マヨネーズ(召喚:白い悪魔)
1062年12月下旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(8才)
一年最後のイベントであるクリスマスも終わった。一週間後はもう新年を迎えている。そんな年の瀬でも、地中海に面するアルベンガはトリノと違って暖かい。
トリノではいつもホワイトクリスマスだったのに、ここアルベンガでは雪がほとんど降らないみたい。雪がないクリスマスはちょっと寂しいけど、今年のクリスマスは一味違った。文字通り一味違った。
なぜなら鳥のから揚げがクリスマスの晩餐に出たんだよ〜
赤ワインに一晩漬け込んで柔らかくした鳥肉にたっぷりのニンニクをすり込む。小麦粉をつけ、オリーブオイルでからっと揚げたらサクサクから揚げのできあがり!
「お母様、美味しいね♪」
「ええ、出来上がりのから揚げを噛むと、熱々の肉汁がお口に広がって幸せよね」
から揚げを頬張るお母様は、ほっぺたがとろけそうな笑顔だった。口元がほころび、目が輝いていた。一口食べるたび、満足そうにうなずき幸せそうに笑っていた。きっと僕も同じような表情をしていただろう。
美味しい料理は人を幸せにする力を持っているよね。
だから、ここはやはり、美食の道をもう一歩進めたいところ。
「から揚げにはレモンも合うけど、やっぱりマヨネーズをつけて食べたいよね」
から揚げにマヨネーズをつけると油っぽさが和らぎ、まろやかなコクが加わる。お腹いっぱいになるまでお箸が止まらない美味しさだよね。
まさに「マヨネーズ最高!」って叫びたい。
じゃがマヨコーンピザにも必要なので、いつかは作らないといけないのだ。早いか遅いかなら、早い方がいいよね。
マヨネーズ作りのボトルネックは卵の殻についた大量のサルモネラ菌。サルモネラ菌をアルコールで殺菌すれば安全なマヨネーズを作れるのだ。そして、蒸留ワインが作れるなら、きっと度数70%を超えるアルコールだって作れるはず。
思い立ったが吉日との言に従い、ギリシアから来た修道士のイシドロス司教を呼び出した。もちろん目的は消毒用の高濃度アルコールを開発してもらうことである。
「ジャン=ステラ様、アデライデ様、お呼びに従い参上いたしました」
執務室に入ってきたイシドロスは、お母様と僕に挨拶をして、丁寧なお辞儀をした。そしてイシドロスの後ろで、白髪頭のマクシモス爺さんも一緒にお辞儀をしている。
マクシモス爺さんは、イシドロスと一緒にギリシアからやってきた修道士の一人で、ギリシアで磁石について研究していた。なんというか、研究バカって感じで、磁石のことになると話が終わらない困ったちゃんなのだ。でも、そのお陰で方位磁針の開発が順調にすすんだのは間違いない。そして、方位磁針の開発が一段落したいまは、虫眼鏡の開発に取り組んでくれている。
「急に呼び出したのに、すぐに来てくれてありがとう」
「もったいないお言葉をありがとうございます。このイシドロス、ジャン=ステラ様のお役に立てるよう、常日頃から準備しております。お呼びいただけるだけで、無常の喜びを感じておりますので、いつでもご用命ください」
「あ〜…… うん。ありがとう」
うわぁ、相変わらずイシドロスは真面目だなぁ。というか僕に対する期待が重い、重過ぎる。僕が預言者であることに人生かけちゃってるから仕方ないことだけど、ちょっとは期待される身にもなってほしいよね。ふぅ。
「事前に伝えておいたけど、蒸留ワインをもう何回か蒸留してほしいの。蒸留するたびにお酒の成分、アルコールって言うんだけど、それが濃くなるんだよ。僕はその濃いアルコールが欲しいのです」
僕の説明をイシドロスは、ゆっくりと噛み締めるように聞いていた。そのあと自信に満ちた笑顔を浮かべ、ハキハキと回答してくれた。
「ご用命承りました。実は、事前にお伝えいただきましたので、何度も蒸留したワインを持って参りました」
「えっ、もうアルコールを作ってきたの? 驚きの速さなんですけど!」
「はい、先ほども申しました通り、我々修道士一同はジャン=ステラ様のご要望に応えるべく、常に準備しているのです。マキシモス、ビンをジャン=ステラ様に渡してくれたまえ」
「はい、イシドロス様、承知いたしました」
おぉ、イシドロス以下修道院の皆さんの働きがすごいよっ。びっくりだよ。有言実行とはこのことかってくらい驚いた。さっきは期待が重いなんって思ってごめんね。
マクシモス爺さんは、手に持っていたガラスビンをお母様の執事に手渡した。そして執事が安全を確認した後、執務室の机にそっと置いた。
「どれどれ〜」
アルコールの入ったビンのふたをとり、匂いをかいだ。
「きっつうぅぅ」
鼻がツーンとする刺激臭に思わず顔をしかめてしまった。
「ジャン=ステラ様! 大丈夫ですか?」
「ごめんごめん、直接匂いを嗅いじゃだめだよね」
アルコールみたいな薬品の匂いを直接匂いを嗅いじゃだめだよね。たしか薬品ビンの口を手でパタパタあおいで匂いを嗅げって理科実験で習ったっけ。いけない、いけない。忘れてたよ。
それはともかく、これだけ強い刺激臭なら合格だよ! 消毒用アルコールに必要な度数70%は十分超えている。僕は興奮気味にイシドロスとマキシモスに語りかけた。
