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外様なので頑張ります

ご愛読ありがとうございます。

本文中に出てくる地名シュヴァーベン等、大公国の位置を示す地図を後書きに貼っています。

 1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


 僕が婚約者であるユーディットの事を忘れていたため、話が横道に反れてしまった。

 まぁ、それはいいとしてトリートメントは、皇后アグネス、次期皇后予定者である姉ベルタ、そしてハインリッヒ3世の末の娘で僕の婚約者のユーディットに献上することに決まった。


 残り2つのトリートメントについてはユーディットの姉達、アーデルハイト姫とマティルデ姫が希望すれば献上、あるいは売ることになった。


 マティルデ姫には婚約者がいる。婚約者の名はシュヴァーベン大公のルドルフ・フォン・ライフェルデン。


 シュヴァーベンというのは、ドイツ南部と現スイスのドイツ語地域に相当し、ドイツの西側を流れる国際河川ライン川の最上流部になる。

 イタリアのトリノから神聖ローマ帝国の宮殿があるゴスラーとの間にまたがる領地のため、シュヴァーベン大公のルドルフとは友好的な関係を結んでおきたい相手である。


 そのため、マティルデ姫が欲しがった場合、ルドルフから献上する形にもっていきたいと父オッドーネが言っていた。

 つまり、トリートメントの代価は金銭ではなく、友誼で支払ってもらうという事になる。


「お金でお友達を買うみたいで気が引けるなぁ」

 そう(こぼ)した僕に対して、オッドーネは理解できないといった表情を浮かべて国家関係というものを教えてくれた。


「ジャン=ステラは一体、何を言い出すのやら。 別にラインフェルデン卿は友人ではないぞ。

 仮に友人であったとしても、大領を領する貴族間に損得勘定を抜きにした友情なぞ存在するわけがないだろう?」


 そうでしたね。

 “国家に真の友人はいない”

 国家関係をそう喝破かっぱしたのは誰だったかな。

 もう思いだせないけど、たしかそんな言葉が存在したはず。


 領地の象徴、どころか領地そのものと言っても言い過ぎではない領地持ち貴族にとって真の友人なんてないんだ。


 でも、そんな世界はいやだなぁ。

 小学生や中学生だった頃を懐かしむわけではないけど、それなりに楽しい時間を友達と過ごしたものだ。

 いや、もちろん女王様気取りで嫌な感じの女の子グループもいたけどさ。

 それでも全体的には、ブラック職場で体を壊すくらい働いていた時に比べれば天国みたいな時間だったよ。


 父オッドーネは、諸侯の歴史とそれに伴う自分の立ち位置を教えてくれた。


「別に俺は友達のいない、寂しいボッチじゃないんだからな。

 俺たちの家、つまりサヴォイア家は私の父ウンベルトの時代までアルル王国に仕えていたんだ。」


 僕の祖父、ウンベルト1世は、南仏のローヌ川流域を支配していたアルル王家の家臣。

 国王ルドルフ3世の代理を務めるほどに重用されていたらしい。

 しかし、1032年に後継者がないままルドルフ3世が死亡したあと、アルル王国を相続したのが、当時の神聖ローマ帝国皇帝コンラート2世だった。


 このときからサヴォイア家は神聖ローマ帝国に仕える事になったわけだが、まだ仕え始めて24年しかったっていない新参者に過ぎない。

 24年というと個人にとっては長いが、貴族社会における家と家との関係として見た場合、とても短い関係でしかない。


 つまり我々は外様大名であり、譜代の家臣たちの間にはなかなか上手く入っていけないようである。


 また、跡取り娘である母アデライデに婿入りしてトリノ辺境伯になったこと、その後父と兄が相次いで亡くなったため4男にも関わらずサヴォイア本家も相続したことから他の貴族から相当(ねた)まれているらしい。

 その上さらに、皇帝家と2つも婚約を交わしている。

 娘ベルタがハインリッヒ4世の婚約者で、息子つまり僕がユーディット姫の婚約者である。


 もう、嫉妬・嫉妬の渦巻きが天元突破していてもおかしくないわけである。


「お父様は大変な立場にあったのですね...」

 心からの同情が籠った言葉をオッドーネに贈った。


「そうなんだよ。だから正直な所、トリートメントでもなんでも上手く使っていきたいんだ。解ってくれるか、息子よ」


 “うーん、まだ息子と言われるのには違和感があるなぁ。”

