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初めての家臣

地図を後書きに載せています。

 1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


 父母との話し合い、その議題の1つ目がようやく終わった。

 あと2つ残っているが、僕はもう疲れたよ。


 2歳児に長々と話し合いを続ける体力を求めないで欲しいなぁ。


 そう思ってはいても、明日になったら父オッドーネはドイツへと出立する。


 そして、トリノに再び戻ってくるのはいつになるのか、見通しを立てることができないのだ。

 皇帝ハインリッヒ3世の容態次第だし、後継者の外戚として廷臣達との話し合いに巻き込まれるのは避けられないだろう。


 それにドイツを出発するのが11月を過ぎてしまうと最短コースでトリノに戻ってくるのは難しくなる。

 ドイツ王国とイタリア王国との間を遮る高い山々、アルプス山脈を超える峠が雪で通れなくなるのだ。


 その場合、アルプスの西側、アルル王国を流れるローヌ川沿いに地中海へと一旦出て、トリノの南側から帰ってくることとなる。

 次に父オッドーネと会えるのは来年になるかもしれない。


 だから、ちょっと体力的にしんどいけど、話し合いを途中で放棄するわけにはいかないのだ。


 溜息をつきつつ、話し合う内容を思い出す。

 1つ目はトリートメントでもう決着がついた。


 これから話し合うのは、僕に家臣を一人付けてくれる事。

 そして、最後はギリシア正教会の修道士をトリノに招く事である。


 “もうちゃちゃっと終わらして、お昼寝したい”


 その思いが母アデライデに伝わってしまっていたらしい。


「ジャン=ステラ、だいぶん眠たそうですね。」

「はい、お母さま。もうお昼寝がしたいです」

「さっきまでトリートメントの扱いで、頑張って知恵を絞ってくれましたものね」



「そうだな。ジャン=ステラは小さい体で頑張ってるぞ。

 トリートメントというたった一つの商品だけで、あれほどトリノ辺境伯家の利益を考えてくれたのは本当に助かっている」

 母アデライデの言葉を受けて、父オッドーネが僕の事を労ってくれる。


「だが、もう少しだけ辛抱してほしい。明日になったらドイツに出発しなければならないからな」

「わかっていますよ、お父様。 なんとか起きているようにします」

「じゃあ、できるだけ短く話をするからな」


 父オッドーネから、僕付けの家臣になる者の説明があった。


 名前はラウル ディ サルマトリオ。


 僕の乳母を務めてくれたミーアの夫とのこと。

 名前の後ろに地名である“サルマトリオ”がついている事が表すように、領地持ち貴族の一族である。


 サルマトリオはここトリノから南に1日半ほどの距離にある城壁付きの市であり、アマルトリダ ディ サルマトリオ男爵が治めている。

 彼はどちらかと言うと財務に強いため、領地軍と統治は長男アルベルトに任せ、トリノ辺境伯の廷臣として出納役の長を務めてくれている。


 ラウルはアマルトリダの4男として長年父を補佐していて金勘定に優れている事から、私の家臣第一号に抜擢されたのだそうな。


 何にせよ筋肉で語り合うような騎士ではなく、僕の商売を手助けしてくれそうな家臣で良かった。

 でも、2才の幼児の家臣になるって、ラウルは納得してくれるのかな?

 その点を父オッドーネに確認してみた


「お父様。 数字に強いのは僕にとって大変ありがたいです。

 ですが僕の家臣になる事をラウルは納得しているのですか? 

