傭兵の頭:ジャコモ
リクエストにお答えし傭兵お頭ジャコモのSSです
最後に重要な事をボソっと呟いています
1062年11月上旬 イタリア北部 トリノ近郊の修道院 傭兵の頭 ジャコモ
鐘の鳴る音が大音量で頭に響いてくる。体が痺れ思ったように動かない。そういえば以前、傭兵として参加した戦いにおいて、勝利の褒賞として頂いたワインを呷った次の日、同じように頭が痛かったな。俺、酒飲んだっけ?
いや、飲んでいない。俺は酔える酒をたらふく飲めるような身分じゃない。だとしたら、なぜ頭が割れるように痛いんだ?
そうだった、思い出した! トリノ辺境伯家のお坊ちゃんに尋問を受けていたんだった。いや、体罰もなけりゃ、拷問もされなかったから、ありゃ尋問とは言えない代物だった。これほど育ちの良いお坊ちゃんと話したのは初めてだったが、信じられないような甘ちゃんだったな。
俺たちは傭兵としてトリノ辺境伯領を荒らすこと、あわよくばアデライデトリノ女辺境伯とその親族を殺害するよう雇われてここに来た。その目的を聞き出すため拷問され、雇い主を暴こうとするのが当然だろうに。いったいあのお坊ちゃんは何を考えているんだか、さっぱりわからねぇ。
目を開けた。空が見える。周りを見渡そうとして激痛に襲われた。体を思うように動かせない痛みの中、視界に映る自分は手足を縛られており、板の上に寝かされていた。
「傭兵のお頭が生き返ったぞ! ジャン=ステラ様に報告を!」
誰か知らないが、大きな声はやめてくれ。声が響くと頭が痛みやがるんだ。
◇ ◆ ◇
「よかった、生きていたんだね」
お日様のような金髪の少年が俺に話しかけてくる。先ほどまで俺を尋問していたお坊ちゃんだ。
「おう、なんだ。生きていたから尋問を再開するってか」
「別に興味ないし、尋問なんてどうでもいいよ。それよりも、体の調子はどう? お頭さん、雷に撃たれたんだよ」
「雷だとぉ」
雷ってあれか。神の怒りってやつか。そういえば修道院の奴らは「セイデンキ」って唱和してたよなぁ。
「雷って、神にサルマトリオ男爵を裁いて貰おうってんじゃなかったかい」
「そうだったんだけどね、雷はお頭さんが繋がれていた大木に落ちたんだよ。その煽りをくらって1日以上気絶していたんだね」
一日気絶していた? 気づいたら板の上にいて、木に繋がれていなかったが、そうか。知らぬ間に一日が過ぎていたのか。いや、それよりも重要な事をお坊ちゃんは口にした。俺は雷を受けて気絶したのだと。
なんだと! つまり俺は神の裁きを受けて、1日寝ていたという事か?
驚いて声も出せなくなっていた俺に、ジャン=ステラの後ろに控えていたイシドロス司教が重々しく声をかけてきた。
「神の裁きを受けてなお、お前は生きながらえた。すなわち、神はお前に生きていることを望んだのだ。残りの生を神に捧ぐと誓うのだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、イシドロス。そんな急に誓えと言われたら、お頭さんも困っちゃうでしょ。それよりも雷に撃たれた体を治療するのが先だよ」
「ジャン=ステラ様がそうおっしゃるのでしたら」
お坊ちゃんの甘々な言葉に対して、イシドロス司教が素直に従っている。このお坊ちゃんも伯爵なので偉いのだが、同じく偉いはずの司教様をお坊ちゃんは家臣扱いしているのはどういうことだろう。
「なんだ、ジャコモ。私がジャン=ステラ様に従うことがそんなに不思議か?」
やべ、イシドロス司教に心を読まれたか。しかし、まぁいいだろう。
「ああ、不思議だね。お前だけでなく、辺境伯であるアデライデ様もジャン=ステラ様に一歩譲っているようだった。本人を前になんだが、このお坊ちゃんは一体全体、何者なんだね」
「お前が一生を神に捧ぐという誓いを立てたらな、その時に教えてやろう」
イシドロス司教が恍惚の笑みを浮かべている。今にも語りだしたくてうずうずとしているのだと、俺にはわかる。そんなに話したいなら、聞いてやるぜ。俺たちの雇い主であるゴットフリート3世が、なぜトリノ辺境伯領を目の敵にするのかも、きっと分かるに違いないさね。