005.スローライフの落とし物 4
エレンのところのコンロと窯を直した翌日。俺は再びギルドに行って製氷の魔法陣やら風魔法の魔法陣なんかを買い、工場に引きこもった。もちろんセレスが投げてくる仕事は全て最速で終わらせて昨日思いついた”冷蔵庫”のイメージを忘れないうちに設計図を書いてから、どんどんと骨組みを作り始める。
だいたい高さは2mあるかないか、横幅も1m弱、縦に3~4つのスペースを作り、1つ目のスペースには2つくらい台を設置して収納できる場所を増やしておく。そして各部屋に通気口を開けてから後ろの部に製氷、風魔法、そして氷の初級魔法の魔法陣を設置し、全てを回廊と呼ばれる魔力を通すための配線を設置していき、最後に適当な魔石をセットすれば……。
「よし、これで”冷蔵庫”の完成じゃないか?」
枠組みとかはすべて木で、頭の中に浮かんだとおりに3つほどの部屋を作って野菜と肉類でわけて管理できるようにした冷蔵庫。これを一度家の中に運び込み正常に動くかどうかを確認してみた。
が、しかし……開始数時間で明らかに木の質が悪くなってきた。おそらくだが冷蔵庫の中で冷風を循環させているせいで木が痛んできたんだろう。このまま使った場合、たった2,3日で木が脆くなって崩壊するんじゃなかろうか。
「とりあえず外すか」
「ご主人様、なんですかそれ」
「ん? ああ、冷蔵庫つってな。これで安定して食材を補完できるようにする装置を作ってみたんだが……木箱だとすぐに木が痛むみたいでな」
「なるほど……」
あまりよくわからないという顔をするセレスは少し考えこむようなしぐさを見せてから何かを思い出したように手をポンとして家の裏にあるモノ置き場に向かって行った。あいつはかなり頭がいいから何かを思いついたんだろうと思いながら待ってみると、1年くらい前に買った鉄のサンプルキューブを持ってきた。
「この素材を使うのはどうでしょうか」
「これって1年くらい前に買ったやつだよな。結局使わなかったけど」
「はい。ですが、この合金は水を弾くという特性があり、実験では1年以上水の中に漬けていても一切サビなかったといいます」
なるほど……確かにこの素材なら数年単位で冷風を循環させても錆びないだろうし、強度もかなりのものがある。加工が少し大変だとは言われているがうちの工場ならなんとかなるだろう。実際にマンホールとかに使われている実績もあるし。
「オッケー。じゃあセレス、これをどこから仕入れたか調べておいてくれ」
「はい、承知しました。あ、それと……もう一個依頼です」
「おいおいおい……勘弁してくれよ」
うちはどこから何を仕入れたか等は全て帳簿に書いている。だからそれを辿れば特殊合金の仕入れ先がわかる。わかり次第すぐに発注しに行こうと思ったら今度は依頼を発注されるとは……。
ああ、憂鬱だ。
〇 〇 〇
それから通常業務をこなしながらも冷蔵庫を開発すること一週間。加工などにかなり手間取ったものの、今度はしっかりと使える冷蔵庫を完成させることができた。錆びにくく、水を弾く特殊合金によって作られた箱の中には食材を保存するのにちょうどいい冷風が循環しているから生モノでも3日くらいは保存ができる。しかも冷蔵庫のドアとスイッチを連動させているから、冷蔵庫を開けているときは冷風が流れないようになっているエコ仕様だ。
「それで? 実験もかねてうちにそのドでかいのを持ってきたってことね」
「ああ、特に暴走とかはしないはずだから使ってみてくれ」
そんな自作の冷蔵庫を俺はエレンのところに持ち込んだ。確か先日食材の管理に困ってるとか言ってたから実験がてらここで使ってもらうことにしたのだ。特に不調が起こるはずもないし、どこか壊れたら家から近いしすぐに直しにこれる。
そんなわけで、俺はエレンに使い方や生モノが持つ期間などを説明していった。
「え!? 生肉2日はもつの1?」
「ああ。冷凍しとけば1週間は持つだろ」
「冷凍って、一番下の冷たい所よね?」
「そうそう。あと真ん中には野菜入れとけ」
それまで「変なの作ったわね」と呆れたような顔をしていたエレンだったが、説明を聞くたびにどんどんとキラキラを纏っていく。最終的には「どこがどうなの!?」と仕組みまで聞いてくるくらいになった。結構ウケはいいらしい。
「あんまりデカくないけど、ちゃんと使えることがわかったらデカいのは作るわ」
「それがいいわね。じゃあ、さっそく使ってみようかしら」
そうエレンは言うと、仕入れてきたのであろう肉や魚を次々と冷蔵庫に入れ始めた。あとは数日間様子を見て使い勝手がいいかどうかを確かめるだけだ。それから数分間だけ厨房を見守った後、俺はすぐに家に引き返した。セレスのせいで今日もまた仕事が溜まっているのだ。
はぁ……宿屋経営とかで楽して生きていきたい……。
〇 〇 〇
あれから数日後、頼まれていた武器の制作や防具の修繕や魔道具の修理などの仕事をこなしてようやく数日のんびりできる日を手に入れた俺は、久しぶりにエレンの食堂へ向かうことにした。工場での仕事の時は引き篭る癖がある俺は、そのせいで一切エレンの店には行っていなかった。セレスから聞く限りでは相変わらず繁盛しているらしいが。
とりあえず冷蔵庫に異常がないか点検してから昼ご飯を帰ろうと思いながら角を曲がった瞬間――
「ここのお店、絶品だって噂よ?」
「しかも美人な人妻が切り盛りしてるらしいぞ」
「特に海鮮とお肉を使った料理が人気なんだって」
「マジか。じゃあここで決まりだな」
2階建ての建物に”大衆食堂・ノルン”と書かれた看板。間違いなく俺が知っているエレンの食堂だが、その前には冒険者から商人、ましてや身なりのいい貴族っぽい人まで実に30人以上が並んでいるのだ! その長蛇の列は十字にクロスする交差点の一本を占領してさらに奥まで続いている。
「これ……一人でさばけんのか?」
基本的に”ノルン”はエレン一人で切り盛りをしている店だ。普段も一人でなんとかなるかくらいの客入りだからなにか従業員を雇うなんてことはしていなかった。だが……いくらなんでもこれは流石に一人じゃ無理だろう。エレンの旦那は今の時間軍の司令部で書類整理をしているはずだから手伝ってない。
「……助けるか」
俺は律儀に順番を待っている列を突っ切り、厨房側の裏口へ向かう。手伝うならこっちから行った方がいいだろうし……いや、セレスを連れてきた方が早いし戦力になるか……? いや、今日の昼前からセレスは用事があると言って出かけて行ったはず。クソ、やるか!
