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暗殺対象ランキング一位

1063年8月上旬 ドイツ シュヴァーベン大公領 ラインフェルデン ジャン=ステラ


 紙幣をどうやったら作れるのかな。ただし、小麦や金銀と交換する商品券ではなく、現代世界で流通しているお金を作りたい。


 ピエトロお兄ちゃんのアイデアは「天国に行けるよう聖ペテロにお願いします」と書いた羊皮紙を売ると言うものだった。


 たしかにそれは売れるだろうけど……。

 さすがによくないと思います!


 宗教とお金を強く結びつけると免罪符になって、カトリックとプロテスタントの宗教改革戦争が始まりかねないもの。


 一方で、どこからそんなアイデアが出てきたのか不思議に思い、お兄ちゃんに聞いてみた。



「宗教とお金を結びつけるアイデアは俺のものじゃない。ジャン=ステラ、お前が原因なんだぞ」



 お兄ちゃんはあっさりと、宗教とお金を結びつける着想の原因が僕だったと言う。


(濡れ衣だー)

 そう大声で叫びたい。


「そんなはずありませんよ。だって、僕は宗教とお金を結びつけたりしませんもの」


「たしかに、そうだな。ジャン=ステラ自身ではないよ。


 お前が聖ペテロに天国行きをお願いできる事を知った貴族、聖職者、商人がお母様のもとに押し寄せてきたんだ。『どうすればジャン=ステラ様に天国行きを約束していただけるのですか』ってね。


 それはもう、断るのが大変だったんだぞ、お母様が」


 お母様とピエトロお兄ちゃんの家臣達が、いまさら僕の家臣になるわけにはいかない。

 だったら、どうすれば僕の家臣達みたいに天国に行けるのか、とお母様のもとに押しかけてきたらしい。


「アデライデ様、ぜひジャン=ステラ様に口利きをお願いいたします」

「東方三賢者の修道院へ村を二つほど寄付をいたします」

「我が男爵領での街道敷設権をお渡しいたします」


 それはもう、熱心な貴族が何人もいて相手するのが大変だったらしい、お母様が。


 ピエトロお兄ちゃんはまだ実権を握っていないと思われているらしく、陳情先はもっぱらお母様だったと、ちょっと自嘲気味に教えてくれた。


「そんな事があったんですね。僕は全く知りませんでしたよ」

「そりゃぁ、今までジャン=ステラの事を軽視していた貴族連中だからな。面識もないジャン=ステラに直接お願いしても、願いが(かな)わないと思ったんだろうよ」


 そりゃ、そうだね。

 お母様の家臣とは言え、話した事もない貴族にいきなり「天国に連れて行ってください」って言われても、うんと言うわけない。


「でも、家臣達のお願いがどう関係するのですか?」


 家臣達が天国に行きたいのはよく分かったけど、お金は関係ないよね。


「まぁ、慌てるなって。お母様のもとには商人達も訪れていたんだ」


 ピエトロお兄ちゃんは丁度、その場に居合わせたらしいのだが、実に商人らしいやり取りが繰り広げられたのだとか。実際にお兄ちゃんは、トリノで謁見した商人たちから、天国行き切符を売るという発想を得たらしい。



『銀貨何枚で、天国行きを確約いただけますでしょうか』


 天国に行けるよう聖ペテロにお願いするという話が、いつのまにか確約に変わっていたり。


『小麦手形のような形で、保証を形にしていただけましたら安心してお金を払えます。是非ご検討ください』


 挙句の果てに、天国行きの証書を書いてくれ、とまで言い出す始末。

(お兄ちゃんの発想、そのままじゃん!)


「お母様も呆れていたぞ。もちろん、その時には顔に出していなかったが、そのあと盛大に愚痴られた」


 商人たちの直截(ちょくせつ)的なお願いに、お母様は表面上、笑顔で対応していたけれど、あとで爆発したらしい。


 お顔をプンスカさせたお母様曰く、

「聖書には、『金持ちが天国に行くよりも、ラクダが針の穴を通る方が簡単だ』と書いてありますが、あの商人達の態度を見ていると、当然ですわね。お金でなんでも解決できると、本気で思っているのかしら」



(どきっ) 

