三億の装備
全身を隙間無く覆う、青を基調としたバトルスーツで、肩や手甲、膝部分がやや厚く保護されている。
女性らしさは、胸部の膨らみとウエストのくびれで表現される。
所々で白いシャープなライン、複雑な文様が描かれており、それが絶妙なインパクトをもたらしている。
質感も高く、上質さと動きやすさが両立している印象だ。
全体的に淡い金属光沢を放っているものの、見た目は薄そうな印象があり、そこまで防御力は高そうではない。
しかしその存在感は高級かつ圧倒的で、一目で非常に高価な装備であることが見て取れる。
また、リュックの時には側面に付いていた二本の管が、彼女の背中の両側に配置されていた。
「……どうかな、これ?」
ミクが、少し恥ずかしそうにライナスに問う。
「……凄くカッコいいし、強そうだ……もちろん、それも魔石が埋め込まれているんだよね?」
「うん。+5、充魔石『オルテラ』が入ってるよ。このロッドもそう」
先ほどまでリュックの横に付いていたロッドが、ちょうどバトルスーツの腰のあたりに装備されていた。
「これにも『オルテラ』が……でも、それって魔石だけで一千万ウェンぐらいするんじゃあなかったっけ?」
「その通り。値段だけで言ったら、多分この二つで総額三億ぐらいすると思う……まあ、モニター品だからお金かけられているんだけどね。ちゃんとこの試験場の人にも見て貰うことになっているよ」
そう言って振り返ると、確かに後方、窪地の上の安全な場所に、防護服に身を包んだ、ここの職員と思われる人が三人、こちらを見つめていた。
三億、という言葉を聞いて、自分が千三百万ウェンもの装備を揃えて贅沢な気分になっていたことが霧散した。
そもそも、それだけあれば一生遊んで暮らせるのではないだろうか。
まあ、彼女の場合、自分の物というよりは「クリューガブランド」の試作品なのだろうが……。
「じゃあ、早速試してみるね。ちょっと見てて」
ミクはそう言うと、窪地の中の二十メールほど先にある、三体の大きな藁人形に向かって杖をかざした。
「爆撃!」
一瞬、赤い閃光が放たれて的に着弾したかと思うと、すさまじい爆発音と共に爆煙が上がった。
爆風と一緒に土煙が二人を襲ったが、全身を鎧とバトルスーツで覆っているためにダメージはない。
とはいえ、ライナスは正直、心底驚いた。
煙が晴れると、そこには衝撃の光景が存在した。
人間ほどの大きさがあり、二メール間隔ほどで並べられていた藁人形はすべてバラバラに吹き飛んでいた。
また、その後ろの赤土の壁も大きくえぐれ、一部崩壊している。
「……出力、押さえたつもりだったけど、結構激しかったね……」
あっけらかんと話すミクだったが、ライナスがこれまで見てきたどの魔力攻撃よりも強烈だった。
ミクは後ろを振り向き、
「新しい的は、用意しなくていいです。どうせバラバラになっちゃうから!」
と、三人の職員を制した。
「じゃあ、続けていくね……『炎渦』!」
彼女がそう唱えてロッドを振りかざすと、真っ赤な炎が、幅三メール、高さ五メールほどに渡って形成され、激しく渦を巻きながら、人間が全力で走るほどの速さで赤土の壁に向かって突き進み、ぶち当たり、その場で激しく燃え続けた。
二十秒ほどでその竜巻が消えると、その場には真っ赤になった土が空気を熱し、淡い陽炎を生み出していた。
その周囲は真っ黒に焦げている。
「……うん、今度はうまく出力を押さえられた!」
ライナスは、あれで抑え気味だったのか、と呆れるような思いだった。
両方とも自分の常識を越える魔法の威力で、あのグリント達でさえ苦戦したスライムも、軽く一撃で倒せるように思えた……そうすると、魔核まで吹き飛んだり、溶けたりしたかもしれないが。
「じゃあ、次……轟雷撃!」
バシュン、という大きな音と共に、周囲に青白い光が発せられる。
瞬間、目の前に稲妻が走ったのが見えた。
それが当たった先の壁面には大きな穴が開き、高熱による蒸気のような物も上がっていた。
「……それ、メルさんがグレータースライムを一撃で倒した魔法だ……」
「うん、そう。『轟雷撃』使ったって言ってたね。でも、外側からだと体表を流れて効果が薄そうだったから、剣を突き刺してそこから流したっていう話だった。私じゃ真似できないけどね……うーん、そこは何か代わりの手段を考えないといけないね……」
ミクは改善点を思案していたが、ライナスにとってそういう問題ではない。要はミクも、メルと同等の魔法攻撃力を持っているということなのだ。
「まあ、こっちの『ロッド・オブ・レクサシズハイブリッド +5』の方はまずまずみたいだから、次はこの鎧の攻撃力ね……」
「鎧の攻撃力?」
ミクの言葉を疑問に思っていると、彼女はロッドを腰に戻し、代わりに左腕の手甲に右手を当てて何かを呟いた。
すると、背中の二本の筒が動き、彼女の肩口に装着され、0.5メールほど張り出すような形になった。
「私が開発した、『ツイン・カノン・ギミック』で、これからも攻撃できるの。ちょっと見ててね!」
彼女はそう言うと、左腕の手甲をなぞり、何やら操作しているようだった。
刹那、肩口の二本の柄から、ビュンビュンという音と共に青い光が連続で放たれ、窪地の壁面に当たって爆ぜた。
それが十秒ほど続き、そこには人間がしゃがんで通れるほどの大穴が、深さ数メールに渡って穿たれていた。
「うん、まあ、出力抑えているからこんな物ね……結構凄いでしょー、これ、有効射程が二千メールぐらいあるの!」
自慢げに語るミクだが、ライナスは唖然としていた。
「他にも、こんな使い方もあるのよ!」
彼女がそう言って左腕の手甲をなぞると、今度は二本の先端から、猛烈な勢いで火炎が噴出された。
遠距離に行くほど、それは太くなり、赤土の壁面を焼いた。
「これは射程五十メールっていうところだけど、放射範囲が広いから、接近してくる敵を一掃するのに役立つと思う。まあ、私は接近戦苦手だから、あんまり使いたくないけど……でも、ダンジョンの中とかだったらそうも言っていられないし、さっきの直線的な攻撃しかできない魔弾出力と違って、ある程度地形に沿って広がってくれるから、そういう使い方では有効なんだけどね」
「な……なるほど……」
ライナスは相づちを打つしかできない。
「次は、冷却系。さっきの火炎系噴射と同じようなパターンだけど、今度のは瞬時に敵を凍結させられるだけの冷気を放つから、足止めに有効で……」
彼女の言葉を聞きながら、彼は、カラエフの「お前が守られる側になるかもしれねえ」という言葉を思い出していた。