閑話:三冊の教科書
1063年10月上旬 ドイツ オーストリア辺境伯領 ウィーン ピサネロ・ゲオルギオス(数学者)
ジャン=ステラ様からお借りした三冊の本を従者に持たせ、私は早々と自室へ戻る。
机上に並べられた三冊の本。
その第一印象は貧弱、である。
なにせ、植物紙が糸で綴じられているだけで、革の装丁もされていない。
表紙に至っては、下手くそな字で「方程式」「セキブン」「力学」と書かれているだけである。
まぁ、それはよい。
書かれている内容が素晴らしければ、見た目なぞ関係ない事は理解している。
では、順番に目を通してみよう。
方程式の教科書は驚きの塊だった。
一次方程式や二次方程式といった内容は、アラビアの数学者・アル=フワーリズミーの数学の書と同じである。
ただし、その書き方が素晴らしい。
方程式を言葉ではなく、数式で表しているのだ。
「ある未知数 a の2乗は、未知数の5倍に3を足したものに等しい」
これを a × a = 5 a + 3 と記述する。
美しいのだ。感動した、興奮した!
これは数学に革命をもたらす書となるだろう。
ただし、連立方程式以降については難しく、一読しただけでは理解できない。
腰を据え、後でゆっくりと読むことにしよう。
「セキブン」は方程式の続編らしいので、横に置いておく。
三冊目は力学。これは呪文の書であった。
私の乏しい語彙力では、そうとしか形容できないのだ。
天秤や梃子の原理は知っていた。
等速直線運動や等加速度運動も、概念は、多分理解できた。
しかし、cm や g ってなんだ? 秒とはなんだ?
「1ニュートンとは、1キログラムの物体に対して1秒あたり1メートル毎秒の速さで速度を変化させうる力」
わけがわからぬ。呪文か?
同僚の教授たちもきっと同じ感想を抱くことだろう。
理解不能な点は他にも散見される。
「重さの違う鉄球を2つ用意します。それをピサの斜塔から同時に落とすと、同時に地面に落ちます」
重い鉄球と軽い鉄球。当然だが、早く落ちるのは重い鉄球である。
ジャン=ステラ様の教科書が間違っているとは思えないのだが……。
理解するためのキーワードは、「ピサの斜塔」だとの仮説を立ててみた。
そもそも、ピサの斜塔とはなんだろう。
(イタリア半島にピサという有名な港町があったよな)
そこでイタリア出身の枢機卿・イルデブラント様に聞いてみた。
「ピサには『斜塔』という建物がありますか?」
残念ながら、答えは否であった。
もしかするとピサとは、重さが意味を持たない、特別な地の事を指すのかもしれない。
さすが呪文の書。謎は深まるばかりである。
ガリレオ・ガリレイの実験で有名なピサの斜塔は、12世紀の建物です。
ジャン=ステラちゃんの時代、11世紀にはまだ存在しません。
もう、ジャン=ステラちゃんったら、うっかり屋さんなんだから☆彡
余談:
教科書を書くのって、とっても難しいのです。
ジャン=ステラちゃんの書いた教科書は、教科書というよりも公式集になっています。
なにせ、導出過程を授業で習っても覚えるのは公式だけですよね。もちろん一部の上級者は除きます。
それでも、何もないところから考え出す事の労苦に比べれば、とても素敵な教科書であることは間違いありません。洗練された数式の書き方は、まさに革命的な威力を発揮する事間違いありません。
それでも、「方程式」「積分」「力学」ってタイトル酷すぎなのです。
いろいろツッコミどころはありますが、微分なしで積分っ!