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食べ物の恨み・大盛

 1063年6月下旬 北イタリア ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


「わんっ」

 ベルナルド修道士からセントバーナードの子犬をもらった。


 子犬といっても、さすがは世界最大の大型犬。

 生後4ヶ月とは思えない大きさで、体重は九歳の僕と同じくらい。


 もうちょっと成長したら、僕を背中に乗せてくれるかな?


(ふっふふーん、嬉しいなっ)

 前世は賃貸暮らしで犬も猫も飼えなかったけど、今の僕なら大型犬だって何頭も飼えちゃうんだもんね~。


 その事実にもっと早く気づいていたら、今頃わんちゃん王国ができていたのに。


「よしよし、ポチはいい子だね」

 頭をやさしく撫でた後、体をちょっと手荒に()でまわす。


 ポチというのは犬の名前。


 名付けたのは僕じゃないよ。

 ベルナルド司祭だからね。


 イタリア語で「可能である」「あなたならできる」という意味の possi なのだ。


 発音は「ポッシ」に近いけど、僕はポチって呼んでる。

 だって、その方が身近に感じて可愛いもん。


 ああ、そういえばベルナルド司祭をセントバーナードと呼んでしまった問題は、無事解決した。


「死後の話は預言じゃなくて、予言になるから秘密です」

 人差し指のバッテンを口の前で作り、これ以上言えないよって態度で示したら、アデライデお母様もベルナルドもあっさりと納得してくれた。


「それもそうですね」

 そう言いつつも、アデライデお母様はちょっとだけ残念そうだった。


 僕はもっと食い下がられるかと思ったから、二人のあっさりとした態度に、驚いちゃった。


 まぁ、僕にとって都合がよかったから、それ以上何も言わなかったけどね。


「ポチポチ、お前はかわいいなー」

 トリノ城館に作ってもらった、僕の執務室でワンコと戯れていたら、面会依頼が入った。


「ジャン=ステラ様、クリストファー商会のトポカルボ様がお目見得(めみえ)を願い出ております」

「今なら会えるよって伝えてきてもらえるかな?」


 僕は伝令に、軽い口調で了承の意を伝えた。


 トポカルボ(ちび)は、地中海に面した商業都市・サボナの商会長。

 少し前に僕の家臣になったから、お母様の所ではなく、僕に面会を申し込んできたのだろう。


 わざわざトリノに来るってことは何か事件でも起きたのかな?


 そんなことを考えていると、程なくしてトポカルボがやってきた。


「久しぶりだね、トポカルボ。元気にしていた?」

「おかげさまで、商売も私も順風満帆でございます。本日も献上の品をお持ちいたしましたっ」


 揉み手をしそうなほど低姿勢なトポカルボが、お猿さんみたいにしわくちゃにした笑顔を僕に向けてくる。

 そんなトポカルボの献上品は、アフリカ産の砂糖とサトウキビ。


「砂糖は甘くて美味しいから、大好きだよ。トポカルボ、ありがとう」

「いえいえ、ジャン=ステラ様にお喜びいただける事が、私の幸せなのでございます」


 お調子者のトポカルボが(おど)けながら、跳ねるような口調で喜びの言葉を口にする。


 トポカルボの姿を見ているだけで、なんだか、こちらも楽しくなってきちゃう。


「さてと、本題に入ろっか。海の商人であるトポカルボが内陸のトリノまで来た。これって何か大変な事が起きたからじゃないの?」

「さすがジャン=ステラ様はお察しが良い。そのとおりです」


 そもそも大したことじゃなければ、本人が来ずに手紙で済ますよね。


「で、何が起きたの?」

「良い報告が1つと悪い報告が1つ。そして最後に人を紹介させてください」


 用件は3つもあるんだ。それでも、全部が悪い事ばかりじゃなくてよかったよ。


「じゃあ、良い報告から順番に教えてもらえるかな」


 トポカルボが一つ頷き、話し始めた。


「ユーグ様が雇われたノルマン人船団が、カナリア諸島に到達いたしました」


 クリュニー修道院長のユーグに、アフリカ西岸の地図を渡したのは3か月前。


 たった3か月で、イタリアからスペイン南端を抜け、大西洋を南下してカナリア諸島へ行き、さらにイタリアまで帰ってきたの?!


 半年以上かかると思っていたから、びっくり!


 これは、ノルマン人の優秀さを褒めるべきかもしれない。


「凄いじゃない! ユーグが雇ったノルマン人って優秀なんだね」

「雇った船団は、ジブラルタル海峡を何度も行き来した経験があったとの事です」


 さすがはノルマン人。フランスは大西洋側のノルマンディーから、ジブラルタル海峡を越えてシチリア島を侵略しているだけの事はある。


 このまま、新大陸もユーグ率いるノルマン人船団に任せちゃうのはどうだろう。

 ささっと行って、ささっと帰ってきてくれそうだよね。


 うふふ。いやっふぅー。トマトやジャガイモが食べられる日がぐーんと近づいた。やったね!


