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006.孤児院リフォーム 1

「何度も私は言っております。あなたの前にバステト様がいらっしゃったということはそれがあなたの運命ということだと」

「だーかーら! 俺はニートになりたいの! 人生疲れたんだって! それを神様に仕事押し付けられちゃしんどいっつってんの!」

「むしろそのような天命を全うしない者にならぬためにバステト様はあなたに手を差し伸べられたのです」


 商業区にあるシストラム教の教会に俺ことジョン・スミスは殴り込みに来ていた。もちろん何でも屋でもないのにうちに来る郵便配達の依頼の宛先がここになっていたのもあるが、とりあえず知り合いである神父のエーギルに言って、あのクソ女神を呼び出そうとしたのだ。あの神様の依頼書のせいで突如俺の鍛冶屋は何でも屋へと早変わり。なぜかこうやって郵便配達なんてやってるし「金ははずむ」とか言ってこの街ではそこそこ有名な冒険者パーティーが鎧と武器の修繕を依頼してくるほどだ。従業員のセレスは編み物とか木の枝で作るバッグとかを作って売ってるし危ないから窯には近づけてない。結局、本業である鍛冶をできるのは俺一人しかいないから忙しのなんの……!


「わかるかエーギル!? 俺は土曜日がない! 休みは1週間に1回だぞ!?」

「それはあなたが今までまともに働いてこなかったからでしょう。その業を今すぐに悔い改めなさい。そうすればバステト様のご加護が……」

「クソ、話になんねぇ!」

「ああ、それと。近々孤児院の修理を頼みにまいりますのでその時はよろしくお願いしますよ」


 ちくしょう、なんで殴り込みに行ったらにっくき依頼の宣言をされなければならぬ! なぜ俺はこうも仕事に追われなければならないんだ! ってかなんで俺は鍛冶屋なのに配達なんてしてんの!?

 どれもこれもギルドから割り振られた仕事だからしょうがないが……。


 とりあえず俺は教会に何が書いてあるかわからない書状なり手紙なりを数件届けてその場を後にする。そして工房に帰ればまた防具や武器の制作と修繕。あんまり便利な魔法は覚えてないから一個の武器を作るのに1時間くらいかかる。一度始めたら基本的には終われないから憂鬱だ。


「はぁ……」


 ため息を吐くと幸せが逃げるなんて言うがとっくのとうに俺の幸せはあのクソ女神のせいで逃げてったと思いながら自分の家への道をまた歩き始めた。


  〇 〇 〇


 それから数日後。少し暑い気温の中、俺は商業苦ではなく居住区にやってきていた。あのエーギルが言った通りあれからうちの店に孤児院のリフォームという名目で依頼がやってきたのだ。しかも持ってるわけもない額の報酬を提示して、だ。


「いったい何を考えているんだ……」


 戦災孤児で孤児院出身の俺は今から行く孤児院の出。つまり実家に帰るのと同義なのだが、こうも呆れるようなことをしていると経営が心配になる。言ってくれりゃあ無料で修理してもなんも文句はないんだけどな。面倒くさいけど。


 いかにも下町という雰囲気の通りを抜けてさらに路地を曲がったところにあるレンガ造りの大きな建物。一見王国の刑務所のようなものに見えなくもないそこは大きめの塀で囲まれており、、門には教会付属の孤児院であると看板が書き込まれている。


 まさにここが、俺がかつて住んでいた孤児院の”シストラム教会付属バルドル孤児院”だ。13年前の事件で移転した先がここなわけだが……さすがに築25年だと、色々傷んできているのだろう。


「よっし、行きますか」


 手土産に近くの市場で買った果物と貝柱串を持って孤児院の敷地内へ。ここにいる孤児たちは売り子などをしている年長組以外は外で遊んでいるだろう。戻ってきたらリフォームもやりにくいしさっさと済ませたいところだ。


 玄関のドアを開け、靴を脱いでからシスターたちがいるところを目指す。修理器具と手土産で両手がふさがる中、2階の奥の部屋へ直行して2回ノック。さすれば独特な修道服を来たおばちゃんシスターが現れる。よく見知った彼女のどこか疲れ切っているような感じがする……やはり何かあったようだ。


「シスター・メリッサ。お久しぶりです」

「ええ、ジョン君。しばらく見ないうちにまた大きくなりましたね」

「やめてください。もう俺は大人だ」

「こうしてかつていた子がここに戻ってくることは滅多にないのですから、たまにはそういう文句の一言二言くらい言わせてください」


 ぐっ……そこを突かれると痛い。確かにその通りだ。仕方ない、甘んじて受け入れることにしよう。そのまま俺は応接間に通してもらったのだが……なぜか観葉植物の鉢やソファがいいものになっているではないか。お世辞にもこの孤児院はこんないいものを揃えれるほど裕福じゃないはずだ。最近は信者の暴動事件のせいでまた肩身が狭くなったはずなのに。


「さあ、お待たせしましたね。お茶をどうぞ」

「あ、ああ。ありがとうございます」

「今、お茶菓子も持ってきますからね」


 まるで家に来た孫を甘やかすかのようにシスター・メリッサはお茶を持ってきたりお茶菓子を獲りに部屋を出たりと忙しい。しかし、やっぱり茶器もいいものに変わっている。こんなものまず庶民が持てるようなものじゃあないぞ。どこにこんなものを買えるだけのものが……。


 なんて思いながらお茶を一口飲むと、自分のお茶と菓子を持ってきたシスターが向かい側のソファに腰を掛ける。ここは思い切って聞いてみた方がよさそうだ。


「シスター・メリッサ。久しぶりに来たからあれだけど、やけに備品がいいものになってません?」

「……やはり気づかれましたか。流石にこれは商業区に住む鍛冶屋のあなたには一切耳に入らないことでしょうが」

「あの信者の暴動事件とはまた別なんですか」

「ええ。ほぼ関係性はありません。というよりは、これは国のお偉いさん方のお話です」


 そうして30分強にわたって気化された話はこうだった。


 王国の国教になっているシストラム教の総本山は聖公国の首都パレチナにある、13年前の”あの事件”があった王国としてはできるだけそこの再発防止に努め、さらに優遇しているということをアピールしたい。しかし、王国の一部貴族に多く見られる選民思想が邪魔となっている。そこで教会にいい顔を向けたい有力貴族が彼らを買収してよりいい備品を買うための資金を出させたそうだ。


「そして、王都内の孤児院や教会は、その区画にある貴族の屋敷の管轄であることはわかりますね?」

「ええ。ここだとアフォデス家でしたっけ」

「そうです。しかし、あそこは特に選民思想が根付いているのですが……彼らは元々寄り親と寄り子の関係。その有力貴族の意見に”ノー”は言えずここにもその資金を恵んでくれましたが、やはり表面上だけでここへのあたりは強く、一度門の前で彼の部下と思しき人物がここの孤児を誘拐しようとしたこともあるのです」


 そして、今回のリフォームもその貴族が出してるとか。だからあんなに報酬の金額がよかったわけだ。

 つまるところ、今はその有力貴族が抑えてくれているが、裏では完全にここを潰そうとしているわけか。なんとも聞き心地が悪くなる話だ。話を聞く限り、こちらからその貴族にチクったりするのは得策じゃあない。逆上してまたあの悲劇が繰り返される可能性が高い。

 それに、かつて懇意にしてくれていた貴族の当主はすでに隠居したし、一鍛冶屋がそんなものを発言できるわけがない。


 また一つ、目の上のたんこぶとまでは言わないが、困ったことができてしましった。

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