表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/279

戦争までの距離

 1063年1月中旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(9才)


 遠くからお祭り騒ぎのにぎやかな声が聞こえてくる。正午をすぎたので、アルベンガの平民たちにワインがふるまわれているのだろう。


 いいなぁ、僕も祭りの雰囲気を味わいたかった。もちろん今の身分で街中に出ていくなんて型破りなことはできないのはわかっている。


 それでもお母様の執務室にいて、剣呑な雰囲気の騎士たちに囲まれているという現実には、何か違うでしょって文句をいいたい。


 執務室にはお母様と僕の護衛騎士に加え、盾を持った騎士が壁際に控えている。それだけでも物々しいのに、伝令の兵士たちが出たり入ったりを繰り返している。お母様と護衛隊長が何やら相談しつつ、あちこちに指示を飛ばしているのだ。


 ちなみに僕は蚊帳の外。ぽつんと置いていかれてる感じでちょっと寂しいけど仕方ないよね。


「ねえ、お母様。離宮門で揉めたのは騎士2名ですよね。剣を持っているとはいえ、たった2名に対する警戒にしては大袈裟(おおげさ)すぎませんか?」


 昨日、クリュニー修道院の護衛騎士と一悶着(ひともんちゃく)があった。2人が武装したまま離宮に入ろうとしたのだ。


「たしかに離宮内にいる護衛は2名だけですよ。しかし、クリュニー修道院一行はアルベンガまで船2(そう)に乗ってきたのです。オールの漕ぎ手まで入れたら100名近くの兵士がアルベンガに来ているのです。それでも大袈裟だと思いますか?」


「ひゃ、100人! どうしてそんなに大人数なのです?」

「船2(そう)なら漕ぎ手だけで60人でしょ。雑用夫も含めたら100名といっても驚くほど多いわけではないのよ」


 地中海で使われている船はガレー船。人の力でオールを漕いで進む、言ってしまえばとても大きな手漕ぎボート。大きなガレー船だと漕ぎ手だけで100名にもなるらしい。蒸気機関がない時代は何でも人力頼りだから大変だよね。


「それでも、アルベンガに来るだけなら、船は1(そう)でもいいはずですよね。どうして2(そう)なんでしょうか?」


 アルベンガは地中海に面しているから船で来るのはわかる。しかし、2(そう)に分けてくる必要性がわからない。


「そんなの私にもわからないわ。でも、理由はどうでもいいの。万が一の事を考えて今、軍の手配をしているのよ」

「万が一って?」

「それは決まっているわ。戦争よ」

「せ、せんそう! そんなに簡単に戦争を始めちゃっていいの?」

「始めたくて始めるわけじゃないわ。でも、相手が戦争を仕掛けてくるなら仕方ないじゃない」


 確かに、相手が戦争を仕掛けてきたら、こちらだって応戦するしかない。

 え、「話せばわかる?」そんなわけないじゃない。蹂躙して殺されるのがオチでしょう。


 それでも、こんな簡単に戦争って始まるものなの? 

 日常の延長線上に戦争があるのかと、唖然(あぜん)としていたら、お母様がぎゅっと抱きしめてくれた。


「怖がらなくても大丈夫ですよ、ジャン=ステラ。軍を手配するのも万が一のためです。それにクリュニー修道院の方が兵力に劣っているのです。警戒されているのが分かれば、(ほこ)を振り上げることもないでしょう」


 つまり、警戒している事を見せれば、それが抑止力になるという事らしい。

 ただしそれは、「戦争する覚悟がなければ、戦争を防ぐことはできない」ということでもある。


 前世の日本は平和だったんだなぁ、と思わずにはいられない。



 ◇  ◆  ◇


「アデライデ様、ジャン=ステラ様。準備が整いました。会場にお越しください」


 執事の誘導に従い、お母様と僕は執務室を後にする。


 宴会場へと続く廊下で、硬い表情のお母様と事務的な話をする。


「ねえ、ジャン=ステラ。言い忘れていましたが、今日の主賓はクリュニー修道院・副院長のスタルタスで、副賓(ふくひん)がイルデブラント様になります」

「あれ? 主賓は修道院長ではないのですね」

「修道院長のユーグ・ド・クリュニー様は、スペインのカスティーリャ王国に行っているそうよ」


 大宴会への招待状を出したのが1か月ちょっと前だったから、修道院長ユーグの都合が付かなかったらしい。そこで、副院長のスタルタスが代理としてアルベンガに来たようだ。


「あとは、そうね。テーブルの下に護衛がいるけど、驚かないでね。決して、テーブル下をきょろきょろと(のぞ)き込んだりしないのよ」

「はい、わかりました」


 真剣なまなざしのお母様にあわせ、僕もコクコクと真面目にうなずく。


 あーあ。せっかく美味しい料理が並んでいる宴会だというのに、楽しめるような雰囲気ではなくなっちゃったよ。がっくし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ≫警戒している事を見せれば、それが抑止力になるという事らしい。  ただしそれは、「戦争する覚悟がなければ、戦争を防ぐことはできない」ということでもある。  真理ですよね。相手国にうまみが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