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城壁一周旅行

 1063年4月下旬 トリノ近郊 イシドロスの修道院 ジャン=ステラ


「今日は城壁外で乗馬を練習しましょう」


 馬にブラッシングしていた僕に、護衛のグイドが今日の予定を伝えてきた。


 ひゃっほぅ!お外に出られる。


 せまい馬場で馬に乗って歩くのも飽きちゃった。広い場所で馬を走らせたいって思ってたから、お外に出れるのはとっても嬉しい。


 ちなみに、お母様が僕のために用意してくれた馬は2頭。


 とても大きくて真っ黒な馬と、普通サイズの白い馬。どちらも去勢されていないオス馬だった。


 馬を世話してくれているファビオから、お母様の言伝(ことづて)を聞いた。


「ジャン=ステラは白馬に乗ると言っていましたが、大きな白馬が見つけられませんでした。替わりに黒いけど、大きな馬を贈ります。馬は戦場でのあなたの友よ。大切に扱ってね」


 一頭でもよかったのにね、って思っていたら、ロベルトが教えてくれた。

「潰れた時に困ります」


 相変わらず言葉が短いね。あとでグイドが解説してくれた。


 馬だって生物だから、調子が悪くなったり病気になったりする。怪我で走れなくなるかもしれない。だから、偉い人ほど何頭も替え馬を準備しておくんだって。


「すげえ、でけぇ」

 大きい方の黒馬を見たティーノが感嘆の声をあげる。


 たしかにとっても大きい。背も高いけど、横にも広い。そして足がめちゃ太い。


(ばんえい競馬用の馬?)

 ばんえい競馬は、荷物を乗せたソリを引っ張る競馬。


 そう思うくらい、ずんぐりむっくりさんで、とっても力が強そう。その反面、走るのはあまり早くないのだと思う。


 戦場に荷物をたくさん持っていくために使う馬なのかな。


 そう思っていたら、ティーノが「こんな馬に乗って馬上槍試合してみたいぜ」って言葉を漏らしてた。


 うーん、戦争よりも、農作業に使った方が役立つんじゃないかな。ま、いいけど。


 白い馬の方は、黒い馬に比べるとすらっとしている。

 戦場を駆け回るには、こちらの方がいいんじゃないかな。


 それに、マティルデお姉ちゃんを迎えにくなら、当然だけど白馬一択。

(僕、白馬に乗った王子様になるんだからねっ!)


 そうそう。二頭に名前をつけた。白馬がブランで、黒馬がノアール。


 ということで、今日は白いブランで城壁のお外にお出かけだ。

 ひゃっふー。


 僕はブランに乗り、パカポコ、パカポコ、ゆっくりと城壁の門へと向かう。

 護衛の三人も馬に乗って、僕の前後を固めている。


 そして、従者のファビオは、ブランの手綱を握りながら歩いている。


 馬に乗っている四人のうち、手綱を握られてるのは僕だけで、ちょっと恥ずかしい。


「ファビオは心配性だなぁ。ブランはいい子だし、手綱を握っていなくても大丈夫だよ」

「万が一のためですよ」


 修道院を囲む城壁の門を抜ける。遠くにアルプスの山々が見える。


「うーん」と一つ伸びをした。やっぱりお外は開放感が違う。


 背の高い馬の上からの眺めは、心地いい。

 周りに広がる冬小麦の穂が風に揺れている。あと少しで収穫できそうだね。

 小麦畑と同じくらいの土地が休耕地になっていて、少し遠くの丘にはブドウの果樹園がある。


(わぉ)

 社会の教科書どおりの二圃式農業が広がっている光景に感動しちゃった。


「ジャン=ステラ様、まずは一人でゆっくりと城壁を1周しましょう。そのあと、速歩(はやあし)という歩き方を練習します」


 乗馬の先生は、おしゃべり上手なグイドの担当。


 ファビオに手綱を離してもらい、ここからは僕一人で馬を操る。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 適当な号令をかけ、馬の横腹を足で押した。


