生理と衛生2
1057年7月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ
お母さまの執務室の奥には、天蓋付きのベッドが備え付けられている。
この時代の執務室は、私室と兼用になっているのだ。
執務をしている間、来客者にベッドを見られるなんて恥ずかしくないのかな。
毛布が散らかっていたり、寝た跡が残っていたりと、特に女性は見られたくないでしょう?
僕はそう思っていた。
しかし、お母さまは一向に恥ずかしそうにしていなかった。
「ベッドは侍女が整えるものですし、整えてから来訪者を執務室に入れるのですよ。なぜ恥ずかしいのですか?」
と、逆に不思議がられる始末。
うーん。現代とは恥ずかしさに対する感性が違うのかな。
そういえば前世で読んだ、本好きな孤児院長さんとか、万能神官長が出てくる物語でも執務室にベッドが置いてあったっけ。
そんな事はさておき。
お母さまが昼下がりの会議に出かけている間、摂政見習いである僕は、執務室を守る仕事を任されている。
「幼児は寝ることもお仕事なのですよ」
そう優しく諭されては、僕も仕事に全力を尽くすのもやぶさかではないのです。
そんな午睡というルーチンワークをこなしていたある日の事。
目を覚ましたら、侍女のリータが側にいなかった。
周りを見渡しても、執務室にはお母さまと筆頭侍女のニコレしかいない。
お母さまは、ニコレにスカートをもちあげてもらって、なにかごそごそしている。
声をかけてみたら、なんだかちょっと恥ずかしそう。
(んー、なんだかお母さまにしては、珍しい表情だね)
などと、寝起きで回らない頭でお母さまを見つめていたら、ちょっと酸っぱい香りが僕の鼻を通り抜けていった。
ああ。これって生理の血のにおいだ。
毎月1回やってくる憂鬱な4日間。
前世で散々嗅いできたから、間違う事はないと思う。
お母さまが恥ずかしかったのは、生理の事を僕に隠しておきたかったかもしれない。
子供を産めるのは女性だけとはいえ、男性に生理がないのはほんと、ずるいよね。
血が出てくるだけじゃなくて、心も体も調子が悪くなるんだから。
元女性だった僕としては、お母さまに同情するよ。
今世では生理に悩まされる事がないから、その分だけ女性に優しくしないとね。
そんな思いを抱きながらお母さま、そしてニコレと生理の話をしていたけど、話が嚙み合わない。
「生理は、体の中に悪い血が溜まる女性の原罪」と聖職者は宣う。
はい、そうですか。などと僕は納得できない。
原罪とは、生まれた時から抱えている罪、という意味。
生理って、妊娠するために必要な事。
それが罪だと言うのなら、子供を産むことが罪だとでもいうのだろうか。
『産めよ 増やせよ 地に満ちよ』と聖書に書かれてる。
だったら、生理は祝福でしょう?
「生理って病気だと、聖職者は説いているのですよ」とお母さまは言う。
生理が病気だと言うのは、僕としてはOK。
体の調子が悪いことを病気というなら、生理を病気といっても構わない。
でもね、生理の血が作物を枯らすとか、ワインの味わいを損ねる病気などという聖職者にはNOって言わなきゃいけないよね。
だって、前世は女性だったのだもの。無知が原因で女性が虐げられているのは納得いかないよ。
だから僕は力強く宣言する。
「その教会の教えは間違っています」