「そのノルマン人の船団は今どこにいるのかな? 彼らに褒美をあげなきゃね。そして、このまま新大陸まで行ってもらっちゃおー!」


 僕のテンション、だだ上がり。あと数年でピザが食べられるんじゃない? 

 ルンルン気分で、ご褒美あげちゃうぞっ、大判振る舞いしちゃうんだからねって宣言しっちゃったりして。


 だというのに僕の興奮と反比例するかのように、トポカルボの顔がみるみる曇っていく。


「トポカルボ、どうしたの?とってもステキな良い知らせだったよ!」


「ジャン=ステラ様。ノルマン人の船団はほぼ壊滅いたしました。これが悪い報告です」


(な、なんですとー)

 思いっきり頭に冷や水を浴びせられちゃった。


 執務机に体を乗り出し、トポカルボに理由をきく。


「ど、どうして、壊滅しちゃったの?」

「現地民の村を占領し、拠点を作ろうとしたようです。一度は占領に成功したそうですが、反撃されて海へと追い落とされたのです」


 ばかばか~。ノルマン人、なにしちゃってるのよ!

 お前は戦闘民族か!


 現地の人と友好的になって、船への補給ができる港があればいいだけなのに、なんで占領しようとするのっ!


 脳みそまで筋肉で出来ているんですかっ!お口は何のためについてるのよ。


 ノルマン人の辞書に「交渉」の文字は書かれていなかったりするの?


 怒りに任せて怒鳴っていたら疲れちゃった。

 はぁ、とため息をつき、トポカルボへと愚痴(ぐち)をこぼす。


「せっかく、カナリア諸島まで到達したのに、なんで戦争をしかけるのかなぁ」

「彼らにとっての交易とは、半分略奪を意味しますから仕方ないものかと」


 強いものとは交易を、弱いと見れば略奪を。

 まさに、弱肉強食のおきてに従っただけだと、トポカルボが言う。


「ああ、もうどうしたもんかなぁ」

 頭を抱える僕に、トポカルボが懸念点を教えてくれた。


「ユーグ様はきっと、カナリア諸島を見つけたのだから、世界地図を渡すよう言ってくると思われます。どう対応するかを決めておくべきかと」


「そんなもん、渡せるわけないじゃない! カナリア諸島を見つける前よりも、状況が悪くなっているだもん。あぁ、新大陸が遠ざかるぅぅ」


 ユーグのあほ馬鹿、あんぽんたんめっ!


 近づいたと思ったピザが、遠ざかっちゃったじゃない。


 期待させておいて落とすとか、なに高等テクニックを使っちゃってるのよ。

 もうっ!


 このままでは僕の気が収まらない。収まるわけないじゃない。


 ユーグの奴め、どうしてくれようか。ただで済むと思うなよっ!


「ねぇ、トポカルボ。戻ってきたノルマン人は今どうしているの?」


 カナリア諸島から負けて戻ってきたことは、大々的に発表してやるんだから。


「船団長は無理でしたが、船長を含む幹部何人かの身柄は確保しています」

「トポカルボ、でかしたっ!」


 証拠があれば堂々とユーグを非難できるというもの。


「今から教皇に手紙を書くからちょっと待ってて」


 ユーグの無能さを知らしめてやるんだから。


 ピザが近づいたと思ったら、逆に食べれる日が遠ざかってしまったこの苦しみを、手紙にぶつけてやる!


 食い物の恨み、思い知るがよい。


 ーーーーーーーーーーーーーーー

 教皇宛てお手紙の要約

 ーーーーーーーーーーーーーーー


 カナリア諸島での失態は、新大陸発見を妨害する行為である。

 つまり、預言の確認をじゃまするユーグは反キリスト勢力、すなわち悪魔の一員である。


 異端審問なんて生温いっ! このことは、聖ペテロに告げ口しちゃうんだからねっ。


 それが嫌ならユーグは、カナリアの現地人と和解してこいっ!


 ■■■ 嫁盗り期限まであと2年2か月 ■■■


 ーーーー

 あとがき

 ーーーー



  書き進めるにつれて、だんだんと感情がたかぶって、おさえられなくなったジャン=ステラちゃんでした。

 まこと、食べ物の恨みは恐ろしいですね。

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― 新着の感想 ―
食べ物が食べられないとストッパーなくなってアクセルベタ踏みなのは中身日本人っぽい
[良い点] ノルマン人は当時アイスランドやグリーンランドを経由して北米のニューファンドランド島に到達していて、そのことを考慮すればノルマン人を新大陸の調査に使うのは妥当で良い演出だと思う。 [気になる…
[一言] え?預言者から悪魔の手先呼ばわりで正ペテロに告げ口って……魔女裁判もびっくりな速度で破門から火刑コースでは?だってユーグが死んでも代わりは居るもの…… むしろ出世争い的にはポストが空く上に、…
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