馬上槍を支えるランスレスト(後編)
1063年5月下旬 トリノ近郊 イシドロスの修道院 ジャン=ステラ
「ジャン=ステラ様、ランスをお持ちしました」
グイドに僕の馬上槍・ランスを持ってきてもらった。
ニコラスが作ってくれたランスを支える補助具を、今から試すのだ。
受け取ったランスは、グイドたち護衛のランスよりも短く、僕の背の2倍くらいの長さしかない。
子供用ランスだからか、短くてちょっとカッコ悪い気がする。
(ニコラスの補助具を使えば、子どもの僕でも大人用ランスが持てるかな?)
補助具の金具はトの字型をしていて、トの字の縦棒が補助具に縫い付けられている。
ただし、トの横棒は少し上を向いている。
「金具の付け根にランスを乗せるのです」
ニコラスが教えてくれた。
補助具の金具が右脇少し前にくるよう、グイドに革紐の位置を調節してもらう。
「じゃあ、さっそく試してみるね」
周りの人に一言断りをいれ、白馬のブランにまたがる。
馬上の僕はグイドからランスを受け取り、まずは垂直に立てる。ここまでの手順は補助具なしの場合と同じ。
次は、ランスの重心がトの字の付け根にくるよう調整しながら、少しずつ傾ける。
(これって鉛筆バランスに似ているね)
ランスの重心を探る操作が、小学生の時に流行した鉛筆バランスと同じだと気づいた。
鉛筆バランスとは、まだ削っていない長い鉛筆を、人差し指1本の上に乗せてバランスをとるゲーム。
鉛筆の重心を人差し指で支えると、鉛筆をゆらゆら揺らしても落ちないんだよね。
そこで、鉛筆の端っこを指でつつき、「どこまで傾けられるかな」、「だれが可愛く揺らせるかな」って遊んでいた。ただしこれは女子のお話。
「一番最後まで鉛筆を落とさなかったやつが優勝だぞー」
男子はもっと野蛮かつ単純で、バランスできる時間を競っていた。
ただし、音でおどかしたり、笑わせたりする妨害付き。
休み時間ごとに勝負し、盛り上がっていたっけ。
どうして小学生の頃って、こんな他愛のない遊びに熱中できたんだろう。不思議だなぁ。
そんな懐かしさはさておき、この場合ランスが鉛筆で、補助具の金具が人差し指。
金具にランスの重心を預ければ、重さを全て支えてくれる。
右手でランスを強く握り込み、脇を固く締めなくてもランスが地面に落ちないのだ。
重要なのは、右腕がランスの重さから解放された結果、穂先を動かす操作に集中できること。
ランスをだんだんと傾け、水平になったところで右脇を締める。
すると、ランスの穂先がピタッと空中で停止した!
「なにこれ? すごいよ! 今までの僕の苦労はなんだったの?」
面白くて、穂先をあちこち動かしてみる。
穂先を斜め上に向けて、空中で静止させる。
穂先を右にちょっと動かし、右腕に力を込めて空間に固定する。
「できた! 課題達成だよ! どうだまいったかー」
僕は馬上から教師役のグイドに向かって高らかに声をあげた。
課題というのは、穂先を不安定に揺らすことなく上下左右に動かすこと。
上下に動かし、ピタっと止める。ランスを左右に揺り動かして空中停止。
「お見事です、ジャン=ステラ様。これほど早く課題を達成できるとは、想像もしていませんでした。感服でございます」
グイドが僕に向かって大仰に礼をすると、他の護衛やニコラスたちが拍手してくた。
「へへーんだ。筋肉に頼らなくても、頭を使えば解決できる問題もあるんだからね」
自信満々に補助具の完成を自慢した僕だったけど、内心ではニコラスにとても感謝している。補助具を使うというアイデアは僕のものだけど、アイデアを形にして実際に作ってくれたのはニコラス達技術者なのだ。
曖昧だった僕のアイデアを現実のものにするのはとっても大変だったと思う。ニコラスと僕の二人三脚の成せる技、と思っておくことにする。
(ニコラス、よく頑張ってくれました。ありがとう)
ほっこり心の僕を現実に戻してくれたのは、護衛の一人、ティードの質問だった。
「でしたらさぁ、ジャン=ステラ様。この補助具を力持ちの俺が使えばどうなるでしょう?」
筋力の弱い僕でもランスを自在に扱えるようになった。
だったら、護衛三人の中で一番筋肉に恵まれたティーノが、補助具を使えばどうなるかなんて明らか。
「より長く、より重いランスが使えるようになるよ」
ランスは長い方がいい。だって、穂先が相手より早く届くから。
ランスは重い方がいい。だって、重いと攻撃力が強くなるから。
「おお、それはすごいっ。馬上槍試合が有利になるじゃないですか!」
ティーノが歓喜の声をあげたあと、ニコラスにおねだりしている。
「ニコラス殿、一つ俺にも作ってくれや」
一方のニコラスは、首を横に振る。
「ジャン=ステラ様がお許しになれば、作りましょう」
ティーノを含む僕の護衛達が強くなれば、僕はより安全になる。
しかし、ティーノにこの補助具を渡したら、嬉々として馬上槍試合に赴いてしまいそう。
馬上槍試合って危ないんだよ。
全力疾走させた馬から相手をランスで突き落とす競技だもん。怪我をするなんて当たり前で、死んでしまうことだってある。
ティーノに限らないけど、馬上槍試合なんて危ないことをして欲しくないなぁ。
でも、ティーノの思いもわかる。馬上槍試合で優勝すれば領地をもらえるかもしれない。男爵家の三男であるティーノの子孫が貴族であり続けるには領地が必要なのだ。
うーん。どうしたもんかなぁ。
悩んでいたら、真剣な眼差しのティーノからお願いされてしまった。
「ジャン=ステラ様、ぜひお許しを。私は強くあらねばならないのです」
まぁ、いいか。でも一本だけ、釘をさしておこう。
「1つ約束して。僕が許可しない限り、馬上槍試合に出ないこと」
「もちろんですとも! 馬上槍試合よりも大切なのは戦場です。ランスチャージでは先陣を切って活躍することをお約束します!」
ティーノが自信満々に胸を叩く。戦場では突撃の先頭を走ると息巻いている。
「そうだね、その時はティーノの勇敢さに期待するね」
できることなら、そんな機会が訪れませんように。
■■■ 嫁盗り期限まであと2年3か月 ■■■