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くまのぬいぐるみ:オッディベア

 1056年11月上旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


「お兄ちゃんたちばかりずるい」


 ほっぺたをぷくぅーって膨らませたアデライデねえに文句を言われた。

 怒ってるアデライデねえもいつも通り、かわいいよー。


 僕が作ったトリートメントをずっと使っているからか、その赤髪には天使の輪っかが今日も光っている。

 お手入れ頑張ってるんだろうなー、主に侍女さんが。


 アデライデねえはすぐに動き回って、あまりじっとしていられない。

 まだまだ子供だから当たり前なのだけれど。


 髪を()かしてごみを落とし、布で丁寧に汚れをぬぐい、最後にトリートメントで仕上げをする。

 その行程の間、大人しく椅子に座っているのを見たことがない。


 それはさておき、アデライデねえはもっと僕に構ってほしいらしい。


 でもね、えっとね。 ちょっと待ってほしい。


 僕はまだ2才で、アデライデねえは6才。

 6才って前世だったら小学1年生。 

 遊びたくて、構ってほしくて仕方ないのはよくわかる。


 だからといって2才児が遊んでくれないって、駄々をこねる?


 たしかに先月までずっと疎遠であった兄たちと一緒にいる時間が増えたと思う。

 最近は2人の兄たちピエトロ、アメーデオに加え、3男のオッドーネ(にい)と遊ぶ時間が増えていた。


 ちなみに3男のオッドーネは3才。 父の名前と同じ名前である。

 家名をつけてもオッドーネ・ディ・サヴォイアと区別がつかない。


 だけど、話をしている分には区別できなくて困ることはないので、気にせず自分と同じ名前を息子に付けるのだろう。

 そういえば、小学校のクラスに3名も「ゆうき」がいた事があったっけ。

「ゆうきくん」と「ゆうきちゃん」、そして「ゆうき」って呼ばれていたけど、誰も混乱していなかったよなー、なんて思い出す。


 オッドーネの場合、片や辺境伯で片や幼児。同じ名前でもだれも間違えたりはしないんだと思う。


 そんな名前の事はおいておき、ひとまずは目の前のアデライデねえである。


 兄3人たちも含めて、父オッドーネが長期にわたって城を不在にしているのが不安なのかもしれない。

 いや、長期不在するだけなら、今までもあったはず。

 城の中が慌ただしい、というか、すこしいつもと違う雰囲気を子供なりに感じているのだと思う。


 今、城の中は神聖ローマ皇帝ハインリッヒ3世が亡くなる前提で廷臣たちが慌ただしく動き回っている。

 簡単に言うと内乱勃発に備えた防備準備を進めるため、武具は当然として、食料や飼い葉、木材石材等の資源を集めているのだ。


 城に残っている母アデライデも当然忙しく、執務が終わって子供たちの前に戻ってきても仕事中のピリピリした雰囲気が残っている。


 だから兄姉(けいし)たちが人の温もりを求めて誰かに構ってほしくなるのも仕方がない。

 それは解るんだけどね。

 でもね、僕だって不安なんだよ。


 父オッドーネがドイツのゴスラー宮殿に出発してからもう1か月以上過ぎた。


 でもまだ1か月ちょっとでしかないのも事実だ。

 トリノから宮殿まで急いでも片道20日くらいかかるとアイモーネお兄ちゃんが言っていた。


 だから父オッドーネがトリノに帰還するのはまだまだ先の事だろう。


 トリノ城館から眺めるアルプスの山々はすこしずつ白さを増している。

 もう山の真ん中近くまで真っ白だ。

 もう少ししたら、アルプスを越える峠道は雪に埋もれてしまうだろう。


「僕だってお父様が早く帰ってきて欲しいんだよ」

 そう言いたいのをぐっとこらえて、今日の午後はアデライデねえの相手をする事に決めた。


「お姉ちゃん、じゃあ今日は僕とあそぼっか」

「もちろん、じゃあ、何して遊ぶ?」

 僕が遊びに誘うと、アデライデねえからお日様のような笑顔が返ってきた。

 そして、わくわくした表情を隠しもせずに僕を真正面から見つめてくる。


「そうだねー。何しよっかな」

 子供部屋を見渡すと数体の人形が目に入った。

 木や石をって作ったアデライデねえの人形である。


 服も着せてあるし、そこそこリアル。

 ただ、僕の感覚だとリアルというか不気味。

 大人の人形遊び用としては良くても、子供用としてはかわいらしさが全然足りてない。


 もっと単純に、ぎゅーっと抱っこできる人形がいいのだ。

 いや、人形でなくても良い。

 動物のぬいぐるみなんてどうだろう。


 “ギューッと抱きしめることができたら、少しは寂しさも和らぐかな”


 だから、僕はアデライデねえにぬいぐるみを作ろうって提案した。


「えっとね、ぬいぐるみを一緒につくろ」

「ぬいぐるみって何?」

「布で作った動物の人形だよ」

「いやっ。 」


 しかし、アデライデねえにすげなく却下されてしまった。

 “あれ? なんで”

