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マティルデお姉ちゃんへの贈物

 前回のあらすじ


 僕は、新しい東方三賢者に崇め奉られてしまいました。

 そして、お母さまは聖女様でした。


 1057年5月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ 執務室



「おほん、僕の話を聞いてくれるかな」

「「「はい、ジャン=ステラ様、われらが偉大な預言者様。いかなる事でもお命じください」」」


 咳払いを一つして、ギリシアからの訪問者である修道士3人組に声をかけた。


 僕の声に耳を傾けてほしかっただけなのに、返ってきたのは僕を崇拝する言葉だった。

 ご丁寧に3人とも教会で神に祈りを捧げるときの姿勢と同じく、両ひざをついて手を僕に向かって合わせている。


 神様、仏様、ジャン=ステラ様、ですか?


 キリスト生誕を祝う東方三賢者の絵画では、(ひざまず)いてキリストを崇めている姿が描かれている。 修道士三人組もそれを見習っているのだとは思う。


 でもでも。自分がその立場になるのは、勘弁してほしいのです、ほんと。

 命を狙われるのも嫌だけど、崇め奉られるのも正直、気持ち悪いのだ。


「聞こえているのなら、今後はジャン=ステラと呼んでください。『偉大な預言者』とか絶対禁止!」

 左右両方の人差し指を口の前で交差させ、視覚的にもダメな事を3人に伝える。


「承知いたしました、ジャン=ステラ様」

 きらっきらの笑顔で返答する3人組は、相変わらず膝をつき、手を合わせた姿勢のまま。


「僕に手を合わせるのも禁止!」

 そう声を荒げると、ようやく手を膝の前へと降ろしてくれた。


 ああ、まったくもう。

 しかし、このままでは全く話が進まないので、この場ではひとまず諦めよう。

 気持ちを切り替えようと、僕は一つ深呼吸をした。


「イシドロス殿」

「はっ」

 新東方三賢者の筆頭であるイシドロス司教に声をかけると、彼は手を合わせようとした後、慌ててその手を降ろした。


 はぁ、と溜息が零れそうになるのをぐっと我慢し、イシドロスへのお願いする用件を口にした。


「教皇猊下の親書を受け取るため、フィレンツェに行くのですよね」

「はい、その通りでございます」


 イタリア半島中部の商業都市フィレンツェは、父オッドーネを暗殺したトスカーナ辺境伯ゴットフリート3世とその軍隊が駐留している。


「フィレンツェの後、カノッサの町に贈物を届けてもらえるかな」

「ジャン=ステラ様の仰せとあれば、否はありませんが、どなたにお贈りなさるのですか?」


 イシドロスは僕の願いを請け負ってくれたものの、すこし困惑気味である。


 困惑するのは仕方ない。カノッサはトスカーナ辺境伯の本拠地なのである。

 干戈(かんか)は交えなかったものの、つい先日までお母さまは、トスカーナ辺境伯軍とにらみ合っていたのだ。

 さらに、トスカーナ辺境伯軍を率いているゴットフリート3世はフィレンツェに滞在しているのだ。


 主人の居ぬカノッサに、何を届けるのだろうかという疑問が、イシドロスの顔に現れているのだろう。


「届け先は、マティルデ・ディ・カノッサ。

 トスカーナ辺境伯の正統継承権を持つ唯一の人に贈物と手紙を届けてほしいの」


 現在、3名がトスカーナ辺境伯を名乗っている。

 3人とは、マティルデお姉ちゃん、マティルデの生母ベアトリクス。そしてベアトリクスの後添えであるゴットフリート3世である。


 このうち、正統な継承権を持つのは、マティルデお姉ちゃんただ一人。お姉ちゃんは、前トスカーナ辺境伯ボニファーチオの血を引く唯一の生存者なのだ。


 もう一人のベアトリクスは、前辺境伯の妻なのでトスカーナ辺境伯を名乗っているに過ぎない。

 3人目のゴットフリート3世に至っては、ベアトリクスの夫という名目でトスカーナ辺境伯と呼称している。


 つまり、マティルデお姉ちゃんがいるから、ベアトリクスもゴットフリート3世もトスカーナ辺境伯を名乗れるのだ。


 さらには、ゴットフリート3世がいくら強くて領土を拡大したとしても、それはトスカーナ辺境伯家の家産が増えたに過ぎず、ゴットフリート3世の死後、彼の子孫が継ぐことはできない。

 継承するのはマティルデお姉ちゃんの血を引く者のみ。


 だからゴットフリート3世は、彼の息子ゴットフリート4世をマティルデの婚約者にしているわけだ。

 それ以外にゴットフリート3世の子孫がトスカーナ辺境伯家を継ぐ方法はないから、当然の措置ともいえる。


 ただ、ゴットフリート4世の評判は芳しくない。17才と若いにもかかわらず、老人みたいに背中が曲がっており、容貌も醜いのだ。 そのためか、外に出ることを極端に嫌っているらしい。


 たしか、マティルデお姉ちゃんもゴットフリート4世の事を「近くにいるだけで鳥肌が立つほど大っ嫌い」と言っていた。


 もちろん、現代のような恋愛至上主義の世の中ではないから、好き嫌いで結婚が決まるわけではない。

 だからこそ僕にもまだワンチャンスあるかも。そう思っている。


 ここは衛生状態が芳しくない中世なのだ。せむし男のゴットフリート4世が、ふとした拍子に亡くなってしまう事も十分にありえる。もちろん、戦場の露に消える事だってあるだろう。


 そして、ゴットフリート3世の息子はゴットフリート4世ただ一人。

 後の事はまだまだ霧の中だといえる。


 きっと一番の問題は、僕がまだ2才で、マティルデお姉ちゃんは12才という年齢差。

 歳の差ばかりはどうやったって覆せない。


 マティルデお姉ちゃんとは実のところ、去年1回会っただけの間柄に過ぎない。


 イタリアにしては珍しいつややかな黒髪に、端正な顔立ち。スラっと伸びた手足と相まってマティルデは絵画の中から飛び出てきた妖精みたいだった。

 大人の色気を帯びる少し前、未成熟と成熟との境にいる少女が持つ特有の儚げな美しさが、今でも僕の脳裏に焼き付き、忘れられずにいる。


(マティルデお姉ちゃんが、僕の事を忘れていませんよーに)

 そう願いを込めて、イシドロスに贈物を届けてもらうのだ。


 ーーーーー

 ア: アデライデ・ディ・トリノ

 ジ: ジャン=ステラ


 ア: 何を贈るの?

 ジ: まずは、トリートメント

 ア: トスカーナ辺境伯家には、トリートメントの割り当てが無かったわね

 ジ: 流行に敏感な女性なら喜んでもらえるかな、と

 ア: では、ベアトリクス様にも贈ってはいかが?

 ジ: どうして?

 ア: 意中の人を射止めるなら、まず(周り)から射るのよ

 ジ: そして、クマの縫いぐるみ

 ア: (ぎょ):もしかして、病原菌入り?

 ジ: 違います! (全力否定)

 ア: 名前は? オッディベアは嫌だわ (夫:オッドーネから命名)

 ジ: では、ステラベア、にしますね~

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