009.孤児院リフォーム 4
結局、孤児院のリフォームは2日かかって終わった。1日目の午後は例の土木屋のおっちゃんがムキムキの弟子数名を連れて登場。大部分の床の張り替えと窓枠を替えたりしていってくれた。その次の日は、俺一人で残った細かいところを仕上げて完成となった。まさかあれだけあった資材を2日で使いきると思わなかったシスター・メリッサをはじめとした数人のシスターはあんぐりと口を開けていたが、逆にそれほど傷んでいたのかとも思ったようで「みんなにもうちょっと丁寧に施設を使うように言っておきます」と言っていた。
これにてリフォームは一件落着のわけだが、俺はシスター・メリッサたちに何かもうちょっとしてあげられないかと思っていた。自分がまだ孤児院にいたころ、つまりは13年以上前から働いているし、それだけ年もとって色々と不便なことも出てきているだろう。特に掃き掃除とかも少し辛くなってきたと言っていたし。せめてそこだけでもなんとかできないものか。
まだほとんど恩返しらしいことも、ほぼ親のような彼女たちに親孝行もできていない。それからというもの、俺は工房に籠って色々試行錯誤をすることになった。
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さらにそれから1週間が経過した。結局、何か作ろうと思ってもなかなかいい案が浮かばずじまいで計画はとん挫していた。ちなみに今日は日曜日。唯一の定期休業日である日でもセレスは元気に「エレンさんのところを手伝ってきます」といい家から飛び出していった。相変わらず若さゆえの元気が溢れているらしい。
しばらくベッドの上で何か案を考えてみても何も思いつかなかったので、俺は再び資材市へ。金属でもなんでもいいからと思い片っ端から見ていくも特にいいものはなく、最終的に仕事で使う合金製の手打ちハンマーを購入しただけ。
「そうだな……確か今日はギルドの周辺で雑貨市がやってなかったか?」
ギルド前の雑貨市と言えば、安価で変わり種だが痒い所に手が届くといったようなものが多数売られている、月に1回の定期市だ。どこに行けば、何か面白いものがあるんじゃないかと考え、また買物途中の客を狙った屋台の戦略に引っ掛かってしまい購入した串焼きを食べながらギルド方面に歩を進めることに。
関係ないが、この串焼きはなかなかうまい。確かこれも東洋の島国から伝わった”テリヤキ”だそうだ。なんだか最近この地域は東洋のものをよく吸い込んでくる傾向にあるらしい。
資材市とギルドまでは徒歩5分程度と立地が良く、手前の通りからすでに雑貨市が始まっていた。
スプーンの先端をフォークにしたもの、長ネギを縦に削ることができる”ネギカッター”なるもの、見た目がいい小物入れから木工用品までいろんなものが揃っている。こういうのが好きなセレスを連れて来たら、ここを片っ端から見て数時間は動かなかっただろう。
そんなことを思いながら俺も細かく見て回ってみたが、特にめぼしいものはなかった。ただ、細かいところまで届きそうな小さいサイズのほうきだったり、帳簿をしまうにはちょうどいいサイズの木の物入れがあったのでそれも購入。一気に持ち物が多くなってしまった。
「う~ん……いいのはあるけど使えそうなものっていうとないんだよなぁ……」
なんかこう、ビビッとくるものを探しているのだが、それが見つからない。最後のアテはギルドだ。王都のギルドだけあって奇人変人が揃っているここであれば何かしらいいものが見つかるんじゃないか。この前だって酒瓶に導火線つけて火をつけて投げる投擲武器を思いついた奴がいるくらいだ。
そんなわけでギルドの扉を開けて中に入ると、この前魔石の値引き交渉をした職員がこっちを見るなり怯えるように後ろに引っ込んで行った。今日はもう魔石の取引をする気はないんだけど。
別に冒険者ではないので依頼の張り紙が張ってあるブースは素通りして併設されている酒場の方面へ。正直雑貨市でいいものがなかった時点でやけくそ状態だったので、適当なカウンターの席に座ると店員にカクテルを注文。後ろのテーブル席で豪快にジョッキに注がれたビールを飲んでもいいが、今日はここで酔いつぶれることはできない。