 そう思った僕はアデライデねえに理由を尋ねてみた。


「どうして嫌なの?」

 すると、アデライデねえは部屋の人形の方に視線をさ迷わせながら理由を教えてくれた。


「人形って、部屋にあるような人形でしょ? あんなのが増えても嬉しくないもの」


 どうやら部屋に飾られている人形はアデライデねえのお気に召していないみたい。

 僕もそれは同意する。

 同意はするけど、いまから作ろうとするのは不気味人形ではなく、ぬいぐるみだ。

 ぬいぐるみと人形は全然違う事を頑張って伝えないとね。


「大丈夫だよ。今から作ろうとするのはぬいぐるみ。 

 とっても可愛いし、布で作るから柔らかいし、ぎゅーって抱っこもできるんだよ」

「うーん、そうなの?」


 アデライデねえは可愛い人形なんてものを信じていないみたいで、素直に納得はしてくれない。


「大丈夫。僕が作ったトリートメント、お姉ちゃん気に入っているでしょ?

 きっとぬいぐるみも大好きになってくれると僕は思ってるよ。」

「わかったわ。今日は私が折れてあげる」


 あれやこれやとぬいぐるみの良いところを言い募ってようやくアデライデねえに納得してもらった。

 というか、「折れてあげる」ってそんな上から目線で言わなくてもいいのに、とちょっと不満だけど、ま、いいや。


 侍女のリータに茶色と黄色の布、そして、ぬいぐるみの中に詰めるぼろ布を持ってくるようお願いした。


 この世界では布はとっても値段が高いもの。

 機械なんてものがないから、人が一枚一枚手作業で作っている。


 だから上位貴族であっても、子供の遊びなんかに布をたくさん使うなんて贅沢は許されないだろう。

 でも幸いな事に、城にあるものなら使っていいと、父オッドーネと母アデライデから許可をもらっている。


「ジャン=ステラが作るものなら売れるだろう。理由? 俺の勘さ」

 でも、俺の勘はあたるんだぞ、父オッドーネが笑っていた。


 今からアデライデねえと作るのは熊のぬいぐるみ。


「熊なんて怖い動物のぬいぐるみいやっ」

 ってアデライデねえに言われたけど、大丈夫怖くないくまもいるんだよ、と納得させた。


 父オッドーネの風貌が熊に似ているって思ったことがある。

 だから、オッドーネが早くトリノに帰ってくるようにとの願いを込めて熊のぬいぐるみが作りたいのだ。


 有名な熊のぬいぐるみといえば、テディベアとかくまのぷーさん。


 くまのぷーさんみたいな可愛い熊が作りたい。

 そして、名前はテディベアではなく、オッディベアって名づけよう。


 テディベアのテディは、テオドールの愛称テディ(Teddy) から取られている。

 これと同じように、オッドーネから名前をとってオッディベアにした。


「お父様が無事に早く帰ってきますように」


 ーーー


 ●オッディベアが出来上がった数日後の昼下がり


 アデライデねえ  うふふ、うふふふ

 母アデライデ  今日はとってもご機嫌ね

 アデライデねえ  ジャンにオッディベア作ってもらったの

 かわいいでしょ?

 ジャン=ステラ 指示を出しただけで作ったのは侍女ですけどね

 力がなくて、自分で縫えなかったです

 母アデライデ  で、私のオッディベアは?

 ジャン=ステラ へ? お母様も欲しいの?

 母アデライデ  だめなの?

 ジャン=ステラ 侍女に作ってもらって下さいよー

 母アデライデ  いや。息子から貰うのがいいんじゃない

 ジャン=ステラ そういうもんですか?

 母アデライデ  そういうもんなのです

 ジャン=ステラ 評判いいみたいだから、マティルデお姉ちゃんにも贈ろっと

 母アデライデ  私だけに贈ってもらいたかったのにぃ。ぐぬぬ



型紙なしでかわいいぬいぐるみを作るのって難しいです。

藤堂あかりさん、すごいなー。


ーー

中世ヨーロッパの人形で調べていただくと、不気味、シュール、呪いの人形?

というものばかり出てきます。


テディベアで有名なくまのぬいぐるみは1900年代初頭に作られました。

このテディベアが有名になった事を思うと「かわいらしいぬいぐるみ」は中世ヨーロッパになかったのだと推測しました。


あと、「くまのぷーさん」の絵本は著作権切れているので、ここで固有名詞としての「くまのぷーさん」を出しても問題ありません。

ちなみに、イラストやキャラクター等、絵の著作権は切れていないのでご注意ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] テオドア・ルーズベルトが子連れの母熊を射殺せずに逃したエピソードを元に作られたかわいい熊のぬいぐるみがテディーベアでしたか。 子連れの母熊を撃たないのは、猟師の常識であり、賞賛されることでは…
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