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美味しいを集めたい

 1063年10月上旬 ドイツ オーストリア辺境伯領 ウィーン ジャン=ステラ


「ジャン=ステラ様、面会を依頼してきた商人がおられます」

「えー、またなの?」


 大聖堂の執務室は石造りで、げんなりした僕の声がよく響く。


 2ヶ月前にウィーンに到着してから数日前まで、僕に会いたいという商人は一人もいなかった。


 それなのに、ピエトロお兄ちゃんがハンガリー戦役で活躍したという報告以降、商人の面会依頼が殺到している。


 まぁ、殺到といっても、10組くらいなんだけどね。

 貴族か上位聖職者の紹介状を持っていない商人は門前払いされているから、正確な数はわからないんだよ。


 最初は、ウィーン大聖堂の御用商人たちだった。

 次は、ラースロー王子の紹介状を持ったハンガリーの商人。


 少し遅れて、次期ハンガリー国王シャラモン殿下の御用商人もやってきた。


 その後は、ハンガリー戦役に参加した貴族や聖職者たちの紹介状を持ってきた有象無象の商人たち。


「今まで僕に見向きもしなかったのにね」

 と、ついつい愚痴(ぐち)が出てしまう。


 ピエトロお兄ちゃんが勝った途端に手のひらを返して()り寄ってくる。

 商人ってそういうものだと理解していても、心がもやもやしてくるのだ。

(僕って、心狭いのかなぁ)



「ジャン=ステラ様。仕方ありませんよ。ドイツの商人達は誰だって、摂政のアンノ様に目をつけられたくありませんから」


 護衛のグイドが、理由の一端を説明してくれた。

 アンノが僕に近づかないよう、裏で手を回していたらしい。


 それが、ピエトロお兄ちゃんがシュヴァーツに領地をもらい、ハンガリーと交易するように命じられた。

 僕と商売をする大義名分ができたとばかりに、商人が動き出したんだって。


 さすが、商人。動きが早い。


 その商人達が欲しい品は、蒸留ワインとトリートメントの2つだけ。


 この2つはトリノ辺境伯家でしか作っていない。

 だから、商人たちが僕に群がってくるんだよね。


「商人だったら、算数の教科書を欲しがってくれてもいいのに」


 イタリアでは算数の教科書も売れている。

 しかし、ここウィーンではだれも買おうとはしない。


「ジャン=ステラ様、それは無茶というものです。そもそも算数の教科書を売っている事をドイツの商人達は知らないのですから」


 グイドの言う事も、もっともだ。

 知らないものを買うことはできないもの。


 そういう意味では、僕もオーストリアやドイツで何が売っているのかを知らないなぁ。


 ドイツやウィーンの特産品って何だろう?


 ドイツなのに、酸っぱいキャベツ漬けのザワークラウトもないんだよね。

 そもそもイタリアでもドイツでも、僕はキャベツを見たことがない。


 白菜もそうだけど、葉っぱが丸くなった葉物野菜の原産地ってどこだったっけ?


「そうだ! 商人たちに探して貰えばいいんだ」


 ザワークラウトって冬の重要なビタミン源だったはず。みんなの健康のためにも商人たちに頑張ってもらわなきゃ。


「ジャン=ステラ様、商人たちにお会いになるのですか?」


 従者のファビオが驚いている。

 そうだよね。ついさっきまで、僕は商人に会いたくないって駄々こねてたもの。


「うん。僕も商人に頼みたいことができちゃった。明日から順番に面会できるよう、手筈(てはず)を整えてくれるかな」


 商人に頼むのはキャベツ探しに限定しなくてもいい。


 例えばニンジン。

 僕が食べているニンジンは、日本で食べていたものと大違い。

 細くて、長くて、まるで赤紫色をしたゴボウみたいなんだよね。

 味も苦くて青臭い。


 もう少し甘くて美味しいにんじんが、どこかに生えていないかなぁ。

 それを見つけてきて欲しい、と淡い期待を抱いちゃう。


 とはいえ、「美味しい野菜を探して」といっても商人には難しいかもしれない。

 何が美味しいのかなんて、人それぞれだもの。


 いっそ、地域で育てられている野菜の種をぜーんぶ集めてもらおっかな。


 トリノで育てつつ、品種改良していくのもいいよね。

 イタリアに帰ったら、農業担当のユートキアと相談しなくっちゃ。



 他にはカブなんてどうだろう。

 僕が食べているのは、ラディッシュのように小さなカブ。

 大きなカブは家畜用で、繊維がたっぷり入っていて、おいしくないらしい。


 それでもどこかには、ひとが食べても美味しいカブがあるかもしれないよね。

 そう。甘いカブだってあるかもしれない。


 甘いカブ?

