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クロスボウと将の器(前編)

 1063年4月上旬 トリノ近郊 イシドロスの修道院 ジャン=ステラ


「ジャン=ステラ、またトリノで会いましょう。それまで元気でね」

「はい、お母様もお元気で。そして、ピエトロお兄ちゃんにもよろしく伝えてください」


 ここは、地中海に面したアルベンガからトリノに帰る途中にある修道院。


 七年前、僕が2歳の時にトリノに来てくれた新東方三賢者のため、放棄されていた村跡にイシドロスたちが再建した。

 城壁に囲まれていて安全だし、トリノまで馬車で1日しか離れていない。


 そして修道院の面々は、イシドロス達と一緒にやってきた方達だから、ほぼ全員ギリシア人。

 イタリアに地縁もないから、僕が前世の知識を披露しても、意図せず漏れていく可能性は低い。


 そんな理由により、僕はトリノに戻るお母様と離れ、修道院にしばらく滞在することに決まった。


 滞在中にすることは2つある。


 最初の一つは僕の軍事訓練。


 貴族の子弟は、6歳か7歳になったら軍事訓練を始める。馬の乗り方、武器の使い方、そして戦場でのお作法を、鉄拳制裁ありで、文字通り叩き込まれるのだ。


「ジャン=ステラも9歳なのですから、遅すぎるくらいよ。マティルデ様を歩いて迎えにいくつもり?」

「もちろん、白馬に乗って迎えにいくつもりですよ、お母様」

「白馬?」


 お母様はなぜ白馬なのかと、首を傾げていたけど、気にしない。


 それにしても、軍事訓練かぁ。


(嫌だなぁ。体育会系のノリ、苦手なんだよぉ)


 ピエトロお兄ちゃんやアメーデオお兄ちゃんから聞いたけど、体罰上等、罵声を浴びせられながら耐え忍ぶんだって。

 それが騎士となるための訓練なんだとか。


 2つめは、前世の知識を試すこと。


 この修道院は僕のおもちゃ箱……、じゃなくて実験場に選ばれた。

 決めたのはお母様であって、僕じゃない。


「修道院の人たちは、ジャン=ステラに心酔しているから大丈夫よ」

「お母様、その心酔してるってのが、無茶をしそうで怖いんですけど」

「トリノなら、あなたの言うことを素直に受け入れてくれないでしょうから、仕方ないわね」


 そうなんだ。

 トリノ人って、ギリシア人より頭が固くて、新しいことを受け入れないのかな?


「それに、多くの人が出入りするトリノよりも安全ですからね」

「そうなの?」

「人の出入りが少ない村の方が不審者は入りづらいし、ここではすぐ見つかりますからね」


 ここでは修道士間の会話にギリシア語が使われている。

 イタリア人、ドイツ人、フランス人が入り込んだら、使う言葉ですぐに部外者だとわかってしまう。


 僕たち家族は全員漏れなく、暗殺のターゲットなのだ。安全であるに越したことはない。


 今日、僕とお別れするのはお母様だけでなく、イシドロスも修道院を離れ、トリノ経由でコンスタンチノープルを目指す。


「イシドロス、ギリシアでの家庭教師集めがうまく行くよう祈っているね」

「ジャン=ステラ様のお祈りであれば、きっと神もお聞き入れ下さることでしょう。ご期待を裏切らぬ博識なもの達、意欲に(あふ)れるもの達を連れて参ります」


 祈るって軽い気持ちで言ったら、敬虔(けいけん)な信者であるイシドロスに重く受け止められちゃった。


 とても真剣な面持ちに切り替わり「重大な使命を果たして参ります!」と、僕の面前で気合を入れ直した。


「あまり無茶はしないでね。イシドロスが元気に戻ってきてくれる方が大事なんだから」

「ありがとうございます。慈悲深きジャン=ステラ様のご期待に添えるよう全力を尽くします」


 北イタリアとギリシアの往復旅行。治安の悪いこの時代の旅行は決して安全なものではない。聖職者であるイシドロスを襲う盗賊は少ないとはいえ、まったくいないわけじゃない。


 それに、海路を行く船だって悪天候に遭遇したら、あっさりと沈んでしまう。


 旅は常に今生の別れと紙一重。


(イシドロスが無事に戻ってきますように)


 ◇  ◆  ◇


 お母様とイシドロスが去った後、さっそく軍事訓練が始まった。


 最初はクロスボウから学ぶらしい。


 クロスボウは銃みたいな引き金のある弓。

 引き絞った弦をフックに引っ掛けておき、引き金を絞ると、ボルトと呼ばれる短い金属矢が飛んでいく。


(あれ?)


