表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/279

イルデブラント、その鬱屈からの解放(後)+α

前話の続き(後半)になります。

小説の背景部分に興味が薄い方は、後方のイルデブラントの失策(貨幣鋳造許可)部分にスキップしてください

 1057年9月上旬 イタリア北部 トリノ郊外 イルデブラント 


 私の問いかけに対し、ジャン=ステラ様は一呼吸置いた後、驚きの声をお挙げになった。


「ジャン=ステラ様。 あなたは神の代弁者なのですね」

「はぁぁぁああ!!!」


 代弁者である事を頑なに否定されておられたジャン=ステラ様でしたが、説得の甲斐があり、預言者であることを打ち明けていただけました。


 途中、貪食の悪魔の使徒である嫌疑がかかっている事を申し添えた事が功を奏しました。


 そのような途中経過はさておき、預言者であることを打ち明けていただけた事は感無量でした。


 しかし、しかしです。 私は今一歩踏み込みたく思いました。

 神の代弁者であるとお認めいただきたかったのです。


 なぜなら、預言者と代弁者では格が違うからです。


 例えば、ジャン=ステラ様の生誕を聖霊から聞いた新東方三賢者。

 神と子と聖霊は同じもの、つまり三位一体ですから、聖霊の声は神の声。

「うまれた」「みつけて」というたった二言を授かっただけでも、彼らは預言者なのです。


 しかし、ジャン=ステラ様と新東方三賢者とでは、神から預けられた言葉の重みが違います。


 だからこそ、神に代わって神の言葉を人々に届ける代弁者だとお認めいただきたかったのです。


 しかし、結果的にそれは私の傲慢でしかありませんでした。


 神は未だ預言を打ち明ける時期でないと判断されていたのです。

 それを無理に聞き出そうとした私に、神は警告の言葉をお与えになりました。


『 神の行為を疑うのなら、イルデブラント、おまえこそが神を冒涜する者だ 』


 ジャン=ステラ様の言葉に重なり、耳の中で重低音が響き渡りました。

 神が私を叱責なさったのです。

 頭から全身へと電撃が走ったかの衝撃を受けた私は、(ひざまず)いて祈りを捧げておりました。


「おお、神よ。お許しを」


 ジャン=ステラ様が神の代弁者であったなら、その言葉には意味があるはず。

 それを(おもんぱか)らなかったことは、神を試した事になるのでしょう。


(神を試すことなかれ)

 神に許しを請う私の脳裏に、その警句が浮かびました。


 神は人を試します。しかし、人が神を試してはならないのです。


 修道院においてクリュニー会の教えを学んだと自負しておりましたが、まだまだ私も修行が足りなかったのでしょう。

 その事を痛感した出来事でした。


 ジャン=ステラ様の面前で取り乱してしまった私は、そのあとの記憶がありません。

 気づくと翌朝であり、客室のベッドに横になっておりました。


 なんたる失態。

 しかし、心は()()れとしています。

 ベッドの上をゴロゴロと転げまわって懊悩したり、穴を掘って自分を埋めたくなる衝動に飲み込まれることはありませんでした。


 自分の中の傲慢さと嫉妬心が洗い流された気分です。


 平民出身にも関わらず助祭枢機卿を務める才能を有している自負心。

 そして、貴族出身に対する嫉妬心。


 昨日までの自分に(まと)わりついていた二本の鎖から解放されたのです。


 ジャン=ステラ様はおっしゃっておられました。

 貴族も平民も人である、と。


 今、私は馬に乗ってドイツへと向かっている。

 騎乗して目線が高くなると、いつもより遠くまで見渡せる。

 目線の高さによって、人も風景も違ったものに見える。


 貴族と平民が同じ人にみえるジャン=ステラ様の視線は、どれほどの高みにあるのだろう。


 ◇    ◆    ◇


 ア: アデライデ・ディ・トリノ

 ジ: ジャン=ステラ


 ジ: ねえ、お母さま?

 ア: なんですか、ジャン=ステラ?

 ジ: イルデブラント様に何のサインを貰ったの?

 ア: この羊皮紙の事?

 ジ: 心ここにあらずのイルデブラント様、中も読まずに署名してたから……

 ア: 貨幣鋳造の許可を貰ったのよ

 ジ: コインを作るの?

 ア: 昔、作ろうとしたら、教皇庁から禁止されちゃったので再挑戦

 ジ: なんで禁止されたの?

 ア: 教会の既得権益なのですって

 ジ: 羊皮紙を貰ったけど、作って大丈夫なの?

 ア: アスティの司祭がコインを作ってもいい、って許可だから大丈夫

 ジ: アスティってどこ?

 ア: トリノ辺境伯支配下の商業都市よ

 ジ: お母さま、遣り手ですなぁ

 ア: やられっぱなしは性に合わないですもの、ね


 ーーーー


 当時、中世ヨーロッパで流通していたのは銀貨だけでした。

 古代ローマで流通していた金貨も銅貨もありません。


 全部、北アフリカ諸国との貿易赤字に消えています。

 中世ヨーロッパは貧乏で文明の遅れた後進国だったのです。


 小説当時、金銀銅貨の代わりに輸出されていたのは人間だったようです。

 つまり、奴隷です。

 9世紀頃に北アフリカで始まったサトウキビ栽培の奴隷労働者として売られていったのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 中世ヨーロッパでの司教の騎乗について気になったのでちょっと調べてみたら、「近代に至るまで、馬は貴族・騎士・司教のステータスシンボルであり、贅沢な乗用動物だった」ってのを見つけまして、…
[良い点] どれだけイルデブラントが切れ者でも、少ない会話で主人公くんを預言者認定した訳では無かった理由が判りました。 ローマ教皇サイドでは、主人公くんが生まれて間もなくの頃から情報を得て、色々な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