏せ
「待ち伏せ? どういうこと?」
「昨日、私たちがトロール討伐の依頼を受けたでしょう? それを見ていたんじゃないかな。そしたら、この林道を通るっていうのは分かるから、待っていて襲いかかるつもりなんじゃないかしら?」
「えっ……だったら、盗賊じゃないか!」
ライナスが驚きをあらわにする。
「まあ、そうとは言い切れないし、単に私たちの後から付いてきて、私たちが依頼を失敗したり、取りこぼしたりするのを狙っているだけかもしれないけど……でも、ああやって隠れている時点で、一緒に魔物と戦いましょうっていう友好的な人たちじゃないと思うよ」
「それはそうだろうけど……そうだとしたら、なんで僕たちみたいな駆け出しの冒険者を狙うんだろうか?」
「その駆け出しの冒険者が、最低でも二千万ウェンはする、『クリューガ・カラエフモデル』を装備して、たった二人で人気の少ないこの林道を来る……盗賊にとっては絶好の標的だと思わない?」
「なるほど……そんなことまで考えていたのか……僕はまだまだだな……」
ミクの、想像以上に実践的な判断に、自分の未熟さを思い知る。
「あははっ、実は私も、少しもそんなこと考えていなかったの。でも、昨日姉さんにその日の出来事を話したら、それ、かなり高い確率で狙われるから注意しなさいって言われてたの。そうでなかったら、私もこれ……ライ君のそれより一つランクの高い『黒鷹』だけど、『両探知』モードにしてなかったよ」
自分のゴーグルを指さしながら、ミクはそう笑っていた。
「……でも、どうするべきか。こちらが気づいたのは良かったけど、馬を止めたから、向こうも気づいたことに気づいたはずだ。本当に盗賊なら、退治するべきだろうけど、数なら向こうの方が多そうだ」
騎士にとって、盗賊は倒すべき悪だが、まだそうだと決まった訳ではない。
また、ライナスが最新の装備に更新したとはいえ、前に一緒に居たグリントパーティーほどの実力者と人数が揃っていれば、まず勝つことは無理だ。
「そうね……私がフル装備になって、この距離から一方的に遠距離攻撃するっていう方法もあるけど、下手すると私たちの方が強盗と認識されかねないしね……例えば、隠れているのだって、『背後から馬に乗って追いかけてきたから、怖くなってそうしていた』って言われたら反論できないし」
イフカの街から外に出れば、そこは事実上の無法地帯だ。
強者が弱者を襲い、その装備や金品を奪い取ったり、いざこざで殺し合いに発展することもあるという。
とはいえ、しっかり武装した者同士が戦うと、襲った方も反撃を受けるために割に合わないことが多く、それほど頻度が多いわけではないと聞いている。
今回は、諸々の条件が揃い、標的になった可能性があるわけだが、下手にこちらから手を出して、実は勘違いでした、というのももちろん良くない。
「それもそうだな……でも、こちらが気づいてしまったんだ。向こうが盗賊だったとしても、不意打ちに失敗しているわけだし……ミク、君も武装して、警戒しながら交渉してみようか? いや、迂闊に近づいて、取り囲まれると面倒か」
「そうね……だったら、こちらに手を出したら、そちらも痛い目に遭いますよ、ということを知らせてみよっか?」
ミクはそう言うと、ちょっと嬉しそうに馬から降りた。
そしてロッドを取り出して、林道からやや離れた位置にそそり立つ巨木に向けた。
「爆撃!」
一瞬、赤い閃光が放たれて大木に着弾。
爆発音が轟き、大木は根元付近から吹き飛んで、後方に地響きを立てて倒れた。
ライナスは、相変わらずすさまじい魔法攻撃力にしばし呆然としたが、ミクに指をさされて、慌ててその方向を確認する。
すると、魔石を埋め込んだアイテムを持って隠れていた盗賊容疑者達が姿を現し、慌てて林の奥に逃げて行くのが見えた。
「……盗賊か、様子を見ていただけの冒険者かは分からないけど、どっちにせよ逃げて行ってくれたなら良かったね」
ミクは笑顔でそう話し、ライナスも頷く。
しかし、自分は何もしていないだけに、やや微妙な表情となってしまった。
思わぬトラブルで時間を取ってしまったが、移動を再開する。
しかし、ライナスはどうも嫌な予感がして、盗賊容疑者が居たあたりまで、速度をそれほど上げず馬の歩を進めた。
――一瞬、すぐ前方に何かが煌めいたような気がして、馬を急停止させた。
ミクがライナスに軽くぶつかるが、魔力の籠もったインナーによる保護のおかげでダメージはない。
それでも驚いたのは確かで、
「どうしたの、ライ君!?」
と声をかけた。
それに返事をする代わりに、彼は彼女を残して馬を下りた。
そしてすぐ目の前、高さ0.5メールほどに張られていた細い金属ワイヤーを指さした。
「これ、見えるかい?」
「……見える! なに、これ……罠?」
「ああ……単純だけど、多分、馬を引っかけて転ばすためのものだろう。この左右の木にくくりつけて張っていたんだ。これに速度を上げた状態で突っ込んでいたら、転倒は間違いないし、下手をすれば馬の足は切断されていたかもしれない。そこを襲いかかってくるつもりだったんだろう……やっぱり、間違いなく奴らは盗賊だったんだ!」
ライナスが声を上げて怒りをあらわにする。
それに対して、ミクは青くなっていた。
「まさか……こんな単純な仕掛けがあるなんて……魔石も込められていなかったから、わからなかった。私一人だったら間違いなく馬と一緒に転倒してた。せっかくの鎧も纏うことなく襲われたら、インナーだけじゃ危なかったかも……姉さんが、一人じゃ危なすぎるって言ったの、分かった気がする……本当にありがと、ライ君!」
ミクは、そう言ってライナスの右手を両手で握った。
手袋越しだったが、ミクの優しい両手の感触が伝わってきた。
ちょっとしたことだったが、自分が彼女の役に立ち、守れたことを、嬉しく思った。