「お、ジョンじゃないか」
「ん?」
店員がカクテルを持ってくる間、ボーっとしていたら横合いから声をかけられた。特にギルドで合うような知り合いはいないのでそっちに軽く視線を向ければ、王国警備局の制服を着て、腰のベルトに剣をさした金髪が立っていた。なるほど、声でわかるべきだった。
「久しぶりだな、アレス」
「ああ。まさか君がここにいるとは思わなかった」
「そりゃこっちのセリフだ」
「いや、こちらも少し色々あってね。あ、君たちはここで解散でいいぞ。僕はこの人と少し飲んでいくからね」
目の前にいたのはアレスという同じ孤児院出身の王国警備兵。なんとなんと王国警備の花形である北事務局の局長さんである。
そんな彼は後ろに3人の部下を引き連れていた彼はそう部下に宣言すると、俺の隣に座ってジョッキでビールを店員に頼んでいた。おいおい、一事務局長がそんなことしていいのかよ。
「いいんだ、僕は非番にいきなり呼び出されたんだから」
「なんで事務局長が呼び出されるんだよ……」
「まあ、それも込々でここに用事があったのさ。というか、何年ぶりだい? こうして会うのは」
「ん、エレンの結婚式の時じゃねーか?」
ようやく持ってこられたカクテルを口に運びながら、久しぶりに会ったアレスと近況報告を始めることに。同じ孤児院出身の同い年の中で唯一王国の入隊訓練を受けて、出世したアレスは最近仕事と見合い話に忙しいらしい。そりゃそうだ、それだけの地位となると貴族様方からの「ぜひ、うちの娘を嫁に!」ムーブが多発するだろう。
「んで、どうしてここにいんだ?」
「ああ。まあ身内の君には言ってもいいだろう。実はここのギルドが売り出している”吸引”の魔法陣を使ったお貴族様が、魔法の効果で引き寄せられた棚にぶつかりけがをしてね。それで「不良品だ!」って騒いで来たんだよ。だから、事情聴取と調査、さ。まったく、困ったもんだね」
「なるほど、そりゃお疲れさまだな」
「うん、その彼は警備局のお偉いさん方にもある程度顔がきく人だったからってい理由で非番なのに呼び出されたんだ」
ふむ……そもそも魔法の”吸引”は敵やモノを引き寄せることを目的とした魔法だ。そんなものを室内でやったらもちろん家具が引き寄せられるに決まっている。それは不良品じゃなくてれっきとした通常の品だし。なんなら使い方の用途が同封されてただろうに。
……いや、待てよ。もしかしたらその”吸引”の魔法陣、引き寄せるのはモノや魔物だけじゃない。ゴミとかも引き寄せてくれるはずだ。それをうまく使えば、シスター・メリッサたちが楽に掃除できる道具を作れるんじゃないか……?
「それだ!」
「……なんのことだい?」
「いや、こっちの話さ! マスター、ジョッキでビールくれ!」
ようやく足りないピースが揃ったくらいに爽快な気持ちになった俺は、すぐに店員にビールを注文。そのあとは純粋にアレスと飲むことを楽しんで……
「おい、おまうぇぇ」
「あ、はい。なんで……ひいっ!?」
「ませーき、2インチ、の。だせ」
「はい、ただいまああああ!!!」
帰りに小型の魔石を購入していった。
〇 〇 〇
さらにそこから3日後。俺は孤児院に開発した掃除用具を持っていった。長方形の箱のようなものからは管が伸びており、それは台車のような車輪のついた箱に続いている。俺はこれを”掃除機”と名付けた。
「えーっと、これはどう動かすのですか?」
「ええ。ここにスイッチがありますでしょ? ここを押すと”吸引”の魔法陣が発動して地面のゴミとかを吸い取っていってくれます。そのゴミは後ろの車輪がついた箱に収納されますので、ある程度量がたまったら、その箱を開けて中のゴミを捨ててください」
「なるほど、それは便利ね」
持ちては長めにして、シスターたちがなるべくかがまずに掃除ができるようにした掃除機はお披露目の時点でシスターたちに好評だった。車輪をつけたし、そんなに重くないので持ち運びも便利だ。これで、ある程度この問題は解決できたと思う。
ちなみにこの後、風の噂で掃除機のことを知った人々がうちに押しかけてきたのはまた別のお話である。
明日は私用(配信の手伝い)があるため更新はできなさそうです。月曜日に2話更新しますから許してくだされ( ;∀;)