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株式会社の原型とセーラー服(中編)

 1063年3月中旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ


「え、え~とですね、お母様。いっそのこと、僕たちも商売を始めてみませんか?」


 サボナの商人2人に対して、お母様は売上の50%を上納せよと主張している。

 利益の50%ならともかく、売上の50%も徴税されたら商売にならない。


 それをお母様にわかってもらうにはどうすればいい?


 とっさに思いついたのが、お母様にも商売を経験してもらうこと。

 お母様も自分でお金を勘定したら、売上と儲けが違うことをわかってくれるよね。


 それなのに、お母様は一つため息をつき、とってもひどいことを言い放つ。

「ジャン=ステラ、貴族が商売などという(いや)しい真似はしないのですよ」


 ちょっと、お母様! 商売が卑しいと思うのは仕方ないです。でも、それをカポルーチェ(のっぽ)トポカルボ(ちび)の前で言わないでくださいよ!


 あたふたしながら商人達の方を見ると、うんうん頷いている。

 カポルーチェ(のっぽ)トポカルボ(ちび)にとって、お母様の意見は当たり前のことみたい。


 あぁ、そりゃそうだよね。職業に貴賎なし、などという建前はまだ存在しないのかぁ。

 江戸時代の士農工商とか、21世紀インドのカースト制とか、職業の貴賎は文化・文明として根付いている。お母様や商人二人にとって、職業の貴賎は当然のことでしかない。


(なーんか、二人が落ち込むかと思って(あわ)てた僕がバカみたい)


 しかし、それって裏返すと……。げっ! やばい事をしゃべっちゃった。


 僕の「商売をしてみよう」という言葉は、お母様を(おとし)めることになるんじゃないかしら。


 貴族のお母様からしたら、金儲けというキリスト教的に卑しい活動をしているのが商人。それも戦場に(おもむ)いて、バカみたいな高値で蒸留ワインを売っているのだ。


 お母様にとって商人というのは、宗教的にも好ましくない事を体をはって行う職業なのだろう。

 これを前世で例えるなら詐欺師とか、あるいは女性なら風俗業とかになりそうだ。


 つまり、僕がお母様に提案した「商売してみないか」という言葉を翻訳すると……

「お母様、僕と一緒にちょっとエッチな動画を撮ってみませんか?」

 みたいな感じ!?


 ぎゃー、僕ってばお母様にとんでもない事を言っちゃった?