 だって僕、まだ2才ですよ。」

「そうだなぁ。 

 名目上は辺境伯家からの依頼に対して了承の形をとってはいるが、実質的には命令だからな。

 どこまで納得しているかは俺にはわからん。

 でもな、ジャン=ステラ。 

 ラウルは貴族とはいえ4男だから、跡継ぎになるのは難しいだろう。

 だったら自分で生計を立てる算段をしなければならない。

 そう考えたら後継者ではなくとも君主一族の最初の家臣になるメリットは大きいと思う。

 いいチャンスだと考えていると思うぞ」


 父オッドーネに続いて母アデライデも続ける。 

「それにジャン=ステラが普通の子供でない事は、サルマトリオ卿や乳母のミーアから聞いて知っていることでしょう。

 ラウルの目端が利くのなら、私の可愛いジャン=ステラの家臣になる事を喜んでいるに違いありませんわ」


 家臣を迎えるという事が私にはよくわからない。

 前世で働いた記憶といえば、大学時代のバイトと高校教員の2つしかない。

 バイトリーダーになったこともないから、人を使う事にも慣れていない。

 2歳児に家臣として仕えよって言われたら、 “保育園の保育士さんになれって事?”としか思えない。

 だからラウルが有能であるのなら、“私は保父さんではありません” って断られても仕方ない。


 しかし、父オッドーネや母アデライデに言わせると後継者でないとはいえ私は出世が見込まれる優良株なのだそうだ。

 サルマトリオ男爵家としても、主君一族に広く仕える事は一族滅亡を避けるリスク分散策としても有効という事らしい。


 戦争の絶えない世の中というのもあるだろうけど、貴族社会の考え方に未だついていけないなぁ。

 でも、いつか僕も中世ヨーロッパの価値観になじまないといけないのかな。

 ちょっと不安。


 それはさておき、これ以上ラウルの気持ちについて考えていても仕方ない。

 体の限界も近いし、はやく話し合いを終わらせよう。


「ラウルが僕の家臣になる事はわかりました。次はギリシア正教会の修道士を招へいする件ですね」


 僕が生まれて1か月くらい後に3人の修道士がトリノを訪れている。

 聖霊の言葉に導かれ、ギリシア正教の聖地であるアトス山からやってきたのだ。


 3人の名前は次の通り。

 メギスティ・ラヴラ修道院の司教であるイシドロス ハルキディキ

 アマルフィオン 修道院の副輔祭のニコラス

 そして女性修道院で輔祭をしているユートキア アデンドロ


 アトス山は女人禁制のため、厳密に言うとユートキアが所属する女性修道院はアトス山ではなく、アトス山のあるハルキディキ半島の付け根に位置するらしい。


 僕にとって修道院の名前とか人名とか、そんな細かい話はどうでもいい。

 今教えてもらっても覚えてられないから、トリノに到着してからで十分だと思う。

 それよりも、早く話し合いを終えて、お昼寝がしたい。


 でも、トリノに招くからには、きちんと僕に説明しておく必要があるのだそうだ。

 父オッドーネや母アデライデにとって「どうでもいい」なんて事はありえない考え方らしい。


 僕も溜息が出たし、父母も同様に溜息をついていた。

 うーん、認識のずれが大きいね。

 今後の僕の成長に期待しておいてね。


 それはさておき、彼らは僕の事を「預言者」と主張しているわけだ。


 だからなに? って僕はそう思うのだが、彼ら3人は僕と一蓮托生(いちれんたくしょう)の身なのだそうな。

 彼らは聖霊の言葉を受けて預言者である僕を探し当てた。

 これはイエス・キリストの生誕時にその元を訪れた東方三賢者の逸話と同じだと彼らは主張しているわけだ。


 だから、僕が預言者である事は彼らの名誉、というか信仰に深く関わっている。


 そしてキリスト教の三位一体説によれば、聖霊の言葉はすなわち神の言葉である。

 僕が預言者であれば、彼らも聖霊=神の言葉を授かった預言者である事を意味する。


 一方、もし僕が預言者でなかったとするとどうだろう。

 その場合、彼らは神の言葉を騙った冒涜者という事になる。

 キリスト教からの破門に加えて、命も奪われることであろう。


 だから、今のところ彼ら3人も僕が預言者である事を言いふらしてはいないだろう。

 でも、ここで3人をトリノに招へいすればどうなるであろうか。

 それは、僕が預言者である事を外ならぬ僕が認めたと捉えられるだろう。


 だからこそ、父オッドーネと母アデライデは僕にきちんと説明しなければならなかったそうだ。

 つまりは、僕の覚悟が試されているわけ。


 でもね。僕の覚悟はもう決まってるんだよ。

 全てはじゃがマヨコーンピザのため!