久しぶりに脳内の思考回路の能力を全力で使った俺は迷わずに裏口のドアを開け放った。
「エレン、大丈夫か!?」
「……あら、ジョンじゃない。どうしたの?」
「スミス様?」
勢いよくドアを開け放つと、厨房のコンロと窯の前で忙しそうに右往左往しているエレンと、なぜかエプロンを着てウェイトレスをしているセレスの姿が。手にはピザやらパスタといった大皿料理が乗ったおぼんを持っている。
「なんだ、セレスの用事っていうのはここの手伝いだったのか」
「……はい。最近急に客が増えて一人じゃ限界だとエレンさんから聞いていましたので、ここを手伝おうと思いまして」
「ジョン、セレスちゃんになんか用事?」
「いや、ここで手伝いしてるんだったらいいんだ。で、俺はなんか手伝えることあるか?」
「そうね……じゃあ料理運んでくれる? セレスちゃんは私と一緒に料理作ってくれる?」
どうやら2人でもこの客の量をさばくには無理があったらしい。そうと決まればすぐにヘルプに入るしかあるまい。裏口から中に入った俺は、手を洗ってからセレスが持っていたお盆を代わりに持って店の中をぐるぐると回り始めた。
料理を出して、皿を戻してまた料理を出したら店を出た人のテーブルを拭いて客を入れて、そしてさらに料理を出して皿を戻してまたまた料理を出して……。
ようやく落ち着けるくらいになった時には、すでに時刻は午後の2時。俺が店に来て手伝い始めてから3時間も経過したころだった。
「すげー客の嵐だったな」
「ですね。ここまで忙しくしたことはなかなかあるません」
「2人とも助かったわ……あれだけのお客さん、私だけじゃさばけなかったからね。これじゃあお礼にならないけど、昼ご飯食べてって」
そうだ……俺は元々冷蔵庫の調子を見てから昼飯を食べるためにここに来たのだ。店の中をまるで大道芸人がやっている独楽のようにぐるぐる回って疲れ果てるためにやってきたんじゃない。自分の店はしっかりと戸締りしてきたから長時間離れていても大丈夫だが……もう次の仕事をする気力はない。
「ちょっと材料が不足気味だけど一応なんでも出せるわよ。セレスちゃんは何がいい?」
「……それではサンドイッチのセットを」
「わかったわ。ジョンはトマトスパゲッティーでいいんでしょ?」
「まだなんも言ってないんだけど」
まあ相も変わらず好物のトマトスパゲッティーにしようとしてたからいいんだけど……だったら作ってもらってる間にさっさと冷蔵庫のチェックだけしてみるか。
「そういえば、この冷蔵庫どうだ?」
「そう、それよ! その冷蔵庫が来てから一気にお客が増えたの!」
「……近所では新鮮な魚介類と生肉を使っていて味がいい、と評判になってます」
なるほど……確かに既存の料理は全て干し肉や干物の魚などを使うことが多かった。だから生肉から作って味を落とさずに保存できる冷蔵庫のおかげで新鮮な生ものをだせているというわけか。ここらへんで評判になると少なくとも2週間は賑わうだろうなぁ。
「なあエレン、従業員雇う気はないのか?」
「今のところはないわねぇ……募集出してもどんな奴が来るかわからないし」
「だろうなぁ……」
そんな会話をしながら冷蔵庫を見てみるが、特に異常などはなくしっかりと稼働していた。欠陥品の魔道具は数日もすれば回路とかに異常が出るはずだからもうこれで安定しているのだろう。今後、エレンからの要望があればでっかい業務用のも作ってみよう。
冷蔵庫の開発に成功したはいいものの、それのせいで知り合いがものすごく忙しくなってしまったのは喜ぶべきか、それとも憎むべきか――
その答えは、まだ誰も知らない。