004.スローライフの落とし物 3
ギルドを出た俺はルンルン気分で自分の家に帰ると、工場に置いてあった魔石を付け替える器具セットを持ってまたエレンの食堂まで向かう。面倒な仕事を1つ受けることが確定してしまったが、これでいいやつに付け替えてやれるだろう。時刻は午後4時過ぎ、もうそろそろどこの家でも夜ご飯を作ろうとし始める時間になろうとしている。
「ちょっと急ぐか」
徐々に落ちていく太陽を目で追いながら、商業苦特有の喧騒の中を走り出した。
〇 〇 〇
3分ほどのジョギングを終えた俺は再びエレンが経営する大衆食堂”ノルン”の厨房に突撃して、自分の家から持ってきた魔石を取り外して、仕入れてきた魔石をセットする作業に入っていた。
魔石は貴重で一歩間違うと大規模な火事などを引き起こす危険物だ。数十年前よりも魔石から魔力を取り出す機器も進化して安全になったとはいえ、未だに一般人が気軽に扱えたものじゃない。
「なあエレン、そろそろ厨房リフォームするとかしたらどうだ」
「え~? まだまだ使えるじゃない」
「あれだろ、先代の時から変わってないんだろここ。老朽化とかの観点もあるから一度専門業者に見てもらった方がいいぞ」
「でもお金かかるからなぁ~。旦那と相談してかなぁ」
うちから持ってきた魔石をコンロから取り出しているときに気付いたが、ここの厨房は未だに20年ほど前から変わっておらず一度もリフォームされていない。13年前くらいからエレンがここで働き始めてからも変わり映えのない厨房は徐々に痛み始めていた。まだまだ換気口とか窯は大丈夫そうだが、床や調理台の痛みが顕著だ。
「ギルド通して依頼すればそれなりにいい所でも安く見積もってくれんだろ」
「でもねぇ、まだ使えるんだったらなるべく長く使ってさ。もう本当に壊れそうってなったら買い換えるわ」
俺やエレンみたく戦災孤児で孤児院出身の者は揃いも揃って貧乏性だ。お洒落に金を使ったりブランド品を持つなんて奴はそれこそ性格のねじ曲がってるやつだったり下克上で人生勝ち組になった者だけ。だが、鍛冶屋の観点から言わせてみれば近いうちに一度必要なもの以外は新しくするべきだ。コンロも業務用としては古い3口式だし。
「まあ俺はこの店の経営には関わってない部外者だからあくまで”オススメ”くらいにしか言えんが……商売に必要なものに使う金は惜しまない方がいいぞ」
「ジョンがそれ言う? いつまで経ってもギルドの中で買えるような安い長槍使ってたじゃない」
「あれは一番慣れた武器がいいからだっ……と。おし、コンロは終わったぞ」
ギルドから持ってきた魔石をセットして、スイッチをひねってちゃんと火がつくかどうかを確認し終わった。あとは同じことを窯でやるだけだ。
「はぁ……明日も仕事かぁ」
「相変わらずねぇ。そこまで言うなら思い切って投資家にでもなって鍛冶屋やめちゃえばいいじゃない」
「うちにはセレスがいるのわかってんだろ。あの年齢なのに学校に通わないで俺んとこで働いてくれてんだからよぉ」
「そこも昔っから変わってないわよねぇ。やりたいこととしてることが矛盾してるとこ」
確かに昔もそうだったが……今は今で従業員を養わなけりゃいけない。別に数年くらいならセレスと二人で人間らしく暮らせるだけの金は持ってるが、あいつを一人だけ働かせて俺はニートになるのはどこか違う気がする。だからこそ頑張ってるが。
「仕事したくねーなぁ」
「やれやれね……」
それからはお互い無言で作業をする。窯用のでかい魔石を取り付けた後は、再びスイッチを入れてしっかり火が灯って消えるか、過剰な火力が出てないかなどを確認していく。これを怠ると最悪の場合火事になってしまう。念のためにもう一度確認してから今朝のように客席の方で仕込みをするエレンに声をかける。
「エレン、終わったぞ」
「もう終わったの?」
「ああ。もうこれで変な煙とか音とかでないだろ」
「はぁ~……これで普通に営業できるのねぇ」
全て終わったことを伝えれば、珍しくエレンが疲れ切った顔をして片手で顔を押さえている。この近くの湖でとれる独特なぬめりのある魚のむき身を串に打つのも相まって疲労が半端ないことになっているのだろう。あとで旦那に労わってもらえ……。
「じゃ、あとは厨房でやろうかしらねぇ」
「じゃ、俺は夜の営業時間までここで待つとするか」
「いいわよ。好きなところ座ってて」
少し散らばっていた工具を拾い手工具箱に閉まって、なくなっていないか確認してから、エレンに厨房を明け渡す。疲れながらもうれしそうなエレンと入れ替わって、今度はカウンター席で水を注いだコップを持って厨房を眺めることにした。ちょっとしたらセレスを連れてきてここで夜ご飯をとることにしよう。
「そうだエレン、あとなんか困ってることとかないか?」
「私個人としては特にないわよ。ただ、飲食業界としてはこういう生魚の保存とかに手を焼いてるわねぇ」
「……どういうことだ?」
「生の肉とか魚と勝って常温で置いておくと腐りやすいのよ。最近では製氷する魔道具が作り出す氷の中に入れるみたいな方法をするところもあるみたいだけど、氷が生臭かったり、定期的に氷を入れ替えたりしないとだからかなりの手間なのよ」
そういえば聞いたことがある。最近になって水属性の魔法陣を応用してどっかの誰かが製氷をする魔法陣を開発して製氷機なるものを作ったとか。それはケルト王国にも伝わり、ここで実際に数店舗の店が製氷機を使って生肉などの保存をしているんだとか。
「にしても、なんで冷やすと腐りにくいんだ?」
「そこはわからないけど……とにかく、製氷機みたいに生の肉を安定して保存できるのが欲しいっていう気持ちはあるわ。うちは全部干し肉使ってるし、魚に関してはその日に取れたのしか使わないから仕入れ値もまあまあするのよ?」
そうか……安定して冷たい環境を作ればいちいち氷を変えるとかせずに安定して生ものを保存できるし、この理論で行けば野菜とかも行けると思う。それに……応用すれば冷凍することもできるんじゃないか?
こう、機構は空気を循環するような感じで。そして箱型で。冷蔵と野菜用のスペースに冷凍スペースもあって……。
「冷蔵庫……」
「え、何か言った?」
「い、いや。なんでもない」
つい独り言を呟いてい閉まったが、慌てて取り繕ってもう一度深い妄想にはいる。イメージはできているし、機構も理解できている。だが、まだ少しもやっとした感じに違和感を憶えるのが少々イラっとする。
思い付きだが……帰ってからちょっと設計図を書くのもいいかもしれない。