心の拠り所
1063年2月下旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ
人生を2回も生きる意味って何だろう?
前世の知識を持っていれば、いろいろとズルができるよね。歴史のおおまかな流れは覚えているし、算数の計算ができるだけでも大天才。
でも、それがどうした、って思っちゃった。それで幸せになれるわけじゃないんだって。
ラッキーなことに僕の転生先は上級貴族の辺境伯家だった。もし平民に生まれていたら、知識チートを使ったとしても、辺境伯に成り上がるのは簡単じゃない。
しかし、その辺境伯の暮らしよりも、前世の一般人の方が遥かにいい暮らしだった。食べ物は美味しいし、トイレも清潔。スマホがあって、音楽や動画、小説といった娯楽がたくさんある。
つまり、中世イタリアでどう頑張ったところで前世の生活水準は上回れないのだ。
「ああ、前世の生活はよかったなぁ。あの頃に戻りたいなぁ」
過去を懐かしみ嘆く老人のような、空しい生活が待っているだけ。
そして、最近僕の耳に届くのは、物騒なうわさ話ばかり。
「ジャン=ステラ様は預言者なのです」
「神の怒りの代弁者として地上に降り立ったのです」
「いやいや、天使なのですぞ」
「もしや堕天使では」
「悪魔に化けたら、この世界の破滅じゃ」
神様関係で崇められたかと思えば、今度は恐怖の対象として恐れられ。
もちろんアデライデお母様は心配してくれているよ。
でも、僕の事を預言者だと信じている事では、うわさしている人たちと同じ。今だって、何かの拍子に僕が悪魔にならないかって心配しているんだろうな。
「僕って本当に人間なのかな?」
小さなつぶやきが部屋の空気に溶けていく。
頭をいくら振っても、脳裏から離れてくれない。心が弱って消えてしまいそう。
そんな中、マティルデお姉ちゃんだけが笑い飛ばしてくれた。
「天使だろうが、悪魔だろうがどっちでもいいわよ」
それどころか、「地獄を一緒に支配してみる? きっとそれはそれで楽しいと思うわ」 だって。
いや〜、ないわ〜。いくら何でもそれはないでしょ、お姉ちゃん。
でも、涙が出た。
気がつくと僕は泣いていた。
嬉しかったのか、それとも緊張が解けてほっとしたのか。
どちらなのかは、僕にもわからない。
それでも、マティルデお姉ちゃんが僕の心を救ってくれた事は、理解できた。
きっと、お姉ちゃんの前でなら、僕は普通の人間でいられるだろう。
一緒に笑って、一緒に怒って。
手を取り合って生きていく。
だから……
お姉ちゃんは誰にも渡さない。