馬上槍を支えるランスレスト(中編)
1063年5月下旬 トリノ近郊 イシドロスの修道院 ジャン=ステラ
「ジャン=ステラ様~ できましたぁ!」
城壁外で乗馬の訓練をしていたら、城門の方からニコラスが手を振りつつ僕の方へと走ってきた。
「ニコラス様、お立ち止まりくださいっ」
その後ろから弟子たちが叫びつつ、ニコラスを追いかけている。
(あーあ。僕の護衛にまた怒られるんじゃない?)
「はぁ、またニコラスか」
ため息交じりの声を出した護衛のティーノが、僕の前に立ちはだかるよう移動を始めた。
すると、ニコラスがぴたっと、動きを止めた。ティーノ達、護衛の方にニコっと微笑みかけている。
(もしかして、確信犯?)
まぁ、どちらでもいいや。
馬から降り、従者のファビオに手綱を渡す。
「ニコラス、出来たのは、ランスを支える補助具かな?」
「はい、補助具です。あと他に、ジャン=ステラ様用に改良したクロスボウもお持ちいたしました」
クロスボウの改良? この間、クロスボウに弦を引くための足場を付けてもらったよね。さらに改良したってことかな。
「クロスボウも気になるけど、まずは補助具を見せてもらえるかな」
「はい、こちらにございます」
弟子から革製の補助具を受け取ったニコラスは、そのままグイドへと丁寧な手つきで渡した。
手渡された補助具が危ないものでないか、グイドが安全を確認する。
それで、ようやく僕が受け取れる。
(立場が偉くなるのって、めんどくさいねぇ)
補助具は革製のたすきが2本、Vの字に繋がったような形をしている。
ワンショルダーバッグの紐に、リュックサックの紐1本をくっつけた感じ。そしてバッグの代わりに手のひらサイズの金具が付いている。
「補助具ですが、上着のように首と腕を差し入れて着てください」
ニコラスの指示に従い補助具を着てみる。
左肩から右脇へと、たすきがけに首を通し、その後リュックサックの紐部分に右肩を通す。
うん。フィット感は悪くない。僕の体サイズにあわせたオーダーメイド品だから、当然なのかな。
「右脇下の金具でランスの重みを支えます。その重みは両肩にかかります」
「なるほど~、バックパックみたいに、重みを肩で背負うんだね」
前世のバックパックなら紐には綿が入っていて、重い荷物を背負っても肩が痛くならないような工夫がされていた。この補助具にそういう工夫はされていない。あとで、ニコラスに改良してもらおう。
「あの、ジャン=ステラ様、バックパックとは何でしょうか?」
ニコラスが困惑顔で僕に質問してきた。
「ん? バックパックを知らないの?」
「申し訳ございません。初めて聞きました。もしかしてラテン語ではなくロマンス語の単語でしょうか」
ニコラスとはラテン語で話している。そして、ロマンス語というのはイタリア、そしてアルプス西側のブルクント王国で話されている言葉。ラテン語とロマンス語は似ているから、単語が混ざることはよくある。
でも、バックパックって英語だよね。
それに思い返してみると、生まれ変わってからバックパックを見たことないや。
「バックパックって、背中に背負う紐のついた袋だよ」
バックが背中で、パックが袋。ニコラスが作ってくれた補助具の、短い方の革紐を2本、大きな袋につけたら、バックパックになる。
「なるほど、なるほど。両肩で重みを支える袋ですか。これまでにない種類の袋ですね」
ニコラスによると、紐のついた袋といえば、手提げバッグとワンショルダーバッグらしい。
ギリシアにもイタリアにも両肩に背負うタイプの袋はないんだって。
へー。両肩に背負うってアイデアが生まれてないのは、ちょっと驚き。
コロンブスの卵ってやつかな。簡単そうに見えても、最初に思いつくのは難しいんだろうね。
「ふーん、そうなんだ。ニコラス、じゃあ暇があったらバックパックを作ってみない?」
どうせなら、ランドセルを作ってもらおっかな。
セーラー服を着て、ランドセルを背負う。これって私立の小学生みたいで、カッコよくない?
前世では私服の公立小学校に通ってたから、制服って憧れだったんだよね。うん、懐かしいなぁ。
幼稚園の頃、「小学校入学準備号」の雑誌を前世の母、藤堂絵留お母さんと一緒にみてた。私立小学校の制服特集でたくさんの写真が載っていたんだよね。
そして、「わたしもこの制服を着たい!」ってお母さんを困らせたっけ。
(なつかしいなぁ)
そうだ! マティルデお姉ちゃんにセーラー服を贈ったことだし、ランドセルも一緒にどうかな?
赤いセーラー服を着て、赤いランドセルを背負う18歳のお姉ちゃん。
年齢的には、小学生のコスプレをしている大学生。ちょっとイケナイ雰囲気になっちゃいそう。
うーん……。
マティルデお姉ちゃんのイメージに合わないや。これは却下だね。ちょっと残念。
それはさておき、ランスの補助具からランドセルへと、思いっきり脱線しちゃった。
護衛のロベルト達もきっと退屈していると思うし、そろそろ話を戻さなきゃ。
「グイド、僕のランスを持ってきてくれるかな」
バックパック、リュックサックが実用化されたのは18世紀になってからのようです。それまでは、ワンショルダーバッグみたいな、片肩にかけるタイプだったらしいです。
それなら背負子はどうか?と歴史を調べてみたのですが、西欧ではリュックサック同様、18世紀までしか遡れませんでした。
これが本当なら、このお話中のバックパックって、人力の運搬効率が格段に向上するすごい発明品なのでは?って思っています。
でも、ジャン=ステラちゃんもニコラスもその重要性を知りません。
ボケもツッコミも入れられない発明品になってしまったので、彼らに代わり筆者があとがきでつっこんでおきたいと思います。