鎧袖一触
1062年9月下旬 イタリア北部 サルマトリオ男爵領 アデライデ・ディ・トリノ
「神の栄光は我らにあり! 敵を切り裂けー 騎馬隊突撃ぃ!」
「「うぉぉぉぉー」」
号令を今か今かと待っていた私の騎馬隊。
雄たけびを挙げながら敵歩兵部隊へと疾走開始。
馬が力強く地面を蹴とばす重低音が腹の底に響き渡ります。
スピードが乗った騎馬隊を歩兵が防ぐ唯一の手は、槍の穂先を壁のように並べて槍衾を作ること。勇敢な歩兵であってもそれは同じ。馬の重量に耐えられるよう槍の反対側の石突を地面へと突き刺し、馬が避けてくれる事を神に祈るのみ。
しかし射撃によって陣が乱れたのか、敵陣に槍衾はなし。
馬を遮ることの出来ない歩兵の運命など決まっています。
街道上に密集している敵歩兵まであと少し……
先頭を走る騎馬が今……敵陣に突入!
まさに鎧袖一触。
騎馬隊が到達したとたん、薄布を裂くようにあっさりと敵歩兵は散り散りになりました。奮闘する者は少数。命を惜しんで逃げ惑うものばかり。呆れたことに、手に持っている盾や槍を捨て逃げ出す敵兵もでています。
ーー この機を逃すわけにはいかないでしょう
「敵は乱れた!歩兵隊、突撃!敵を討ち取れ!」
騎馬隊に続き、歩兵にも命令を下します。
騎馬隊が切り裂いた敵陣に襲い掛かかる歩兵たち。
ーー 歩兵が突入するのを待つまでもありません。勝負は決まりました。我が方の勝利!
騎馬隊が敵歩兵同士の連携を奪い、連携の取れた味方歩兵が止めを刺す。
まさに理想的な襲撃でした。
ですが、まだです。
あと一隊。 所属不明の騎馬隊が残っています。
ーー 油断するわけにはいかないわ。
私とジャン=ステラが乗る馬車の護衛騎士とともに、速やかに前方へと移動しなければ。
そして、敵陣への突撃からUターンして戻ってきた騎馬隊と早々に合流するのです。
「残敵掃討は歩兵の一部に任せる。
残りは新手の敵に向かって隊列を整えよ!」
幸いにして騎馬、歩兵ともに損害はほとんどありません。
この勢いでもう一度、新手の敵を突き破るのです。
手綱を握る拳に力が入ります。
歩兵だけだった先ほどの敵とは違い、次は騎馬隊が相手です。まともに戦ったら少なくない損害がでるでしょう。だからと言って時間をかける事はできません。
後ろからサルマトリオ男爵軍が迫っているかもしれないのです。
ーー アデライデ、損害を恐れてはだめ
挟み撃ちされる方が死傷者は増えるのよ。
心が折れてしまわないよう、自分を叱咤激励しました。
それに、ジャン=ステラだけは無傷で逃さなくては。
ーー たとえわが身を犠牲にしてでも……
もし私の姿を見たら悲壮感が漂っていたかもしれません。
しかしそれを抑えつつ、隊列が整うのを待ちます。
騎馬隊列はすぐ整いました。彼らは戦闘のエキスパートなので当然でしょう。
ですが、歩兵隊が遅い。一隊を残敵掃討へと割り振ったため、遅れているみたい。
ーー 遅い、おそい!
怒鳴りたいのを我慢です。
悠然と構えていなければ「だから女に指揮は無理なんだ」と陰口を叩かれてしまいます。
ぐっと我慢。じっと我慢。
ーー まだ?
新手の敵騎馬隊前に隊列を整えなければ、危険だというのに。
ーー はやくっ!
時間が経つのが遅い。自分の呼吸音がやけに耳につきます。
「隊列整いました!戦闘準備完了!」
「よし、間に合った」
準備が整ったとの報告に、安堵の声がでます。
そう、敵騎馬隊の襲撃前に隊列を整える事ができました。
これで無様に負ける事はなくなったでしょう。
「これで負ける事はなくなりましたな、アデライデ様」
私の隣に控えていた護衛騎士の隊長が声をかけてきました。
馬上槍試合の名手である彼から負けないと言われて、私の心に残っていた不安が払拭されていきました。
にこやかに、自信たっぷりと。そして艶やかに。そう意識しつつ言葉を返します。
「ええ、当然ですわ。 折角ですから勝ちましょう」
「「「おーーーーー」」」
私の声に呼応して、味方が鬨の声を上げます。
味方の士気は最高潮。
ーー ええ、これなら勝てます。勝ちます。勝つのです!




