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街道と出資金の扱い

 1063年4月上旬 北イタリア ジャン=ステラ


 昨年の11月から5ヶ月間滞在したアルベンガ離宮を離れ、トリノ近郊のイシドロスの修道院へと向かっている。


 トリノからアルベンガに来る時にも思ったけれど、峠を越えるのは大変。


 平地にはローマ街道が残っていて馬車が使える。

 しかし、山の(とうげ)道は狭いだけでなくローマ街道の痕跡(こんせき)すら残っていない。

 全員が馬を降りて歩かなければ通れない場所が何箇所もあった。


 今は亡きオッドーネお父様が街道整備を始め、お母様が継続してきたけど、山道までは手が回っていない。


 それなら僕が、お父様の後を大々的に引き継ぐのはどうだろう。

 将来的には交易で手に入れたお金で、ローマ街道を本格的に再興するなんて格好良くない?

 もちろん、整備するのはトリノ最優先。


 目標を掲げるとしたら、やはり「すべての道はトリノに通ず」だよね。



 そういえば、古代ローマでは、整備した人の名前で街道を呼ぶ習慣があった。アッピウスさんが整備したからアッピア街道みたいな感じ。


 僕の場合なら「ステラ街道」って名前になるかな?


 ステラって星という意味だから、なんかロマンチックだよね。

 マティルデお姉ちゃんと旅行しちゃったりして、夜空を一緒に眺めたいなぁ。


「あ! ジャン=ステラ見て。流れ星がいっぱい」

「ねぇ、マティルデお姉ちゃん。流れ星が消える前にお願い事を3回言えたら(かな)うんだよ。一緒に祈らない?」

「三回も言えるかしら」

「じゃあ、早口競争だね!」

「早口なら、ジャン=ステラに負けないわよっ」


 マティルデお姉ちゃんは負けず嫌いだから、早口競争でも真剣に僕に勝とうとしてくるんだろうなぁ。


 こんな風なお姉ちゃんの姿を脳裏に描いてみた。


 全然ロマンチックじゃないけど、それがお姉ちゃんの良いところなんだろうね、きっと。


 今は妄想しかできないけど、いつかきっと実現するんだ!


 ◇  ◆  ◇


 修道院までの峠道も大変だったけど、アルベンガ離宮を離れる前に片付けておかなければならない仕事も大変だった。


 先日、サボナの商人・カポルーチェ(のっぽ)トポカルボ(ちび)に僕が出資する事が決まった。

 しかし、出資という考えが二人にも僕にも初めてのため、詳細に条件を取り決める必要があった。


 めんどう臭いことは嫌だし、細かく条件付けをするのはなんだか二人を信用していないみたいで嫌だった。


「資金を預けておくからさ、二人で相談して勝手に運用してくれないかな?」

「ジャン=ステラ様、信頼いただけるのは嬉しいのですが、そういう訳にはまいりません」


 信頼するからこそ、その関係を壊さないように手を打っておく必要があるんだって。

 さすがは商人。お金のことにはキッチリしている。

 二人に対する信頼度が爆上がりしちゃったよ。


 それに、僕も二人からの信頼関係を崩さないように努力しなくっちゃね。


 ということで、頑張って話し合いました。


 出資金の供出方法、出資した資金からの支出方法、交易で使った船の修理代金の計算方法とかは順調に決まった。

 そして一番揉めたのは、船がサボナに帰ってこなかった場合の取り扱い。


 ・帰港が予定よりも何日遅れたら、航海が失敗したとするのか。

 ・帰ってこなかった原因は、沈没なのか、それとも逃亡なのか。

 ・それをどうやって確認するのか。

 ・逃亡した場合は、どのように対処するのか。


 そのような条件を一つ一つ決めていく事は、面倒でとっても疲れちゃったのです。


 ◇  ◆  ◇


「ねえ、カポルーチェ、逃亡した船長は捕まえるの?」 

「もちろんです、ジャン=ステラ様」


 逃亡犯は捕まえないといけないのは理解できる。

 逃げ得を許してしまったら、第二、第三の逃亡犯が出てしまう。


 しかし、どうやって捕まえるのかな?