 今までの話題と全く関係ない事なのだが、まだ男性であることを自分自身が受け止めきれていないのだろう。


 それはさておき、宮廷で嫉妬の渦に飲まれて身動きがとれないのなら、トリートメントを上手く使ってトリノ辺境伯の置かれた立場を良くしてもらうことに否はない。

 父オッドーネには頑張ってもらいたいものである。


 という事で、父にもう一つ提案をする事にする。

 それはトリートメントのリフィル。 日本語にするならシャンプーや洗剤の詰め替えである。


 はっきりいって献上品のトリートメントは中身よりもガラス器の方がはるかに原価が高い。

 だったら容器をトリノまで持ってきてくれればリフィルするのはどうであろうか。


「中身を使い終わったら、器に用はなくなりますものね。

 用がなくなったと言ってもガラス器は高価なものですもの。

 再利用できるのはいい事だと思いますわ」


 そうなのだ。 トリートメントは消耗品なのにその入れ物であるガラスの器は美術品みたいに意匠がこらされている。 さすがは皇帝一家への献上品となるだけの逸品である。


 今回準備した5つのガラス器について、母アデライデは短時間で準備したと郷土自慢していたが、

 そのうち4つはガラス工房で保管されていた秀作を供出してもらったとの事。


 だからトリートメントのために毎回毎回、ガラス器を準備するのも難しい。

 だから、需要を満たすためにリフィルという考えに大賛成らしい。

 ただし、母が懸念する点がないわけではない。


「ただ、皇后様方がリフィルなんてするかしら?