 あ!

 それって、砂糖ダイコンじゃん。


 寒いドイツでも、貴重な砂糖がとれるようになるかも。

 そうしたら甘いあまーいデザートをたくさん作れるよ!


 そして、料理の隠し味にも砂糖が遠慮なく使えるようになる。

 トマトケチャップにも砂糖が必要だし、めっちゃ重要だ。


 それはそれとして、砂糖ダイコンの原産地ってどこだっけ?

 ドイツからウクライナあたりだったと思うんだけど……


「あぁ、バカバカバカ~。しっかり暗記しておけば良かった」


 これこそ後悔、先に立たずだね。


 仕方ない、ここは一丁、商人の頑張りに()けますか。



「甘いカブを見つけた商会に優先的に蒸留ワインを卸します!」

 こんな宣告をしたら、集まってこないかな。



 他には他には、えっとー。


「そうだ! 料理だっ!」


 郷土料理の料理人も集めてもらおう。


 最初は美味しくないだろうけど、料理人を集めて切磋(せっさ)琢磨(たくま)してもらえばいい。


 そうしたら、新しい料理だって出来上がるかもしれない。


 うん、そうしよう!

 イタリアに戻ったら学校を作る事になっているし、料理学校も作っちゃおう。


 世界中から料理人を集めて、世界中の料理が楽しめるような街をつくるのはどうだろう。


 ささいな領土争いをするよりも、美味しいものを食べる方が幸せだもん。


「戦争する人には、美味しい料理を食べさせてあげなーい」

 なんて宣言したら平和にならないかな?


 そんな夢想をしていたら、グイドから現実を突きつけられた。


「ジャン=ステラ様、それで平和にはならないと思いますよ」

「グイド、それはどうして?」

「そもそも食料が足りないのです。平民は飢えをしのぐだけで精一杯なのですよ」


 あうぅ、それを忘れてた。


 肥料があれば一気に解決するはず。


 だけど、化学肥料の合成ってどうやるんだったっけ?



 ■■■ 嫁盗り期限まであと1年10か月 ■■■


  ねえ、ジャン=ステラ。 私の事を忘れてないわよね!




 結球キャベツは、古代ギリシアや古代ローマでも食べられていたようです。

 しかし、永続して結球しなかったように思います。

 きちんと品種を管理しないと、すぐに結球しなくなったのかな、と考えています。


 本小説では、1150年ごろケールから安定して結球するキャベツが作られたという説を採っています。


 なお、当時のイタリアで結球キャベツが食べられていた可能性もありますが、税金のかからない貧困者用の食物だと考えられていたようです。

 そのため、ジャン=ステラちゃんの食卓にのぼることはなかったでしょう。


 今回の件がきっかけとなり、ジャン=ステラちゃんが野菜料理を楽しめるようになるのかもしれません。

 唐揚げやトンカツばかりだと胃にもたれてしまうので、いい事だと思います。


 あ、そうそう砂糖ダイコン。

 社会科でも習いましたが、砂糖ダイコンって大根じゃなくてカブの仲間なんです。

 ※間違っていました~ 砂糖ダイコンはカブではなく、ヒユ科でした。

 ※ご指摘いただきました ばばば様に謹んでお礼申し上げます。

  

 地中海原産で、葉物野菜だったテーブルビートの砂糖濃度が1.3%~1.6%

 それに対し、ポーランドはシレジア地方の白いテンサイは 6%もの砂糖濃度があったようです。


 ちなみに、現在の砂糖ダイコン(テンサイ)の砂糖濃度は 14-20% とのことです。

 品種改良って凄いですよね

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― 新着の感想 ―
[良い点] 農業が発展しそうですね!農は国の基! [気になる点] テンサイ、サトウダイコンは、ヒユ科でケイトウやアマランサスの仲間です。カブとは違います。 カブやダイコンはアブラナ科でキャベツと同じ…
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