 先生役のグイドが僕の右側を守り、前後をティードとロベルトが守ってる。


「乗馬の練習5日目にして、これほど上手に馬を歩かせられるとは、素晴らしいですね」

 グイドが乗馬の腕をほめてくれる。


「まあね」

 なにせ前世では牧場でバイトしていたからね。教育実習でもお世話になっていた。そんなこんなで、馬の扱い方を一通り知っているというアドバンテージは大きいのだ。


 パカポコ、パカポコ。


 城壁に沿って馬を歩かせていたら、工事現場が見えてきた。大人数が集まって、壁を作っているみたい。


「ねえ、あれって城壁を広げているの?」

「ジャン=ステラ様はギリシアから人を呼ばれるのですよね。その方達の住まいや工房を作るため、村を広げる指示をイシドロス殿が出しております」


 おおう。僕は家庭教師を呼ぶことしか考えてなかったよ。修道院にたくさんの人が押し寄せたら、居る場所がたりなくなる。

 イシドロスのナイスサポートに感謝だね。


(あれ? どこかで見たことがあるような……。)

 壁作りをしている人足の一人に、見覚えのある男がいた。


 うーん、だれだっけ。


 僕がその男をじーっと見ていたら、ロベルトが教えてくれた。

「ジャコモです」


 相変わらず、言葉が短いね。


 ジャコモ、ジャコモ。うーん、ジャコモってだれだっけ? 


 あ! 半年前にお母様と僕を襲った傭兵隊のお頭だよ。縛り付けられていた大木に雷が落ちたけど、死ななかったあのジャコモじゃん。


「おーい、ジャコモ!」

 馬上から声をかけると、工事現場の監督がジャコモの背中をぱんって叩き、僕の方を視線で示した。


 あわてて駆け寄ってきたジャコモが、僕の前に片膝をついた。


「ジャン=ステラ様、お呼びでしょうか」

「久しぶりの顔を見つけたから、ちょっと声をかけてみたの。元気だった?」

「幸い雷に打たれた後遺症もなく、こうして働いております」

「おお、それはよかった。ジャコモは運がいいんだねぇ」


 元気なのはよかったけど、なんで修道院で働いているんだろう。


「それはそうと、ジャコモは故郷のトスカーナに帰らないの?」


 そういえば財産を没取しちゃったから、帰る路銀でもないのかな。


「アデライデ様のご慈悲により、10年の労働を終えたあと、解放されることになっています」

「え?解放? 10年の労働? なんで?」


「ジャン=ステラ様。なんで、とはどういう意味でしょうか」

 ジャコモが怪訝(けげん)そうな顔を向けてくる。


 横からグイドが教えてくた。

「ジャコモとその一味は、全員捕虜となりました。身代金を支払わない限り解放されないのです」


 ジャコモ達を傭兵に送り出さないと飢えてしまうような貧乏村が、身代金を払えるわけもなく。代わりに10年間労働奉仕することで、身代金の代わりとする契約をお母様と結んだらしい。


「10年かぁ」

 ぼそっと呟いた。10年って長いよね。


 10年はさておき、ジャコモを肉体労働に使うのってもったいなくない?


 傭兵とはいえ、人の上に立ち指揮していたジャコモを城壁作りの力仕事に使うのは人材の無駄遣いでしょ。


 とはいっても、よそ者であるジャコモを僕の身近に置くことはできない。


 ゴットフリート3世が治めているトスカーナ出身は、裏切りの警戒対象。本人が裏切る気はなかったとしても、トスカーナに残る家族が脅されたらどうなるかわからないよね。


 うーん。それでも何かいい案があったらいいんだけどな。


 考え込もうとした僕に、護衛のティーノが声をかけてきた。

「なぁ、ジャン=ステラ様、そろそろ練習に戻りましょうぜ」


 そうだった、今は乗馬の練習中だったね。


「ジャコモ、またね」


 工事現場を後にして、城壁一周の旅を続ける。



 パカポコ、パカポコ。


 少し歩くとメェ〜メェ〜の鳴き声が聞こえてきた。

 休耕地に羊や山羊が放し飼いにされている。


 だれも面倒を見ていないみたいだけど、大丈夫なのかな。

 狼に襲われちゃったり、どっかにいっちゃったりしないよう、見張りがいた方がいいと思うんだけどな。


 あ、もしかしすると、周りの犬が見張っているのかもね。わんちゃん、えらいっ!



 パカポコ、パカポコ。



 一周して城門に戻ってきた所で、ユートキアに率いられた一団と出会った。何頭もの牛を連れて、城門の外に出ていこうとしている。


「やぁ、ユートキア。どこにいくの?」


「ジャン=ステラ様、冬小麦を収穫するまでは開墾のシーズンなのです。これから多くの方が修道院に増えるので、急ぎ畑を増やそうとしているのですよ」


 農業を担当しているおばちゃん修道女のユートキアが優しい声で教えてくれた。


 城壁につづき、こちらも人が多くなることの対策だったのかぁ。


 人が増えれば、その分食べ物が必要になる。

 ネットで注文すれば翌日配達してくれるようなサービスがないのはわかっている。

 しかし、開墾(かいこん)から始めないといけないとは......。


 上司が思いつきで物事を始めたら、下の者が苦労するんだよなぁ。


 前世で働いていた農業高校がそうだった。校長先生の思いつきに、僕たち教員は右往左往させられたっけ。


「夏休みにオープンキャンパスをして、動物に触れあってもらいましょう」

 って、そんな事を7月に入ってから言うな~!