 クロスボウは平民の武器であって、貴族は習わないってお兄ちゃん達が言っていた。


 それなのに、そのクロスボウを僕が習うの?


 ま、いっか。


「ジャン=ステラ様、こちらです」

 護衛のロベルトに誘導され、修道院裏手の広場に移動する。


 広場には木でできたカカシが2体、立っていた。

 クロスボウの的なんだって。


「ジャン=ステラ様、こちらのクロスボウをお使いください」

「ティーノ、ありがとう」


 広場で待機していた護衛の中からティーノが進みでて、小さなクロスボウを僕に渡してくれた。


 ティーノはお母様の護衛から僕の護衛へと今日、異動してきた。


 お母様の護衛の中でも、背が高くて肩幅が広くて目立っていた。

 まだ胸板は薄いけどまだまだ17歳の成長期。これから鍛えたらトリノ家随一の騎士になるかもしれない、とはお母様の感想。


 僕にとっては、すぐ不平を口にして上役にぽこぽこ殴られていたという印象が強い。

 物事をあまり深く考えず、直感で動くタイプ、いわゆる脳筋ってやつなのだろう。


 さて、手渡されたクロスボウ。

 これって、六年前にマティルデお姉ちゃんから貰ったプレゼントだ。

 懐かしいなぁ。


 もらった時はまだ3歳。クロスボウの弦を引けなくて、使えなかった。


 9歳となった今なら引けるかな?

 弦を手に持ち、ぎゅって引っ張ったら、簡単にフックに引っ掛けることができた。


(おおー)

 ほんの些細なことだけど、自分の成長を感じられてうれしい。


「ここにボルトを置き、引き金を引くと飛んでいきます」

 ティーノがボルトを手渡してくれた。


 準備されていたカカシにクロスボウを向け、引き金を引く。


「ヒュッ」って音をたてて飛んでいき、カカシ前方の地面に突き刺さった。


「わっ、飛んだ!」

 楽しい。的には当たらなかったけど、飛んだだけでもめっちゃ楽しい。


「もう1本、ボルトちょうだい」


 何度も試したけれど、なかなかカカシに当たらない。


 うーん、何が悪いのだろう。

「ティーノ、どうしたら的に当てられるのかな? 教えてくれない?」


 せっかく騎士がいるんだから、聞いてみた。


「ジャン=ステラ様、小さなクロスボウを使ったことがないため、わかりかねます」

「そっかぁ、じゃあどうすればいい?」

「そのような()()()()ではなく、兵士用のクロスボウを使ってはいかがでしょう」


 おもちゃかぁ。ま、確かに子供用なので、大柄なディーノから見たらおもちゃなのかもしれない。

 しかし、言い方がなんかムカつく。


 的に当てられなかった悔しさのせいかもしれないけど、さ。


 内心の不満を出さないようにして、兵士用のクロスボウを持ってきてもらう。


「じゃあ、大人用のクロスボウを持ってきてくれる? そして的の当て方を教えてよ」

「かしこまりました。ですが的の当て方は私には教えられません」

「ん? どうしてティーノは教えられないの?」


 使えることと、教えることは別の能力が必要なことは、前世で教員をしていたから理解している。

 脳筋なティーノは教えることが苦手だって、自分のことがわかっているのだろうか。


「いいえ、クロスボウは騎士の武器ではないから私は使いません」

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― 新着の感想 ―
[一言] 騎士でも無いのにティーノ、コイツは殴られて当然だなぁ もう既に騎士になったようや物言い生意気だなぁ 高位貴族や短気な貴族だったら拷問するなり死罪にするぐらいの態度 いやもっと酷い目に遭うか
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