 逃げる人だって必死のはず。


「そもそも、逃亡した船長を捕まえる事ってできるの?」

「……。 正直に申しますと、大変難しいかと」


 ですよねー。海って広いもの。


「難しいとしても、何か方策はあるのかな?」

「指名手配し、周りの港にふれ回ります」


 どこの商会であったとしても、船と商品、資金を持ち逃げした雇われ船長は万死に値する。

 そのような船長を発見した商会は、有無を言わさずに捕まえてくれるだろう。


 とはいえ、指名手配を回すには、どうしても時間がかかってしまう。

 そのため、逃亡船長は当然、船や商品を処分して、どこかの山奥にでも逃亡してしまうだろう。


「うーん、やっぱり捕まえるのは難しいねぇ」

「はい、ですから、逃げ出せない人物を船長にするのです」


 船長の家族や親族がサボナに住んでいれば、逃亡する可能性は低いだろう。

 それに、逃亡した場合、家族や親族の身柄を押さえて賠償を迫る事もできる。


「親族全員、連帯責任ってことなのね」

「他に逃亡を防ぐ方法としては、雇い主の権威が挙げられます」


 大きい商会の方が、逃亡船長に対する報復は苛烈になるのだと、カポルーチェが教えてくれた。

 権威があればあるほど、その権威を(おとし)めた場合に及ぶ影響範囲が広くなる。


 当然、貴族のお金を持ち逃げしたとなったら犯人の親族どころか、知人友人までまとめて処罰されてもおかしくない。


 今回の場合、雇い主ではなく出資者だけど、逃亡に対する抑止力として貴族の権威は大活躍するらしい。


「じゃあ、僕のアオスタ伯爵という称号は役立つかな?」

「いいえ、残念ながら、あまり役に立たないでしょう」


 カポルーチェがゆっくりと首を横に振る。

 アオスタは海に面していない山の中の小さな領地のため、海に生きる人々にとっては意味をなさないらしい。


「じゃあ、お母様に名前を借りるのはどう?」

 トリノ辺境伯家は地中海にいくつも港を持っている。次期神聖ローマ帝国皇后の実家だし、ローマ教皇に対する影響力もそれなりに持っている。


 それに近隣の商人達は、サルマトリオ男爵に対する仕打ちを知っているはず。


 トリノ辺境伯であるお母様を怒らせたら、何を仕出かすかわからない。

 そういう不確実な、先が読めないという怖さを持っているから抑止力になるだろう。


「それは、良い案かと存じます」

 カポルーチェがにっこりと僕に微笑んでくれた。


 ◇  ◆  ◇


 出資の話以外にも、カポルーチェとトポカルボとは多くの話をした。

 方位磁針の使い勝手を聞いたり、技術交換の相手を探している事を伝えたりもした。


「揺れる船の上で方位磁針は使えませんでした」

 カポルーチェが率直な報告を述べてくれた。


「そっかぁ、使えなかったかぁ」

 船上で方位磁針が使えなかったのはとっても残念。


 大航海時代には船上でも使えていたのだし、なにか使うための工夫があるのだろう。

 たしか前世の教科書では、羅針盤って書いてあった。


 羅針盤と方位磁針って何が違うのかな。全く覚えていないや。


(あーん、もっときちんとお勉強しておけばよかった!)



 次は、技術交換の相手探し。

 トリノ辺境伯家が持っていない技術を探してほしいと、商人二人にお願いする。


「交易の先々で何か面白い商品があったら、蒸留ワインの作り方と交換できないか探ってきてもらえるかな?」


 紙の製法は未だ手に入っていないし、絹を作ってくれる(かいこ)も欲しい。


 アフリカで作っている砂糖の製法も欲しい。製法の入手が難しければ、サトウキビの種や苗でもいい。


 さとうきびはヨーロッパの寒い土地では育たない。

 暑いところでしか作れないとタカを括ってくれれば、もしかしたら譲ってもらえるかも。


 手に入ったら将来的に、カリブ海の諸島で育ててみたいな。

 北米フロリダ半島から南米へと続くカリブ海諸島は、暑くて雨がたくさん降るから、サトウキビを作るにはもってこいの気候なのだ。


 奴隷なしで栽培できるかという問題はあるけど、その時になってから考えようっと。


 商人二人組に対する最後のお願いは、航路開拓。


 アフリカ大陸西岸に浮かぶカナリア諸島の発見は、クリュニー修道院のユーグに任せてはいる。

 しかし、成功するかは不明だし、カナリア諸島の次は大西洋を横断する冒険が待っている。


 そのためにはトリノ辺境伯家が、カナリア諸島までの航路を確保する必要がある。ユーグの雇ったノルマン人ではなく、僕たちがカナリア諸島に行けなければ、アメリカ大陸への到達なんてできっこない。


「懸賞金をあげるから、イタリアからカナリア諸島までの航路を切り開いて欲しいな~」


 あとは、トポカルボとカポルーチェの頑張りに期待しよう。


 二人ともがんばれ!

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[一言] 「三回言えなくても大丈夫だよ、ぼくが叶えてあげるから。だってぼくがお姉ちゃんのお星さまだから」 ぐらい言ってみなさい少年。
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