表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/279

一姫二太郎

 1067年5月初旬 イタリア フィレンツェ ジャン=ステラ・ディ・サヴォイア(13歳)


 産室に入ると、マティルデは疲れ切った顔で僕を見た。そして、ぽつりと呟いた。

「女の子を産んでしまってごめんなさい……」

 その声には、どこか申し訳なさと、自分を責めるような響きがあった。


「ええっ!? なんでそんなことを言うの!」

 思わず、僕は大きな声を出してしまった。母子ともに無事に出産を終えたことが何よりだったし、生まれたのが男か女かなんて二の次でしかないんだよ。


「ジャン=ステラ、優しい言葉をありがとう。でも、本音ではあなたも男の子がよかったって思っているんじゃなくて?」


 マティルデは、産後で疲れ切った顔をしながらも、じっと僕の目を見つめて問いかけた。


 僕は全力で首を振る。そんなこと、まったく思ってない。むしろ、女の子のほうがいいとさえ思っていた。


 だって、一姫二太郎って言うでしょう?


 前世の日本では、女の子を希望するお母さんが多いと聞いている。前世のノエルお姉ちゃんも、甥の周ちゃんが生まれる前は、「女の子がよかったなぁ」なんて言っていた。


 男の子よりも女の子の方が育てやすくて、病気も少ない。だから最初の子は女の子で、いろいろな経験を積む方が子育ても楽だって聞いている。


「そうはいっても、貴族にとって男児の後継者がいることは、重要なことよ。トスカーナ辺境伯家におけるジャン=ステラ、あなたの立場も男児の後継者がいれば強くなるもの」


 マティルデは、少し寂しげに言う。


(そりゃまあ、そうかもしれないけど……)


 たしかに後継者問題というのは、貴族社会では深刻な話題だ。僕たちの子が男児なら、将来のトスカーナ辺境伯として確固たる立場を得られるし、僕の立場も強くなるだろう。でも、だからって、女の子の誕生を悲しむなんて間違ってる。


 次の言葉が出るのが遅かった僕の態度を肯定と受け取ったのか、マティルデが述懐の言葉を漏らした。


「私が男だったらよかったのにって、何度も、何度も言われたわ……。


 お兄様が亡くなったときも、領地を継いだときも。

 お母様だって、結局、ゴットフリート3世と結婚するしかなかったの。


 それもすべて、私が女だから……」


 マティルデの声が少し震えた。彼女は、自分の出生を悔やんでいるのだろうか。


 暗殺された父・ボニファーチオのあとを継いだ兄・フェデーリコもわずか15歳で亡くなった。そのあと、マティルデは悲しい人生を歩んできた。本来なら自分が跡を継ぎたかったはずだが、女であるという理由だけで家臣たちに認められず、結果的に母・ベアトリーチェが髭公ゴットフリート3世と結婚し、彼にトスカーナの統治を任せることになった。


 さらには、マティルデ自身も、ゴットフリート3世の息子との政略結婚を強いられてきた。


 そんなマティルデだからこそ、男児の重要性を痛感しているのだろう。



(でも、それって理不尽すぎるよね)


「女の子だっていいじゃない! 男が子供を産めるわけじゃないんだし、男の子も女の子も同じように大切だよ!」


 まったく、女の子だからって何だっていうのさ。プンプンと怒りがこみ上げてくる。


 マティルデの気持ちもわかるけど、家臣たちや周囲の連中が「男児じゃなきゃダメ」みたいな顔をしているのが、どうにも納得できないし、気に入らない。


 とはいえ……。


 マティルデの気持ちも分からなくはない。すこし頭を冷やして考えてみれば、簡単にわかるもの。


 もし僕がここで「神の(もと)で男女平等!」とか唱えたらどうなると思う? 