 恥ずかしさで顔が熱い。きっと、僕の顔は真っ赤だよ。


「お、お母様。あの、僕。お母様のことを決して貶めようとか、そういうつもりは全くなかったのです。ごめんなさい」

「ええ、わかっています、ジャン=ステラ。あなたが私に悪意を向けるはずないもの。私はちゃんと理解していますよ」


 お母様の言葉に僕はホッとした。あぁ、よかったぁ。


「驚きはしましたけど、ジャン=ステラに驚かされるのはいつもの事ですからね」

 お母様は笑って許してくれた。


 商人2人はといえば、お母様の方を同情めいた風に見つめており、まるで目だけで会話しているみたい。


「アデライデ様、常識をご存じないジャン=ステラ様のお相手はさぞ大変なことでしょう。心中お察し申し上げます」

「そうなのよねぇ。どうしてこのような突飛な発想が出てくるのやら。預言者だからといって、もう少し常識を学んで欲しいものだわ」


 これって僕の被害妄想じゃないよね。きっとそう思っているんだろうなぁ。


 僕が常識に疎い事は自分でも気づいているから、自分なりに頑張ってるのに……



「はいはい、落ち込まなくても大丈夫ですからね。それはそうと、どうして商売を始めようと言い出したか教えてくれる?」


 お母様が話題を元に戻してくれた。


「それはですね、商売について理解して欲しかったんです」

 本当は、売上と儲けの違いについて分かって欲しかった。


 しかし、話の持って行き方に最初っから失敗してしまった。だから農業と商業の違いを他の方法で説明してみなきゃ。


「農業の場合、小麦1粒が4粒に増えます。でも商売だと2倍にもならないんですよ」


 蒸留ワインは仕入れの10倍で売れたけど、ほとんどの商品は2倍、3倍の値段をつけたら買ってもらえない。


 一方、農業の場合、小麦の収穫率は4倍くらい。修道院で農業を担当しているユートキアが言っていたから、そんなものだと思う。


「それなら蒸留ワインだけを売ればいいじゃない。そうすれば10倍よ」


 お母様、「私、いいことを思いついちゃった!」みたいに嬉しそうな顔をしないでください。それって無理だから。


「それほど多く蒸留ワインは作っていないんですよ。そのため他の商品も売っているんです」


「じゃあ、もっと蒸留ワインを作ればいいじゃない」

「作るのが大変な事もありますが、作りすぎると値段が下がってしまうんですよ」


 大量に作ってしまえば値崩れを起こすし、そもそも蒸留ワインを買えるような裕福な人たちは限られている。それこそ戦場のように、あぶく(ぜに)を掴んでいる将兵がいるところでないと大量には売れないのだ。


 それに、蒸留ワインの製法は、他の技術交換に使うようにと、つい先日、イシドロス達に伝えた。数年後には、プレミアムの付かない低品質な蒸留ワインの価格は暴落するだろう。


「……難しいわねぇ」

 お母様がため息をつきつつ、ぽろっと言葉をこぼした。


「難しいですよねぇ」と僕もため息をつく。

 商売だって簡単じゃないのだ。もちろん農業だって、貴族だって同じ事。ぜーんぶノウハウの塊だもの。


 そして、お母様と分かり合えていない。

「それでも、商人を農民より優遇する理由にはなっていないと思うの」


 ですよねー。商売の難しさは説明したけど、「だったら商売なんて辞めて、農民になればいいじゃない」と言われてしまいそう。


 だったら、説得方法をかえなきゃ。


「では、お母様。こんなふうに考えられませんか。農民には作物を育てる土地を貸し与えています。ですが、商人には何も貸し与えていません」


 商館のある土地を貸していたり、蒸留ワインなど特産品を優先的に売っている。そのため厳密にいえば、何も与えていないというわけではない。しかし、この際それは横に置いておこう。


「それは当然ですよね。商人に農地は不要ですもの。でも、そうねぇ。ジャン=ステラが農地を与えろというなら、一考の余地はあるわね」


「いえ、それではせっかくの商人が農民になってしまうだけです。農地ではなく、お金を貸し与えましょう」


「お金、ですか?」

 お母様が不思議そう。


「ええ、お金です。カポルーチェ(のっぽ)トポカルボ(ちび)は船を使って商売しています。船で交易するのって準備にとてもお金がかかるんですよ」


 船の整備や船員の調達もさておき、売れる商品をたくさん仕入れるためには高額な金額が必要になる。


「そこで、交易の準備に必要な金額の半分を僕たちが出すんです。そしてサボナに戻ってきたら、全部精算して、金額の半分を受け取るというのはどうでしょう?」




 10世紀の北イタリアにおいて、小麦1粒が3倍強に増えたらしいです。


 ただ、教会への税金(?)をのぞいた値だとかいう資料もあったりして、私自身確証が得られませんでした。


 多分、11世紀でも4倍はいかないと思うため、小説では少し盛っています。

 でも、統計をとっていないのだから、このくらいは誤差の範囲という事でおねがいします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 数日かけて読んでしまった。話作りが上手で引き込まれる面白さがある。 [気になる点] 物語が進むにつれて(特に5年飛んだ後)主人公が幼児退行したかのような言動が目立つこと。 簡単に外出できる…
[一言] 商売とかお金儲けについてはトリートメントの時に少しやっていましたね。 それにしても今の小麦の収穫倍率と比べると雲泥の差ですね。確か今の収穫倍率は20倍以上でしたったけ。なお、米の収穫倍率は1…
[良い点] 「商売が卑しい」というのは貴族に口出しされたくない商人や聖職者が広めた認識という気がします [一言] 今現在のみっしり実った稲や麦しか知らない自分は麦の穂に成る実が3,4粒しかないというこ…
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