刺し違えてでも
「刺し違えてでも……あのメルさんが……」
いつも飄々と語るメルが、そんなふうに考えていたのか……ライナスは少し疑問に思ったが、たしかに、「ヴァンパイアロード」襲撃の話をしたときだけは表情が強ばっていたことを思い出した。
「そう……もし、姉さんが自分のためだけに、『あのアイテム』の入手を目指していたならば、多分私たちに協力を求めることなく、全部一人でなんとかしようとするか、もしくは、普通に戻ることを諦めたと思うの」
ここでいう「あのアイテム」とは、七大神器の一つである「パナケイアの白杖」のことだ。
普通に戻る、とは、日の光を存分に浴びられる、「普通の人間に戻る」という意味合いとなる。
しかしそのためには未踏破、高難易度の遺跡を攻略し、どこにあるのか分からない神器を探さなければならない。
いや……彼女達は、魔道具に関してはエキスパートだ。
「……ひょっとして、その『アイテム』の隠し場所か、もしくは『探し方』に心当りがあるのかい?」
「……まあ、少し博打的な方法にはなるけど、なくはないし、おおよその目処も立っている……でも、それはまだ不確かな情報だから、ライ君にも言うわけにはいかない。戦力が整わないうちに、一人で行っちゃったりされたら困るしね」
そう注意を受けると、ライナスも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……姉さんは、本当に優しくて、家族思いの……私の憧れ、理想の人でもある。そんな姉さんが、私や周囲の人を危険に巻き込むことを覚悟の上で、戦力を集めようとしている……そのぐらい、その『敵』は強大な相手なの。もし、例の『魔石』がその『敵』に適合していたならば、多分今頃、世界はめちゃくちゃになっていた……そう断言できる」
再び真剣な表情で語るミク。
周囲を警戒し、誰もいないにも関わらず、『ヴェルサーガ』という単語は使わない。それぐらい警戒しているのだ。
「……だから、私が冒険に出ることは、その重要な一歩目に過ぎない。ハンターとしてランクを上げれば、今まで以上に情報も入ってくるし、信用のおける仲間も増えるかもしれない……でも、私一人じゃ危険すぎた。だから、ライ君、なの。姉さんも認めた騎士候補。巻き込んじゃったことは本当に申し訳なく思っているし、今からでも断ってもらっても良いけど……」
「そんなことするわけないだろう? 僕は誓ったんだ、君たちに協力するって」
ライナスは真顔でそう断言した。
「……うん、ありがと。ライ君のこと、信用します……あと、私が興味本位や、自分の魔道具の力を試したいというだけで冒険に出るって言ってるんじゃないってことは……まあ、ちょっとはそれもあるけど……分かってもらえると嬉しいな」
「それはもちろん。今の話を聞いて……それ以前に、二年も前、十四歳の時にそんな大変な体験をしていたって聞いて、そんな軽い気持ちじゃないってことぐらい、理解できるよ」
「うん……ありがと。やっぱりライ君、優しいね……じゃあ、私もできる限りのこと、するから。まずは装備の充実。剣と鎧、新しいのにしなくちゃね。カラエフさんも、きっと気に入ってくれるから」
そう語るミクは、笑顔を取り戻していた。
しかし、ライナスはそうではなかった。
「その、カラエフさんっていう人はどういう人なんだい?」
「……えっと、前にも言ったかな? 腕の良い職人さんで、自分の工房を持っていて、何人もお弟子さんを育てているの。気に入ってもらえたら、とっておきの武器や防具を、比較的安く譲ってくれたりするよ。まあ、ちょっと気難しくて、頑固なところはあるけど……」
「君は、気に入ってもらえているんだよね?」
「うん、私が作った魔道具や魔水晶、収めているからね……あ、工房見えてきたよ!」
ミクが指さす方向に、石造りの建物が見えてきた。
町外れに存在したそれは、ライナスが想像したものより大きく、また、周囲を厳重に塀で囲まれており、砦のようにすら感じられた。
幾本もの煙が立ち上っている。
金属製の、頑丈そうな高さ三メールはあろうかという門の前には、槍持の門番が立っていた。
だが、ミクは顔パス。彼女が連れていたライナスも、いくつか質問を受けただけで通してもらえた。
しばらく門の内側の小屋で待機した後、カラエフの従者だという者が建物から出てきて、挨拶を交わした後、工房まで案内された。
そして初老の男……カラエフに合わせてもらえたのだが、ライナスを初めて見た彼の一言は、
「……気に入らねえな……」
だった。