 お金もうけをしている僕の身に降りかかってきそうな言葉に、ギクッとしちゃう。あまりお金の事もほどほどにしておかないと、お母様に見離されてしまいそう。

 でもなぁ、新大陸を発見するためにも、その後にポテトやトマトを栽培するのにもお金がかかるんだよねぇ。


 それはさておき、表面上とはいえお母様が商人たちに怒りをぶちまけなかったのはどうしてだろう。

 ピエトロお兄ちゃんの誇張はあるとしても、一介の商人が辺境伯に言えるような事ではないと思う。


「よくアデライデお母様が、商人のひどい物言いに怒らなかったものですね」

「お、ジャン=ステラもそう思うか?」


 お兄ちゃんも同じ事を思ったらしい。そこで、お母様が愚痴っていた時に理由を聞いてみたらしい。


「ピエトロ、考えてもみなさいな。私たちが謁見した貴族や聖職、商人達は、ジャン=ステラが預言者であると信じているからこそ、天国行きをお願いしてきたのよ。つまり、ジャン=ステラの味方なの。それを処罰するわけにはいかないでしょ」


 なるほど、アデライデお母様の言う事に一理ある。僕が聖ペテロにお願いできる立場だと信じているからこそ、イシドロスの修道院に村を贈ったり、僕にお金を贈ったりして歓心を買おうとしたんだもの。味方ではあるのだろう。



「それよりも対応が必要なのは、陳情に訪れない者たちなのよ」

「ジャン=ステラが預言者だと信じていない人たち、という事ですか、お母様」

「いえ、ちょっと違うわね」


 ピエトロお兄ちゃんの質問に、否定を返すお母様。


「いいですか、よく覚えておきなさい。一番危険なのは、ジャン=ステラが預言者だったら、天国にいけなくなる者たちよ」


 僕に恨まれていると思っている人は、僕が預言者であっては困るのだ。

 なぜなら、天国行きを邪魔されるから。


 具体的には、ゴットフリート3世とか、クリュニー修道院のスタルタス副院長。そして、つい先日ユーグ・ド・クリュニー修道院長も加わったんだってさ。


 ユーグの探検船団が、カナリア諸島の住民に攻撃をしかけ、さらに負けた事が原因。

 それを僕が怒って、教皇に文句の手紙を送ってしまったから、ユーグは僕を恨んでいるだろう、と。



「ユーグ殿自身は、ジャン=ステラの事をそれほど恨んではないと思うのよ。それよりもユーグ殿の取り巻きね、問題なのは」


 クリュニー修道会のトップに君臨してきたユーグを信奉する信徒たちはとても多い。

 その信奉するユーグを貶められたと思った信徒たちが、反ジャン=ステラ派としての活動を開始したらしい。


(反ジャン=ステラ派!)

 え、ちょっと待って。それって宗教戦争突入のフラグですか?

