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家庭教師を集めよう(中編)

 1063年3月上旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ (前話の続き)


「でもね、一番欲しいのは、火薬なの」

 イシドロス、二コラス、ユートキアの新東方三賢者に対し、僕が一番欲しい技術は火薬だと伝えた。


「火薬について何か知っている?」そういって僕は3人の顔を見渡す。


 3人はお互いに顔を見合わした後、技術担当のニコラスが代表して答えた。

「カヤクですか? 残念ながら聞いたことがございません。どのような技術なのでしょう」


「火をつけるとドッカーンって爆発する黒い粉なの。そのような粉のことを聞いた事ないかな?」


 僕は手を胸の前で握りしめた後、腕を素早く大きく広げる。

 これで「ドッカーン」の爆発を伝えようと頑張った。


 なのに、残念。努力は実らず、だめだった。

 イシドロス、ニコラス、ユートキアを順に見回したが、3人とも心当たりはなさそう。


 世界三大発明品の一つである火薬は、9世紀の中国で発明されている。しかし、まだギリシアにも伝わっていないみたい。


「カヤクについて他に何かヒントはございませんか?」

「硝石と木炭。それとあと1つ何かを混ぜたら火薬ができるはずなんだ。でも、そのあと1つが分からないんだよ」


 火薬の材料について、僕の知識はとても、とっても残念な事にあやふやなのだ。

 なにせ、授業の雑談で耳にしただけだから。


 ◇  ◆  ◇


 大学で実習を担当していたヨレヨレ白衣の先生が、いつもの授業と同じく無駄話を披露してくれた。


「肥料から爆弾が作れるんだぞぉ。だけど、おまえら作ったらダメだからな」

「えー、先生、本当ぉ? また与太話じゃないんですか?」

 同級生の男子が、先生にツッコミをいれた。


「ほんとだぞぉ。肥料として使われる硝酸塩と木炭、あと〇〇(まるまる)を混ぜたら、黒色火薬が出来上がる。まぁ、無駄知識だけどな」

「たしかに無駄知識ですねぇ。ところで〇〇(まるまる)って何ですか?」

「それを教えたら、お前ら火薬を作るだろう? 危ないから教えてやらん」


「えー、ここまで言っておいて教えてくれないんですか~?」「ぶーぶー」「せんせぇ、ひっどぉい」


「おーい、静かにしてくれるかぁ。そろそろ授業を始めるぞー」


 余談()楽しい先生だったなぁ、と懐かしく思い出した。


 ちなみに僕が火薬の材料として挙げた硝石は、硝酸塩の一種である硝酸カリウムである。

(化学、難しいね)


 ◇  ◆  ◇


「では、錬金術師に発明してもらえばよろしいのではないでしょうか」

 技術者らしい提案をニコラスがしてくれた。


「そうだねぇ。ギリシアで技術を探すのもお願いするとして、錬金術師の勧誘もお願いするね。ただし、(きん)は作らせないからね」


 錬金術で金を作ることはできない。そんな無駄な事に割く時間はないもの。


 そんな僕にとって当たり前の言葉にニコラスの目がキラーンって輝いた。

「ジャン=ステラ様。 『作らせない』、という事は作る方法がある、という事ですか?」


 錬金術も(たしな)んでいるニコラスが、思いっきり僕の言葉尻に()いついてきた。


(ちがうっ、そういう意味で「作らせない」って言ったわけじゃない)

 そう思っている僕の意思とは無関係に、質問に答えようと口が勝手に動いちゃった。


「うーん、作る方法が無いわけではないのだけど……」


 僕が最後まで言い終わる前に、「おおお!」というどよめきの声がニコラス達から挙がった。

「ジャン=ステラ様は金を作れるのですね!」


(しまったなぁ。作れないと言い切ればよかった)