 コロンブスが新大陸を発見してくれるのは400年以上先。

 僕はそれまで待てない。


 だから、預言者の肩書が必要なら使っちゃうよ、僕は。



「これで話し合いは終わりだよね。 もう部屋にもどってお昼寝してもいい?」

 って聞いたら、まだダメだって言われちゃったよ。

 今からラウルとの顔合わせがセッティングされているそうな。


 僕、起きていられるかな?




 ◇    ◆    ◇


 1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州  ラウル ディ サルマトリオ



「うわさは本当だったのだな」


 先ほどの面談の内容を心のなかで反芻はんすうしつつトリノ城館から自宅に戻ってきた。

 そして玄関をくぐった所で独白のようにポツンとつぶやいた。


 面談の場で少々お話をさせていただいただけだが、ジャン=ステラ様の尋常ではない聡明さには、雷に打たれたような衝撃を受けた。


 2歳とは思えないその話しぶり。

 オッドーネ様やアデライデ様と対等どころか、お二人をどこかに導く師匠のように話を交わされておられた。

 きっと、話している内容だけを聞いたとしたら、お二人とジャン=ステラ様のどちらが年長かわからなかったと思う。


「ほら、私が言った通りでしょう?」


 私のつぶやきが聞こえたのであろう。

 ジャン=ステラ様の乳母を務めた妻のミーアが勝ち誇ったような顔で私にそう告げる。


「ああ、そうだな。その通りだったよ。

 ジャン=ステラ様の優秀さを事前におまえから聞いていたのに驚いたよ。」


 優秀だとは聞いていた。

 だが、2歳児としてとても優秀なのだろう、とどこかで高をくくっていた。


 なにせ、ジャン=ステラ様の乳兄弟である息子のエルモは、ようやく舌ったらずに少し会話ができるに過ぎない。

 親のひいき目があるかもしれないが、それでも成長が早い方だと思う。


 ジャン=ステラ様は成長が早いという次元ではない。

 その話し方は、既に完成された大人の趣がある。


 神の祝福を受けられたのか。それとも悪魔に魅入られてしまったのか。


 お生まれになられたとき、東方より三賢者がトリノを訪れたとも聞く。

 それが本当なら悪魔ではなく、神の方であろう。


「あなた、顔が緩んでますよ。それに考えにふける前に服を着替えてきてくださいな。

 大切な一張羅なのでしょう、その服は。」


 妻にそう言われてようやく気が付いた、

 頬が緩み、口角が自然とあがっていることに。


 "私はジャン=ステラ様の家臣になれたことを喜んでいるのだな"


 我ながら、昨日とはずいぶんと考えが変わったものだと思う。



 トリノ辺境伯家の出納役を務めている父から書斎に呼び出されたのが昨晩。


 その場でジャン=ステラ様の家臣になるよう言い渡されたのだ。


 ジャン=ステラ様はまだ2才の幼児にすぎない。


 父が冗談を言っているかと思ったが、そうではなかった。


「私に子守りをせよとおっしゃるのですか?」

 そう父に反発したのだが、どうやら違うらしい。


 ジャン=ステラ様は、体は幼児でも頭の方は非凡であるらしい。

「おまえは幼くて動き回ることができないジャン=ステラ様の手足となるのだ」

 父にそう告げられた。


 私だって、父の配下として出納役の仕事をそれなりに担当してきた。

 お金の流れを把握する能力なら、そこらの貴族連中よりも優れていると自負している。


 その私が、手足として動く事を求められる?

