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子供銀行券

 1063年8月上旬 ドイツ シュヴァーベン大公領 ラインフェルデン ジャン=ステラ


「おはよう、ピエトロお兄ちゃん!」

「ジャン=ステラ、お願いだから大きな声はやめてくれ。二日酔いの頭に響くんだよ」


 昨日のお酒が残っているのか、ピエトロお兄ちゃんはとっても気だるそう。


 一方の僕は、ちょっとした興奮状態。

 だって、いいこと思いついちゃったんだもん。


 いいことというか、前世で当たり前だった事を思い出しただけ。


「ねえ、お兄ちゃん。羊皮紙でお金を作ってみたいんだけど、どう思う?」


 前世では当然のように、紙のお金が使われていた。しかも、硬貨よりも紙幣は価値が高いのだ。


 紙幣を最初に作ったら、僕、世界で一番のお金持ちになれるんじゃない?


 一個人が紙幣を作ったら、それこそ「子供銀行券」だけど、僕って伯爵でしょ。

 実家もトリノ辺境伯だし、そこそこ信用があると思うのだ。

 だからこそ、アイデア勝負の早い者勝ちってやつじゃないだろうか。


「僕の似顔絵を描いた羊皮紙に『金貨10枚』って書いて、アオスタ伯ジャン=ステラって署名するの。そうしたら、金貨の代わりに羊皮紙のお金を使ってもらえないかな」


 伯爵の僕で大丈夫なら、トリノ辺境伯のピエトロお兄ちゃんの署名でも紙幣が作れるんじゃないかと、勢いこんで(まく)し立てる。


 決して、僕一人の利益のために動いているんじゃない。トリノ辺境伯家の全員が裕福になれるチャンスが目の前にあるのだ。


 それなのに、一生懸命に説明すればするほど、お兄ちゃんの顔に疑問符が次々と浮かんでくる。


「なぁ、ジャン=ステラ。それってお前の似顔絵を金貨10枚で売るってことか?」


 ちがーう!


「いえ、似顔絵ではなく、お金なんですって」

「お金って貴金属分の価値があるものなんだぞ。考えてもみろよ。使い古しの羊皮紙に金貨10枚の価値があるわけないだろう?」


「使い古しじゃありません! 似顔絵と署名によって金貨10枚の価値を持たせるんです」


 僕の言葉にお兄ちゃんが首を傾げる。


 紙幣というものをまったく理解してくれていない事に、苛立ちが募り、涙がでてきそう。


「どうやって金貨10枚の価値を持たせるんだい?」

「え? どうやってって、紙幣なんだから当たり前でしょう?」

「は? シヘイってなんだ?」


 話が全く噛み合わないとはこの事だろう。

 とはいえ、どうやって紙幣の価値を説明したらいいだろう。お兄ちゃんに話せば話した分だけ僕の頭も混乱し、わからなくなってきた。


(お金って、どうしてお金として使えるんだっけ?)



 黙ってしまった僕を見かねてか、ピエトロお兄ちゃんなりの考えを披露してくれた。


「それってつまり、借金の証文ってことか?」

「紙幣って借金、なのかなぁ」


 お金って国の借金だったっけ? お札を無限に刷れないのはそのためなのかな。


 こんな事になるなら経済学を習っておけばよかったよ。転生するって事前にわかっていたら、もっといろいろな授業を受講したのに。


「なんだそりゃ。煮え切らないなぁ」

 そういってお兄ちゃんが笑い出した。つられて僕も苦笑を浮かべてしまう。


「ですよねぇ。僕もよくわからなくなってきました。でも借金とは違ったと思うんですよ」


 紙幣って借金みたいなものだけど、借金じゃない。

 国の税金を紙幣で支払えるから、国民全員が納得して使ってるんだったっけ?


「あ、いい考えが浮かんだぞ。それも2つもだ」

 お兄ちゃんが自信満々といった感じで、右手で作ったVサインを僕の方に突き出してきた。


「まず一つ目。金貨ではなくトリートメント10本って書けばいいんだよ。羊皮紙と引き換えにトリートメントを渡しますって。

 そうすれば、貴族女性が争って買ってくれるぞ」


「たしかに、それは高値がつきそうですけど……」


 トリートメントは、アデライデお母様が許可した上位貴族にしか販売していない。いくらお金を積もうと、手に入れられない商品なのだ。


 それが、お金を積めば買えるというなら、飛びつくお金持ちは何人もいそう。


「なんだ、乗り気じゃないのか。たしかにアデライデお母様が許可してくれなさそうだよなぁ。それなら、蒸留ワインでもいいんじゃないか?」


 蒸留ワインでも買い手はつくだろう。


 でもそれは、もう貨幣じゃない。単なる商品券だ。


「お兄様、それってもうお金じゃないです。単なる商品との引換券ですよ」


「まぁ、慌てるなって。ジャン=ステラが欲しいのは、引き換える商品ではなく、羊皮紙それ自身に価値を持たせたいってことだろう」

「ええ、その通りです」


 一万円って書いてあるから、一万円の価値をもつのが紙幣のいいところ。

 僕もそんな紙幣を作りたいのだ。


「それが、俺の2つ目の考えだ。知りたいか?」


 にやにやと笑うお兄ちゃん。なんだか、いたずらを思いついた悪ガキみたい。

 だけど、それが紙幣を作るアイデアなら、大歓迎だ。


「もちろんです。もったいぶらないで教えてくださいよ」


「なあに簡単さ。『天国に行けるよう聖ペテロにお願いします』って書けばいい」

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ紙幣ってそもそも金貨の預かり証だったわけで、だからこそ世界恐慌まではどこの国の紙幣も銀行に持って行けば同量の金と交換ができた。不換紙幣になったのは一次大戦よりも後ですからそれを中世人に言…
[一言] ゴッドフリート3世「なに!?オッドーネ暗殺とか諸々の罪を許してくれるだと!」
[一言] >「お兄様、それってもうお金じゃないです。単なる商品との引換券ですよ」 ジャンくんが前世でまったく歴史を勉強していなかった事が丸わかりですね。そもそも紙幣って銀行が発券した金との引換券が最…
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