お・し・り・が・い・た・い。
1063年4月下旬 トリノ近郊 イシドロスの修道院 ジャン=ステラ
「それはもう、牛の方が人間より力持ちですから」
人間よりも力が強いから、木の根っこや大きな石を取り除くのに牛は大活躍なのだと、ユートキアが説明してくれた。
いやいや、僕もそれはわかるよ。
牛と人間、どちらが力持ちかなんて、見たらわかるよね。僕が聞きたいのは、どうして馬を使わないのかってこと。
「牛よりも馬の方が役立つんじゃない?」
馬と違って牛は人の言う事をあまり聞いてくれない。馬の方が賢いのだ。そのため、蒸気機関が出来る前まで、農作業は馬で行ってきたはず。
「いいえ、ジャン=ステラ様。たしかに牛の方が気まぐれですが、引っ張る強さは馬2頭分もあるのですよ」
あれ? おかしいな。
農作業に使う場合、牛と馬の力強さはほとんど同じだったはず。そして馬の方が速く動くし、人間の言うことを聞いてくれるから、馬一頭で牛二頭分の働きをしていた。
大学の授業の雑学先生も、
「馬力って言葉があるくらい、社会のあちらこちらで馬が使われていたんだぞ」
って言っていた。
ユートキアが間違っているとも思えないし。僕の記憶違いなのかな。
うーん。わからない。開墾の現場を見たらわかるだろうか……。
「ジャン=ステラ様、そろそろ御前を失礼し、開墾に向かいますね」
あっちゃあ、また考え込んでしまっていた。
慌ててユートキアに挨拶を返す。
「うん、ユートキアも開墾、がんばってね~」
こんなふうに僕がユートキアとしゃべっている間も、護衛の三人はじっと黙ったまま控えてくれている。
「みんな、お待たせ。乗馬の練習を再開しようか」
その後は、早めに馬を歩かせる速歩の練習をした。
ゆっくり歩かせる常歩とちがい、速歩は馬が上下に揺れる。馬の背中に押されたお尻が痛い。
「ジャン=ステラ様、速歩の時は、テンポよく立って座ってを繰り返すのですよ。そうすれば、お尻は守られます」
グイドがコツを教えてくれた。
あぶみに半立ちになるから、足の筋肉が鍛えられそう。明日は筋肉痛、間違いなしだね。
「それでは、もう一度城壁を一周しましょう」
パカ、パカ、パカ、パカ。
リズムよく馬が速歩で歩いていく。
リズムよく馬の背中が僕のお尻を叩いてくる。
お・し・り・が・い・た・い。
パカパカのリズムに合わせて、心の中で歌ってた。いや、声なき声で叫んでた。
だって、お尻が痛いんだもん。それしか考えられなかったよ。
皮がめくれてないかしら。
やっとの思いで一周し、スタート地点の城門にもどってきたところで、グイドが乗馬レッスンの終わりを告げた。
「ジャン=ステラ様、お疲れ様でした。乗馬の練習、今日はここまでといたしましょう」
「あぁ、疲れた。もう1周って言われなくてよかったよ」
お尻も限界だけど、太ももがやばい。ぷるぷるしてて、力が入らない。
「毎日、馬に乗っていれば、すぐ慣れますよ」ってグイドが笑顔で慰めてくれた。
これを毎日? うひぃ。 馬の背中に叩かれすぎて、お尻が2つに割れちゃったらどうしよう?
あとは、修道院の馬場に馬を返したらお昼ご飯。今日はたくさん食べられそう。
「ジャン=ステラ様、手綱をお預かりいたします」
「それじゃ、ファビオ。よろしくね」
従者のファビオに手綱を渡し、馬の背中にグテーと倒れ込む。
いっぱい運動したからお腹が空いちゃった。
(今日のお昼ご飯は何かな〜)
頭の中は昼食のことで一杯。まるで、給食を楽しみにしている小学生だよね。
だけど、娯楽が少ない分、昼食が人生で一番の楽しみなんだもん。
ちなみに、一日のうちで一番豪華な食事が昼食で、いわゆるディナー・正餐になる。メニューだって豪華なんだよ。
昨日は唐揚げだったから、今日はトンカツかな。それともハンバーグ?
メンチカツでもいいし、ささみフライだってよし!
もしかすると、揚げ餃子って線もあるかな。
「じゅるるっ」
ああ、よだれが垂れちゃう。
ここのところ、揚げ物ローテーションが続いている。
前世では揚げ物はそれほど好きじゃなかった。というか、揚げ物ってダイエットの天敵だったから避けてきた。
(揚げ物を食べるくらいなら、スイーツ食べるっ!)
そんな普通の女の子だったのに、転生したら揚げ物大好き人間に生まれ変わったみたい。揚げ物もそうだが、お肉LOVEなのだ。
砂糖が貴重でろくなスイーツがないから、その分お肉を愛しちゃってるのかもしれないね。
お肉は好きだけど、それでもやっぱり、砂糖が欲しいなぁ。だって、スイーツは別腹だもん。
砂糖は北アフリカで栽培されているから、ポテトやトマトよりはハードル低いよね。
とはいえイタリアは温帯だからサトウキビの栽培は無理かなぁ。せめて亜熱帯なら……。
あ、砂糖ダイコン!
砂糖ダイコンなら、寒いドイツでも栽培できる。
おぉっ、僕、いい事思いついちゃったんじゃない?
砂糖ダイコンってどんな植物だっけ。たしか……。
「ジャン=ステラ様〜 できましたぁ!」
修道院の工房の方から、修道士のニコラスが叫びながら走ってくる。
僕の思考はそこで中断され、せっかくのアイデアはお空へと消えていったのでした。