 相続は長男総取りではなく、男女等しく分ける。すると、長女の婚約者であるアレクちゃんが次期トスカーナ辺境伯になりそうだし、もし僕とマティルデの間に十人の子供ができたら、領地を十等分することになる。


(間違いなく内乱になるよね)


 家臣たちが全員、僕に反旗を翻すだろう。男尊女卑の考え方が染みついているのもあるし、過去に遡って「男女平等を」なんて唱える親戚が出てきたら、たちまち全ての貴族家でお家騒動が勃発する。


 そしてトスカーナ領一円が内乱に巻き込まれたら敵が攻めてくるだろう。


 神聖ローマ帝国のハインリッヒ4世なんて喜んで攻めてきそうだし、僕を異端審問にかけたがっているローマ教皇庁の面々だって暗躍するに違いない。そうなれば、僕に商売で煮え湯を飲まされたピサやジェノバの商人たちも、敵の支援を惜しまないだろう。


 だから、残念だけど、仕方ない。

 本当は悔しくたまらない。でも、家臣たちが男児の誕生を望むのも、彼らなりの理由がある。

 それを僕が全否定する訳にもいかない。


 僕ができることといえば、せめてマティルデに慰めの言葉をかけることくらいだ。

 彼女の長い黒髪をそっと撫でながら、柔らかい声で語りかける。


「大丈夫。次の子は男だから」 


「一姫二太郎」って言葉があるし、次は男の子だったらいいよね。

 僕は軽い気持ちで口にした。


 その途端、マティルデの表情がぱっと明るくなった。さっきまでの悲しそうな顔が嘘のように、頬を上気させ、目を輝かせる。

「預言者であるあなたが言うのなら、間違いないわよね! ありがとう、ジャン=ステラ!」


 いやいや、預言とかそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど…… まあ、いいか。

 マティルデに笑顔が戻ってきてくれたなら、それでいい。


「ジャン=ステラ、早速だけど、今夜はどう?」


 出産直後なのに、これほど元気な人がいるとはびっくりだ。

「いやいやいや、さすがに無茶でしょ!」


 マティルデさん、あなた今日出産したばかりじゃない。


 マティルデは、くすくす笑いながら、肩をすくめて言った。

「まあ、冗談よ。でも、私も早く出産の傷から回復して、次の子の妊娠に備えなくっちゃね」

「……うぅ?」

 僕は絶句した。

 マティルデ、ちょっと落ち着こう。せめて1週間、いや1ヶ月は身体を休めるべきだよ……。


(いや、本当に無茶しないでね!?)

 そう思いながらも、僕は生まれたばかりの娘をそっと抱き上げた。

「ようこそ、僕たちの家族へ。これから、よろしくね」

 僕の腕の中で、小さな命が静かに息をしていた。


 ーーーーーーーー

ジ:ジャン=ステラ

マ:マティルデ


ジ:子供の名前はどうする?

マ:女の子だから、慣習通り私のお母様の名前をいただくわ

ジ:じゃぁ、ベアトリクス?

マ:ベアトリクス・ディ・サヴォイア。いい名前でしょ?

ジ:あ、ベアトリクス・ディ・カノッサじゃないんだ

マ:ジャン=ステラの王位から、ディ・カナリアにしてもいいけど、どうする?

ジ:ん-、そうだね。 ディ・アメリカとかでもいいけど、今はサヴォイアにしておくね

マ:アメリカってなに?



 女性の名前は基本、お母さんの名前を継承しています。


 ジャン=ステラちゃんのお母様がアデライデ・ディ・トリノ。

 その長女がアデライデ・ディ・サヴォイ。

 その娘がアデライデ・フォン・ラインフェルデン。



 男性の場合もお父さんの名前を継承します。


 ほら、フランスにもルイ14世とかルイ16世とか、ルパン三世とかいるじゃないですか。


 サヴォイア家の場合、アメーデオ、アイモーネ、ウンベルト、ピエトロあたりが定番の名前になっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アデライデn世(nは自然数)みたいになっていたのですね……。
歴史通りなら9人でしたって(笑) 性染色体『Y』は男にしかないので、文明レベルが低い世界でも男児であれば必ず父親の子供であることが確定します。 だから、後継者を男に固定しておけば、女性が浮気しない限り…
ふむ、まずは近況報告な回が続いてから、政治やら新大陸遍ですかね?離乳食やらで何かしらやらかしあるのかな?この子は神の国の食べ物を初めに食べたとか逸話なんかも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