 洒落(しゃれ)になってない。


 あせった僕は、お兄ちゃんに早口でせっついた。


「ピエトロお兄ちゃん、反ジャン=ステラ派って具体的に何をしているのですか? もしかし戦争準備をしているのでしょうか」

「戦争? まぁ、ゴットフリート3世は今までだって、いつも戦争できる準備はしているからいつも通りだぞ」

「いえ、聞きたいのはトスカーナ辺境伯の動向ではなく、クリュニー会の方なんです」


 トスカーナ辺境伯のゴットフリート3世はどうだっていい。どうせ敵だもの。


 聞きたいのは宗教勢力の動静なのだ。

 宗教戦争まったなし、なの? それともまだ猶予(ゆうよ)はあるのかな。


 中東のイスラエルに軍を派遣する十字軍もいやだけど、西欧全土が2手に分かれて戦う宗教改革戦争はもっといや。


「クリュニー会に属する一部の修道院が息まいているだけなので、大丈夫。まだ戦争にはなりっこないって。アデライデお母様も、ユーグ殿との和解交渉を始めたしな」


 それって、僕のやらかしの尻ぬぐいですよね。お母様ごめんなさい。

 トリートメント10瓶の報酬で、イルデブラント枢機卿にハンガリー戦役への同行を願い出たのもこの件の一環だったらしい。

 ますますもって、お母様には頭が上がらない。



「その交渉も、ハンガリーとの戦争が終わる頃には(まと)まっているだろうさ。それよりも、まずは暗殺を警戒しないとな」

「お兄ちゃん、今までも暗殺への警戒は厳しくしてきましたよ」


 なにせ、オッドーネお父様を暗殺されているのだ。僕たち家族は暗殺されないよう普段から警戒を怠っていない。


「その暗殺者の矛先が増えたんだぞ、ジャン=ステラ。お前を預言者であると、教皇猊下が公式に宣言する前に、お前を亡き者にしたい奴が増えたんだからな」


 中世ヨーロッパにおける暗殺対象者のランキング一位!って嬉しくないわっ。

 悲し涙がちょちょぎれそう。


「たしかにそうですね。一層の警戒を密にしておきます」


「あと、クリュニー会関係者からの嫌がらせや妨害工作があると思う。俺も目を光らせておくが、ジャン=ステラも気を付けておいてほしい」


 あーあ。なんだか面倒な事になっちゃったなぁ。

 それも、トリノ領を離れた時に限ってこんな事態になっているだなんて、運がない。



「ちなみに、僕に嫌がらせをしてきそうな人の中で、一番の大物は誰ですか?」


 ユーグ・ド・クリュニー信奉者の中で一番偉いのって誰だろう。僕のアオスタ伯や、お母様のトリノ辺境伯といった爵位が通用する人だったらいいのだけど。


「ああ、神聖ローマ帝国皇帝であるハインリッヒ4世陛下だ」


 まじか……。


 僕たちの主君じゃんか! 爵位が全く意味をなさないし、それどころか、その当人であるハインリッヒ4世の召喚命令でハンガリーに行く途中だよ。


 その本人が、僕に嫌がらせをしてくるの?

 回避なんて出来っこないじゃん。


 よりにもよってどうして、どうしてなのよー!


 お兄ちゃんが、可哀想な子を見るような目つきで僕を見やりつつ、残念そうに教えてくれた。


「ハインリッヒ4世陛下の代父(だいふ)がユーグ殿なんだよ」


 代父というのは、キリスト教の洗礼式の立会人にして、宗教関連における父の代わりを務める者を言う。

 ハインリッヒ4世の父は既に亡くなっているから、ユーグはハインリッヒ4世の父代わりとなる存在なのだとか。


 宗教上の父代わりであるユーグを(おとし)めたから、ハインリッヒ4世が僕に意地悪してくるらしい。


(あちゃぁ、ユーグってそんな大物だったのかぁ)


 思わず頭を抱えてしまった僕の肩を、ピエトロお兄ちゃんがポンポンとやさしく叩き慰めてくれる。


「大丈夫、安心しろ。戦争への動員中に嫌がらせはされるだろうが、暗殺の危険は減るから」


 戦争中は軍に囲まれているから、暗殺は難しい。


 それに、僕が陣中で暗殺されちゃったりしたら、総大将であるハインリッヒ4世の権威が落ちてしまう。そういう意味で、味方陣営から暗殺される事は少ないんだってさ。


 ただし、あくまで少ないだけで、皆無ではないから、警戒は怠れない。それに戦場で殺される可能性は減らないから、あまり慰めにもなっていない。


「お兄ちゃん、これで安心できるわけないですよぉ」


 暗殺の危険が少し減ったのはいいけれど、意地悪されるのは確定ですか。そうですか。


 あぁ、早くトリノに帰りたい。

●その1 暗殺対象ランキング@西ヨーロッパ 


1位 皇帝ハインリッヒ4世

2位 フェルナンド1世(スペインでレコンキスタ中)

3位 教皇アレクサンデル2世 と 対立教皇ホノリウス2世


私の中のイメージなのです。



●その2

前世の知識は預言なの? のマティルデお姉ちゃんのアクセサリー(ピアス)をやまち様が作ってくださいました。


その作成秘話と、感想がかかれたエッセイを紹介させてください。


ーーー

 中世ヨーロッパ風の世界ではなく、中世ヨーロッパに転生しちゃうこちらのファンタジー小説……はじめて読んだ時、本当に感動しました。生半可な知識じゃ絶対に書けないストーリーだと。(十数年前の学生時代に出会っていたら、きっと世界史に興味持って専攻したのにというレベルです。)

ーーー

(略)

ーーー

 個人的に好きなのがジャン=ステラちゃんとマティルデちゃんの出会いのシーンなんです。少し年上故、お姉さんぶるマティルデちゃんと実は精神年齢は上だけれど素直に彼女を尊敬するジャン=ステラちゃんが可愛くて可愛くて。どちらのパーツもそのシーンが由来です。


 上記は一部抜粋ですが、「前世の知識は預言なの?」をここまでお読みの皆様にとって興味惹かれる内容になっているかと思います。


「ハンドメイドと読書録」

第八話 嫁盗り予定の黒髪美少女をピアスにしたら

https://ncode.syosetu.com/n1360il/8/


ぜひご一読いただけましたら幸いです(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] ユーグが求めているのは、果たして利権なのか名誉なのか。 利権だったらお金で寝返ってくれそうですが、顔に泥を塗られた事による名誉だったら、早期解決しなければかなり根深い問題になりそうで。 金儲…
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