『水平りーべぼくの船』っていう元素の周期表が脳裏によぎってしまったため、歯切れが悪い言い方になった。


 原子核の陽子数を増減させれば、原子どうしの変換は可能ではある。理論的には中学生理科の範囲だ。


 とはいえ僕の知識では実現不可能だ。だって、どうすればいいのか知らないもん。


 それこそ、「陽子ビーム」を目から照射できる超能力保持者とか、「俺の右手には核種変換のスキルが宿っている!」なんて中二病患者を探した方が手っ取り早そう。


 もちろん、冗談だけどね。

 それでも万が一、ギリシアで中二病患者が見つかったら連れてきて欲しいなぁ。

 前世でもお話の中でしか見たことがなかったから、そんな人と一度会って話をしてみたい。


 それはさておき、ニコラスに回答しなくちゃね。

「ニコラス、残念だけど僕にも金は作れないよ。大量に作れるのは神様だけなの」

 正確には神様ではなく、超新星爆発だけど、人知の及ばない範囲という意味では似たようなものだよね。


 学問分野としては、化学ではなく天文学になっちゃうけど、それも些細なこと。気にしなーい。


「はぁ、そうなのですか。残念に思います」

 ニコラスががっくりと肩を落とした。

 口から魂が出てるんじゃないかというくらい、顔が呆けている。


 金を作れないということは、僕が錬金術を全否定しちゃった事になるのかな。


「そんなに肩を落とさないでね。どうやって金を作るのかは教えられるから」


「か、神の創造の御業(みわざ)をご存じなのですか?」


 ニコラスの次は、イシドロスかーい!

 創造の御業(みわざ)とは、こりゃまた、なんて大げさな。


 って、イシドロスにそう思わせちゃったのは僕のせいかぁ。

 金を作れるのは神様だけと言ったあと、その作り方を知っていると伝えちゃったら、誤解してしまうよね。

 そもそも無から金の創造ではなく、卑金属(ひきんぞく)から金への変換のはずだったのに。言葉って難しいねぇ。


 そんな僕の心のうちを知らないイシドロス、ニコラス、ユートキアは、3名ともキラキラを通り越してギラギラした目で僕を見てくる。

 食い入るような前傾姿勢になったイシドロスの顔が、僕の顔の間近に迫る。

 僕、がぶって食べられちゃわない?って怖くなり、思わず後ろに()()った。


 その瞬間、僕とイシドロスの間に誰かの腕がすっと差し込まれた。

「イシドロス様、ジャン=ステラ様からお離れください」

 長年、僕の護衛を務めてくれているロベルトの鋭く冷たい声がイシドロスに発せられた。


 差し込まれたのは、ロベルトの腕だったのね。

「ロベルト、いつも護衛をありがとう。もう、大丈夫だよ」


 ニコっと笑顔を向けたら、ロベルトは「はっ」と短く返事をして、護衛の定位置である僕の後ろに戻った。

 ロベルトったら相変わらず不愛想だなぁ。


 一方のイシドロスは、しまったとでも言いたげな表情に一瞬で変化したあと、バツ悪げに謝罪の言葉を口にした。

「ジャン=ステラ様、申し訳ございません」


「べつにいいよ。僕は気にしていないから」

 聖職者であるイシドロス達にとって「創造の御業(みわざ)」は刺激の強すぎる言葉だったから、仕方ないっちゃ仕方ない。

「でもね、金を作るのは、創造の御業(みわざ)じゃないよ。創造の御業(みわざ)というならビッグバンじゃないかな」


「ビッグバン、ですか?」

「そう、ビッグバン。この世界は140億年前に作られたんだよ。天地創造だね」


 ある日突然、何もない空間にエネルギーの塊が現れた。そのエネルギーがドカーンと爆発的に大きくなったのが僕たちの宇宙。


 身振り手振りを加えつつ、僕は一生懸命に説明した。しかし、説明すればするほど、イシドロス達の顔色が悪くなっていく。


「ん?どうしたの? 僕、なにか変な事を言った?」

「……」


 僕が声をかけたのに、3人とも押し黙っている。


 ビッグバンにどこか、変な所があったかな。

 あ! 天地創造ってキーワードが原因だね、多分。


 すこしの沈黙の後、イシドロスが恐る恐るといった感じで口を開いた。

「ジャン=ステラ様、最後の審判の時はすぐそこに迫っているのでしょうか?」


 はい? イシドロスさん、今なんと言いました? 

