クリスマスソング
1062年12月中旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(8才)
執務室でお母様と書類を整理していたら、外から讃美歌の歌声が聞こえてきた。
「そろそろクリスマスね」
お母様が机の上の羊皮紙から窓の方へと視線を向けた。
来週まで迫ったクリスマスに備え、離宮にある礼拝堂で修道士、修道女たちが礼拝の準備をしているのだろう。
僕はお母様と一緒に耳をすまし、しばらくの間、グレゴリオ聖歌のメロディーに身をゆだねた。
~ グローリア・イン・エクセルシス・デーオ(神に栄光あれ)~
グレゴリオ聖歌とは、男声と女声が同じメロディーを一緒に歌う無伴奏の讃美歌である。人の声だけで紡ぐ単旋律が教会の壁で反響し、荘厳な雰囲気を醸し出すのだ。
しかし悲しいかな、僕にとっては、リズムがゆっくりで退屈な歌でしかない。クラシック音楽の素養があったら楽しめたかもしれないけどね。
曲が途切れた時、お母様にぼやいてみた。
「どうせなら、鼻が赤いトナカイさんが活躍する曲を歌ってくれたらよかったのに」
「たしか、ジャン=ステラが修道院で披露した曲だったかしら。歌詞が斬新すぎてイシドロス達が目をまわしていたじゃない。クリスマスの讃美歌としてはちょっと無理じゃないかしら」
たしかに鼻を光らせて空をとぶトナカイさんの歌は不評だった。歌詞が理解不能とばかりに、イシドロスに鬼詰めされた記憶が蘇ってきた。
◇ ◆ ◇
「ジャン=ステラ様、もしかしてトナカイは空を飛べるのですか?」
「うーん、飛べないと思うよ」
「では、鼻が赤く光るというのは、本当なのでしょうか」
「光らないと思うよ」
「では、なぜ鼻が光って空を飛ぶという歌詞なのでしょうか」
「さぁ、なんでだろう」
「もしや、神が何かの啓示をお与えになったのでしょうか」
「うーん、違うと思うけど……」
「ジャン=ステラ様、神から預けられた歌詞をそのように軽々しく否定されてもよろしいのでしょうか。このイシドロス、この預言の歌を、どう扱えばよいものか、困惑するばかりでございます」
「そんな事をイシドロスに言われても、僕だってどうすればいいかわからないんだよー(もう勘弁して~)」
◇ ◆ ◇
歌詞がファンタジーでもいいじゃない? パトカーの赤色灯みたいに鼻が光るトナカイが空を飛びかう世界線だってもしかしたらあるかもしれないもの。
しかし、ここの人たちに受け入れて貰えないなら仕方ない。ファンタジーが理解できないなら、この現実に合った歌詞に変えちゃうのはどうだろう? なかなかいいアイデアじゃない?
「では、お母様。歌詞が理解不能でも、旋律は大丈夫だったのですよね。じゃあ、替え歌を作ってもいいですか?」
「預言の歌を、替え歌にする? ジャン=ステラ、いったい全体何を考えているのですか? 預言の改竄ではありませんか。そのような恐ろしい事をよく思いつきますね」
お母様が、怖いものをみるような目で僕を凝視してくる。そうでしたね、お母様も敬虔なキリスト教徒ですものね。しかし、そんな目で見られるのは残念なのです。
それでも、最近は預言に慣れてきたのか、「残念」程度で収まっている。
ーーつまり、僕もこの世界にだいぶん馴染んできたんじゃないかな
と、前向きに思っておくことにする。
「わっ、わかりましたからそんな目で僕を見ないでくださいよ~。僕、悲しいですっ」
下を向き、ウソ泣きしたらお母様が慌てて僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ジャン=ステラ。ごめんなさい。あなたを傷つける気持ちはなかったのですよ」
お母様の体温が僕の心も温めてくれた。
「お母様だーいすき!」
それはさておき、今度から歌を披露する時は、歌詞をちゃーんと吟味しなくっちゃ。
◇ ◆ ◇
マライア=キャリーのクリスマスソング小話
ジ:ジャン=ステラ
ア:アデライデ・ディ・トリノ
ジ:クリスマスソングをもう一曲いかが?
ア:どんな曲かしら?
ジ:クリスマスに欲しいのは貴方だけ(All I want for Chirstmas is You)
ア:あら、素敵な歌詞ね
ジ:でしょ? 素敵な恋歌ですよね~
ア:恋歌? 神の復活を渇望する讃美歌じゃないの?
ジ:え、どうしてそうなるの?
ア:クリスマスの曲だから、Youはイエス様以外、考えられないじゃない。
ジ:「You=神以外に必要なものは何もなし」なのですね……
ア:でしょ、これ以上ない讃美歌だわ!
「天使にラブソングを」も捨てがたかったのですが、描写ができず挫折しました。
中世で聖歌をラップで歌ったらどんな反応が返ってくるのか、想像するのも楽しいです
イルデブラントは、大口をあけてポッカーンとしちゃう。
マティルデお姉ちゃんは、ジャン=ステラちゃんと一緒にノリノリで歌ってくれるかな?