「イシドロス、マクシモス、ありがとう! 僕が欲しかったのはまさにこれだったんだよ。これでマヨネーズが作れるよ」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
イシドロスが代表して返答し、二人とも片膝をついて僕に敬意を表してくれた。
そんな2人をよそ目に、僕の隣で話を静かに聞いていたお母様が僕に声をかけてきた。
「ねえ、ジャン=ステラ。マヨネーズってなに?」
「野菜がとっても美味しくなる魅惑の調味料なんですよ。パンに塗っても美味しいから、きっとお母様も気に入りますよ」
「まあ、唐揚げに続き、あたらしい料理が増えるのね」
ほくほく顔でお母様が喜んでくれる。お母様って意外と食いしん坊だったのね。
そういえば、
「油っぽい唐揚げには、スーザ産の白ワインが合うわね」
とか言って、唐揚げをばくばく食べていたっけ。
お母様とのマヨネーズ談義が一段落ついた頃、イシドロスがおずおずと話を切り出してきた。
「ジャン=ステラ様、この高濃度アルコールはたくさんご入用でしょうか?」
「うーん、飲むわけじゃないから、それほどの量はいらないよ。そうだね、ビンに2、3本あればいいかな」
僕が大量にいらないと言うと、イシドロスがほっと胸を撫で下ろし、あからさまに安心したのが見てとれた。
「少量だと聞き、安堵いたしました」
「どうして少量だと安心するの? もしかして高濃度アルコールを作るってとっても大変だった?」
「いえ、そういうわけではございません。蒸留ワインを大量に作っているため、蒸留自体はもう慣れております」
高濃度アルコールを作るためには、大量のワインが必要となることを説明してくれる。ビン1本の高濃度アルコールを作るため、ワインが10本必要らしい。
「10本くらいなら大丈夫だよ。ワインのアルコールだけを濃縮するんだから、そのくらい仕方ないよ」
「しかし、ジャン=ステラ様、アデライデ様にお出しするものとなると別なのです」
イシドロスは首を横にふりつつ説明してくれた。高濃度アルコールを作るために使ったワインは、お母様がいつも飲んでいるワインだった。お母様は上級貴族だから、当然飲むワインの値段も希少性もとっても高いものとなる。こんなワインで高濃度アルコールを作っていたら、すぐに在庫が切れてしまうのだとか。
「あちゃぁ」
思わず僕は天を仰ぎ見てしまった。
蒸留ワインを作るなら、高級なワインを蒸留するのは当然のこと。美味しい濃縮ワインを作るために、ぶどうの搾りかすから無理やり作った平民用ワインを使うわけがない。
でも、高濃度アルコールを作るのなら話は別だ。飲むわけではないので、アルコール分があれば安物のワインでも高級ワインでも同じこと。事前に言っておかなかった僕が悪かった。
お母様にもお小言をもらっちゃっいました。
「ジャン=ステラ、いくら美味しい料理のためとはいえ、私の飲むワインが無くなるのは困るのよ」
「お母様、ごめんなさい。イシドロス、こんどから高濃度アルコールを作る時には、平民用のワインを使ってね」
しかし、とイシドロスは困惑しつつ、僕に反論してくる。
「本当に平民用ワインから作ってよろしいのですか。ジャン=ステラ様やアデライデ様にお出しするのですよ」
「いいの、いいの。お母様や僕が飲むわけではなく、卵の殻の殺菌に使うだけだから」
「はぁ、まあ。お飲みになられないのならよろしいのですが……」
イシドロスが今度は考え込むようなそぶりを見せる。困惑したり考え込んだりと、イシドロスは大忙しだねぇ。
「いやいや、イシドロスさんや。殺菌に使えるようなアルコールをお母様や僕が飲むわけないでしょ? 」
「いえいえ、口を濁したのは、『飲む』ではなく、『サッキン』という言葉なのです。卵の殻のサッキンとは何を指すのか考えておりました。やはり、預言に出てくる言葉なのでしょうか」
◇ ◆ ◇
召喚:白い悪魔
ジ:ジャン=ステラ
ア:アデライデ・ディ・トリノ
ジ:マヨネーズの別名を知っていますか?
ア:マヨネーズを見たこともないのに知っているわけないでしょ
ジ:白い悪魔って呼ばれているんでしょ
ア:あ、悪魔! 神と対立しているあの悪魔ですか?(ぶるぶる)
ジ:いえ、そうではなく……
ア:ジャン=ステラ、悪魔召喚に手を染めてしまったのですか!
ジ:いえ、違いますって。
ア:ああ、なんということを……
ジ:おーい。戻ってきて〜
ア:今からでも遅くありません。マヨネーズの召喚を止めるのです!
ジ:ちがいます!悪魔じゃありません
ア:じゃあ、なんなの?
ジ:マヨネーズを食べ過ぎるとすぐ太っちゃうんです
ア:貪欲は悪ってことですか?
ジ:そう。食に貪欲になっちゃうから、別名白い悪魔なんですよ(ゼエゼエ)
ヨーロッパは寒すぎて生姜が育たないので、ニンニクを使いました。
生姜がないからしょうがない。
追記:
皆様にとって、ニンニクを入れた唐揚げが普通なのでしょうか?
私の実家では、ニンニクではなく生姜を使っていました
生姜の代わりにニンニクを使っているとばかり……
私、吸血鬼の家系なのかもしれません