 最後の審判ってあれでしょ。

 全人類に神の裁きが下される世界の終わりの日、だよね。


「ビッグバンは始まりであって、終わりじゃないよ。何か誤解していないかな」

 そう告げても、イシドロスは首を縦に振る。


「ジャン=ステラ様は、火薬が最優先だと仰いました」


 うん、たしかに言った。一番欲しいのは火薬だって。

 でも火薬とビッグバンがどう関係するのかわからない。

「それで?」


 僕の表情をのぞき込んでいるばかりで、口の重いイシドロスに発言の続きを促す。


「いま、天地創造の御業は、ドカーンの爆発だとお聞きしました」

 イシドロスは身振りでドカーンを表現しつつ、話を続ける。


「そして、ジャン=ステラ様はドカーンと爆発する火薬をお求めです。それは、ジャン=ステラ様が火薬を用いて再び天地創造を行うという事ではないのでしょうか。


 そして、天地創造を再び行うという事は、つまり最後の審判が行われ、この世が一度滅んでいるのでしょう。

 ジャン=ステラ様、最後の審判の時は、すぐそこまで近づいているのでしょうか」


「そんな訳あるかーい!」

 ハリセンが手元にあったら、イシドロスの頭を思いっきり(はた)きたい。


 火薬でビッグバンを起こすってそんな無茶な。

 共通点って、僕が言った「どっかーん」だけじゃん。


 どれだけ想像力が(たくま)しいのよ、君たちは!

 バカバカしくて呆れを通り越し、怒りがこみ上げてきちゃったよ。


「そもそも僕は神様じゃないので、ビッグバンなんて起こせません。だから最後の審判の日はまだまだ先です。わかった?!」


 ぜぇぜぇ。一息に叫んだから息がきれちゃった。


「では、最後の審判はいつなのでしょうか? ジャン=ステラ様の預言に含まれてはおりませんか?」

 そう問いかけてきたのは、修道女の服に身を包んだユートキア。


 うーん、いつなのかな? ビッグバンの反対言葉、宇宙の終焉であるビッグクランチは本当に起きるのだろうか。

 しかしビッグクランチとは関係なく、地球の終焉は確実に起きる。

 核融合の燃料である水素を燃やし尽くした太陽は、大きく膨らんで赤色巨星になる。

 とっても大きくなった太陽は地球を飲み込んでしまうのだ。

 それがたしか……


「56億7千万年後だと思うよ、多分」


 ◇  ◆  ◇


ジ:ジャン=ステラ

ア:アデライデ・ディ・トリノ


ジ:お母様はどうして、冷静でいられたのですか?

ア:だって、錬金術って何かわからなかったんだもの

ジ:じゃ、ビッグバンとか天地創造とかは?

ア:理解がついていかなかったのよ。

ジ:どこが難しかったですか?

ア:140億年前って言っていたでしょう?

ジ:ビッグバンはすっごい昔の出来事ですからね

ア:140億ってどれくらい大きい数なの?

ジ:(そこからかーい!)

 錬金術がアラビアから西ヨーロッパにもたらされ、流行したのは13世紀以降のようです。お母様が錬金術を知らないのは当然なのです。


 ギリシアには古代ローマ時代からの記録が残っているので、錬金術も残っていたのでしょう。


 56億7千万年後というのは、弥勒菩薩が人類救済のために現れる年です。太陽が赤色巨星化する50億年後と数字が似ていますよね。


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― 新着の感想 ―
硫黄と炭素の粉末、硝石を混ぜて黒色火薬を作ります。 小学5年の時に授業で化学実験として爆竹を作った思い出が(笑)
[一言] ビッグバンと地球の終焉は対称的なものではないので天と地の創造は分けて説明した方が良いやもですね。 ビッグバンは天の創造でそれから遥かな時を経て地の創造(地球誕生)。 半ばを過ぎた感でがっかり…
[一言] キリスト系神族と仏教系預言者が同じ時期に世界が終わるとか 神が再臨するとか言うのか…
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