 なんだか貧乏ったらしくて皇室の矜持(きょうじ)もとるのではありませんか?」


「そうですね。どちらかというと、皇室一家にはリフィルしてもらわない方がありがたいです」

「ん? どういう事なんだ?」


 リフィルを提案した僕が、リフィルしてもらわない方がよいと矛盾した事をいったため、父オッドーネが少ししかめっ面で詰め寄ってきた。


「つまりですね…」

 僕は皇室一家にはリフィルしてもらいたくない理由を説明する。


 皇室一家にはガラス器に入ったトリートメントを買ってもらえばいいと思っている。

 このヨーロッパで一番の権力者なのだから、一番お金も持っているに違いない。

 しかし、今回そこは重要ではない。

 何なら、格安価格、どころか皇室で使う分くらいなら毎回献上してもいい。


 そうすると必然的に皇室でトリートメントの入っていないガラス器が余ることになる。

 その余ったガラス器を家臣に下げ渡してもらいたいのだ。


 家臣はガラス器をそのまま下賜された品として家に飾っておいてもよい。

 だが、トリートメントをリフィルできる事を伝えておけば一定数の貴族はリフィルを希望するだろう。

 リフィルにあたってはトリノまで来てもらってもいいし、トリノから人を派遣してもいい。


 これにより、各貴族家とトリノ辺境伯家との間での交流が盛んになるだろう。

 交流が嫉妬の気持ちを和らげる事に繋がるかはわからないが、全くの没交渉よりもよっぽど良い。

 何かのきっかけがなければ友誼を結ぶこともできないのだから。


 ただし、この方策「リフィルで仲良し大作戦?」を採用するなら重要なポイントが2つある。

 一つは販売したガラス器にしかリフィルしないこと。

 そうしないと皇室からの下賜品にわざわざリフィルしようなんて思わないだろう。


 もう一つは販売先を制限すること。

 お金を積めば買えるとなれば、リフィルをする人は大幅に減るだろうし、リフィル可能なガラス器の価値も下がってしまうだろう。


 つまりは、リフィルできる事の価値をできるだけ高くすることが重要なのである。

 それに価値が高い方が皇室も下賜しやすいだろう。


「たしかに、諸侯との友好関係を築くきっかけとして使えるかもしれないけど、なんだか面倒くさいなぁ。 

 ガラス器の数に制限があるのはわかる。だがそれなら、下級貴族にはそれなりの出来のガラス器にトリートメントを入れてぱぱっと売ってしまってもいいんじゃないか?」


 ガラス器自体、高いものなのだから、それなりの出来でも満足する貴族は多いと思う。

 そう主張する父オッドーネは「なんだか策に溺れていないか」とでも言いたげである。


「別にお父様の方法でも僕は構いませんよ。でも僕の案だと他にも2つのメリットがあるんですよ。」


 その一つ目は、皇室がガラス器を下賜した先がわかること。

 つまり皇室と諸侯との交友関係の一端を知ることができる。


 外様というハンデに加えてドイツとイタリアという離れた距離。

 この2つのせいで、諸侯間の関係についての情報もあまり入ってきていないのだと思う。


 皇室からの下賜品の流れを追う事は、親疎の度合を見極める情報の一端となるに違いない。


 そして2つ目。

 皇帝ハインリッヒ3世が亡くなった後、幼いハインリッヒ4世に代わる最高権力の座に就くのは皇后アグネスであろう。

 権力の継承には混乱がつきものである。

 その混乱を治めるにしても最高権力者が女性では戦争という暴力に訴える事は難しい。

 戦上手だったハインリッヒ3世の代わりとなる軍最高司令官が実績ゼロの皇后では、勝利するのは困難だろう。

 だったら、軍事力を背景とするにしても、各種懐柔策を駆使するしか国を安定させる方法はないのだ。


 だから皇后にとっては、諸侯に下賜できる品を確保できる事は、持ち札が増える事を意味する。

 きっと皇后には感謝される事だろう。


 神聖ローマ帝国内が安定することはつまり、姉ベルタの婚家が安定するという事である。

 それは皇室の外戚となるトリノ辺境伯の利益でもある。


「もちろん、どうするかはお父様にお任せいたします」

 なにせ、僕が適当に考えた策で考えただけの机上の空論でしかない。

 上手く行くとも限らない。


 それに、そもそもトリートメントの価値が高い事が前提となっている。

 母アデライデの反応を見た僕からすると、高く評価されるとは思っているが、絶対ではない。


 あとは父オッドーネがどう判断するかでしかない。



「うーん、そうだなぁ」

 しばしの黙考の後、オッドーネが大まかな方針を決めた。


「ジャン=ステラの方法は悪くないと思うぞ。別に失敗しても失うものはないわけだし。 

 一度試してみたいと思う。」


 “もちろんトリートメントの価値が認められたらという前提があるけどな。”

 と付け加えたあと策の修正を告げる。


「ただ、販売先を皇室に限定するのはさすがにまずいと思う。

 トリートメントの価値が高い場合、さらなる嫉妬や怨嗟を買うかもしれない。」


 嫉妬や怨嗟を回避するため、トリノ辺境伯家よりも明かに格上である譜代諸侯にもガラス器入りトリートメントを販売する事が決定された。

 それらの諸侯とは帝国のドイツ王国内に存在する5つの大公国である。


 すなわち、ドイツ北部のザクセン大公。

 現オランダ付近のライン側下流に位置する下ロートリンゲン大公。

 ベルギーを含むライン川中流域の上ロートリンゲン大公。

 ドイツ南東部と現オーストリア地域のバイエルン大公。

 そして皇帝3女のマティルデ姫が嫁ぐ先であるドイツ南西部のシュヴァーベン大公である。


 なお、このうちバイエルン大公は皇后アグネス・フォン・ポワトゥーが昨年から兼務している。

 ちなみに先代のバイエルン大公はコンラート2世。

 彼は皇帝ハインリッヒ3世と皇后アグネスの末息子だったのだが、昨年たった2才で早世している。

 皇帝亡き後、だれかに大公位を譲る可能性もある。


 バイエルン大公位が誰の頭上に輝くのかはさておき、トリノ辺境伯家にとって5大公国の交友関係はとても知りたい情報である。

 世界中のニュースをスマホで知る事ができる前世とは全く違い、情報は自分で取りに行かなければならない貴重なものだ。

 そして、情報がなければ、どう動いていいかわからない。

 だから、5大公国の交友関係が調べられるように、どこに販売したかがわかるようなガラス器を準備することになった。


 いや、ガラス器を準備するようガラス工房に命じることにした、というのが正確な所かな。


 皇帝家と各大公家に販売するガラス器を作るだけでも大変なのに、それぞれが区別できるようにしなければならないなんて、大変だよね。

 領主からの依頼という名の命令を断ることなんでてきないんだもの。


 父オッドーネも母アデライデも平民である職人の事情を気にすることはほとんどない。

 だけど、ブラック職場で働いた記憶のある僕にとっては、上からの無茶ぶりに振り回される職人への仲間意識があるのだ。


 上からの無茶ぶりに睡眠時間を削って頑張っても、良くて「おつかれさん」の一言があるだけ。

「よく頑張ったな」の一言や「急いで対応してくれてありがとう」の労いの言葉なんか聞いたことがない。


 だからせめて、ガラス職人さんたちの健康と活躍を祈っておこう。

 そう思わずにいられないジャン=ステラなのであった。




 ーーーー


 ジャン=ステラ  マティルデお姉ちゃんのカノッサ家は含まれないんだ。

 母アデライデ   マティルデちゃんのお母さまは皇后様の姉なんですよ

 ジャン=ステラ  じゃあ、マティルデお姉ちゃんもすぐ手にいれられそうだね

 母アデライデ   きっとね

 ジャン=ステラ  天使の輪っかが一番似合うのは黒髪だと思うんだ、ぼく

 母アデライデ   マティルデちゃんの髪の色は黒髪だったわよね

 ジャン=ステラ  うん、そうだよ

 母アデライデ   あぁ、(よわい)2才にして息子を他所の女にとられるなんて およよよ




シュヴァーゲン大公を含むドイツ5大公の領土の位置関係図

挿絵(By みてみん)



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[良い点] 面白くて一気読みしてしまいました 幼少の頃から知識チートをするなろう小説は星の数ほどあるけど、ご都合主義を感じるので苦手でした。でもこの小説はそこら辺を上手いこと料理していたのであまり気に…
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