「準備も大変だけど、どうやって人を集めるのよ」ってみんなで文句たらたらだった。


 今の僕は上司の立場で、ユートキアに迷惑をかけちゃってる。

 表立っては謝れないから、心の中でゴメンしておいた。


「ユートキア、いつもありがとうね。だけど、開墾にどうして牛を使うの?」


 ふと浮かんだ疑問を僕は、ユートキアに尋ねてみた。


「それはもう、牛の方が人間より力持ちですから」


 いやいや、ユートキアさんったらお茶目さんなんだから。それは僕だってわかってる。


 僕が聞きたいのはそういう事じゃないんだよ。


 ーーーー

 あとがき

 ーーーー



 ジ: ジャン=ステラ・ディ・サヴォイア

 マ: マティルデお姉ちゃん


 マ: 白馬が(ブラン)で、黒馬が(ノアール)って、適当すぎじゃない?

 ジ: かわいいでしょ☆彡

 マ: そもそもなんで、フランス語なのよ

 ジ: サヴォイアってフランス貴族だよ

 マ: ま?

 ジ: ま。


 サヴォイア家の本領は、アルル王国(ブルグント王国)のため、当時はフランスではありません。ですが、本作品では、アルプスのフランス側という形で、すでに使っているので気にしなーい☆彡


 ◇    ◆    ◇ 


 ブルグントはドイツ語読みで、フランス語読みだとブルゴーニュです。


「転生したらスライムだった件」というお話にブルグントが出てきたような気がするけど?

 そう思って調べたら、ブルムンド王国でした。


 ◽️ 馬の種類

 馬は大きさによって4種類に大別されるそうです。

 小さい方から順に

 ・ポニー

 ・軽種

 ・中間種

 ・重種

 です。


 しかし、どうやら11世紀イタリアでは、この区分はされていなかったようです。

 あれ? 古代ローマ時代には育種されていなかったっけ、と思った読者の方。博識ですね~。

 はい、その通り。


 古代ローマで育種された馬ですが、帝国崩壊後は管理されませんでした。

 その結果、雑種交配が進んでしまい、純系種がなくなってしまったそうです。


 ただし、スペインと小アジアには残っていたようです。


 へーん、ふーん、ほーんって感じの雑学で~した。


 ちなみにこの小説を書くために調べていて見つけた雑学です。

 これぞ、どろなわ(泥棒を捕まえて縄をなう)小説!


 ◽️ 二圃式農業と三圃式農業


 三圃式農業がアルプス北側、西岸海洋性気候で行う農法です。


 以前も書きましたが中部イタリア:トスカーナで三圃式農業を真似すると小麦は枯れる、あるいは収率が落ちると思います。理由は水不足。耕し方が違うのです。特に深く耕してしまうと、土中の水分が一気に足りなくなります。


 トリノは多分、ぎりぎり三圃式農業ができると思います。トスカーナと比べると降水量がちょっと多いからです。ただし、三圃式農業に投入する労力で、開墾した方が収穫量も多く、労働生産性も高くなると想定しています。


 つまり、イタリアでは三圃式農業、ノーフォーク農業は封印なのです☆彡


 出てくるとしたら、第二部になることでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言]  このお話しの当時に、まだサラブレッドはいないけど……いても活躍の場は、かなり限られたでしょうね。  戦場は、繊細な脚のサラブレッドには不向きでしょうし、狙われたら一巻の終わりかも。  あま…
[一言] >白馬がブランで、黒馬がノアール。 ジャン・ステラちゃんがノアール王号に乗って世紀末覇者と化し、 マティルデリア姫を奪いに行くんですね、わかります 我が生涯に一片の悔い・・・マヨコーン!
[一言] 10年かぁ……。まぁ、レ・ミゼラブルのジャン・ヴァルジャンもパン一個の窃盗で5年、そこから脱獄未遂とかでなんだかんだで合計19年強制労働しているしそんなものなのでしょうね。 そう言えば前に…
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