 悪い冗談としか聞こえない。


 不満そうな私を見とがめた父が諭すように話かけてくる。


「不満か? いや、不満だろうな。 

 自分に自信を持っているお前のことだ。

 主筋とはいえ幼児に仕える事は自分の才能の無駄遣いだと憤っているだろう」


 そう、その通りだ。

 父はよくわかっている。

 だったらなぜ、こんな話を受けてきたのだろう。

 父の言葉を肯定するよう頷き、先を促す。


「だがな、それは間違っているのだよ。

 お前も私も確かに優秀である。 

 トリノ領内でも5指に入ることだろう。

 だがな、それは凡人の中の優秀さでしかないのだ。


 私はオッドーネ様やアデライデ様からジャン=ステラ様の様々な言動を伺っている。

 話半分だとしても、ジャン=ステラ様は我々親子のような凡人の中の優秀者とは違うのだ。


 そもそも、生きている世界が異なるのではないか。 私はそう感じているよ。

 とは言っても、私の言葉だけではお前は納得するまい。」


 その通りだ。 いくら父の言葉とはいえ納得できたものではない。


 父は溜息をついた後、明日の予定を告げた。

「明日、お前をジャン=ステラ様の前に連れていく。

 お前の目で確認するがいい。

 拝謁の時間は短いだろうが、その短い中でも何か感じる所があるだろう。」


 昨日の事を思い返すと、赤面してしまう。

 自分の不明を恥じ入るばかりである。



 さて、回想に(ふけ)ってばかりもいられない。

 これから忙しくなるのだ。

 明日からの予定を告げるべく妻のミーアに声をかける。


「ミーア、俺はギリシアのアトス山まで人を迎えに行くことになった

 数か月の間、留守にするからその間、家の事を頼む」



 人を迎えに行くのは、オッドーネ様とアデライデ様に仰せつかった役目。

 それ以外にジャン=ステラ様からもいくつか依頼がされている。


 一つは、ギリシアで売買されている物品を教えてほしいとの事。

 特に、トリノに存在しないものを知りたいのだそうな。


 さらには可能であれば作り方を知りたいのだそうな。

 そんな言を言われても、作り方はどこの工房でも秘中の秘であろう。

 簡単に行くわけはない。


 それはジャン=ステラ様もお分かりであった。

 その上でのお願いなのだから、引き受けざるを得なかった。


 特に作り方を知りたいのが、木から作られる紙の製法なのだそうな。

 羊皮紙や木札に代わる事ができる優れものらしい。


 なんでも、大陸東方のトウ()という国が戦争に敗れた際、紙の作り方がペルシアに伝わったのだとか。


 どこで知識を得たのか伺ったところ、かわいらしい声で「ひみつっ」って言っておられた。

 どうやらジャン=ステラ様は、口が滑ってしまったらしい。


 “あちゃ~ やってしまったよ”って小声で呟いたのを私の耳が捉えていた。


 ただ、その言葉に続けて「ラウルは僕の家臣になったんだから、秘密は守れるんだよねー」って軽い口調で言っていた。

 ジャン=ステラ様はともかく、ジャン=ステラ様の左右に座っているオッドーネ様とアデライデ様の視線が冷たい。

 下手に洩らしたら消されるかもしれない。


 ただし、私がお迎えに伺う三賢者様方に紙の製法について聞く事は許可された。


 情報源は秘匿するように言われたが、それでも三賢者様方には何か感じてくれるだろうとはジャン=ステラ様の言である。


 ご自身の失敗も即座に利用するその頭脳働きには恐れ入るばかりであった。



 もう一つは、鉄にくっつく鉄を探して欲しいとの事であった。

 鉄に鉄がくっつくとはどういう事であろうか。


 何かの謎かけかとも思ったが、そうではないらしい。

 ただし少量で良いし、買い求めていることを大っぴらにしても良いらしい。

 だから、トリノを含めアトス山までの道中でも聞いて欲しいとのこと。


 何に使うのかをお聞きしたが、「今は秘密だよ」、と教えていただけなかった。


 ジャン=ステラ様にはいったいいくつの秘密があるのだろう。



帰路を阻むアルプス山脈と、アルル王国の中心を流れるローヌ川

挿絵(By みてみん)


 アルル王国の中心を流れるというよりも、ローヌ川の流域がアルル王国なんですけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見た目は幼児、頭脳は大人、時渡りの賢者ジャン=ステラなのさ! 某小説のスパナを背負った悪役令嬢(工業校卒の女性転生者)は、蒸気機関車やマスケット銃、黒色火薬に正露丸まで(最後は異世界転移者…
[良い点] マティルデとくっついて欲しいなぁ…( ˘ω˘)スヤァ
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