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003.スローライフの落とし物 2

 エレンの所に魔石を貸した日の午後、俺は冒険者パーティーから預けられていた防具を一通り修理してからギルドに向かった。今は魔石の価格が高騰気味だから個人店でコンロ用の5インチ魔石と料理窯用の8インチ魔石を取り寄せると軽く数万リウムが吹っ飛んじまう。だからかつて所属していたギルドのを仲介して魔石を取り寄せれば相場よりも安くなるはずだ。最悪裏ルートも考えたがエレンの旦那の職業を考えれば正規の手続きを踏まないといけない。


「あんまギルドにも行きたくないんだけどなぁ……これもエレンのためか」


 正直、今ギルドに行けばほかの冒険者パーティーからいらん注文をその場で出される場合もあるし、なんならギルド側から依頼が~……なんて話になるかもしれん。うちは商業ギルドに登録して、そこを仲介しながら色んなものを取り寄せてるからギルド側からの依頼に何回もいい色を示さないと除名されてしまう場合がある。特に俺の鍛冶屋みたいな個人店のひとつ抜かしたところでそんな大きな損害になるわけじゃない。しかも商業ギルドは冒険者ギルドと併設だから嫌でも冒険者の誰かと面を合わせることになる。


「はぁ……面倒くさくならないといいけどなぁ~……」


 こんなことなら盾にするためにセレス連れてくるんだった。


  〇 〇 〇


 商業部の中心部、大きい広場の近くにあるいかつい扉がある建物、そこからは毎日筋骨隆々の戦士たちが大きな獲物を持って出入りしている。冒険者のほとんどは気が強く喧嘩っ早いからギルド周辺には基本的に関係者しか寄ってこない。その中に、そこまで筋トレもしてない鍛冶屋が一人混じればなかなか浮いてしまう先ほどから「こいつ誰だ」みたいな視線を近くの背の高いゴリマッチョどもから感じる……。


「さっさと済ませよ」


 とりあえずギルドの扉を開く。その瞬間、併設の酒場にいた全員が俺の方向へ視線を向けてくる。正直言ってこれだけで大手の大道芸人が連れてる猛獣の何十倍も迫力がある。昔は俺もこの中にいたと思うとかなり気が滅入る、っていうか信じられない。


 そんな視線という名の槍に気付かないふりをして商業ギルドのカウンターへ向かう。酒場のところを避ければもうほとんど冒険者はいない。午後から依頼を探して出掛ける冒険者なんていないからな。

 あとは依頼の紙が貼ってある巨大コルクボードのゾーンを抜ければ、商業ギルドの受付がある。

その中で一番近い窓口に行ってそこの受付の人を呼ぶ。本当はもっと仕事早い奴がいるんだけどそっちは今先客が何かやっているからしょうがない。


「すんません、コンロと料理用窯の魔石取り寄せたいんだけどいい?」

「は、はぁ……わかりました。何インチですか」

「5インチと8インチ。質はまあまあいいやつ頼むよ」

「5インチと8インチで質がいい方のやつ、ですか……ギルドにある在庫を見てまいります」


 あの反応だと、冴えない20代のおっさんがいきなり魔石取り寄せに来やがったよ、って感じか。まあ気持ちはわからんでもない。魔石なんてひょっこり現れて発注するようなものでもないし、そこら辺の人間がこの魔石高騰の時代に「あ、これ頼むわ」と露店の串焼きを頼むくらいの感覚で頼める金額のものではないからな。

 

 なんてことを周囲の目も気にせずにぼーっとしながら考えていると、両手に魔石を持った係員がやってきた。緑色の魔石だからコンロ用と窯用ので間違いない。


「こちらでいかがでしょう」

「状態見ていいか?」

「え、ええ……どうぞ」


 俺は一言ことわってからカウンターに置かれた魔石に手を伸ばして魔石を見てみる。確かに重さとかはいいが所々に傷があったり欠けていたりして状態はよくない。おそらくこいつは俺が誰か知らないしそんな裕福で有名でもなさそうだから足元を見やがったな……面倒くさいが商売は舐められたら終わり。ここは強気に出る。


「悪いがこれはダメだな。ここ見てみろ少し欠けてるだろ? あとこっちには横線がある、これって採掘するときに思いっきりミスった証拠だ。今回は身内のやつを頼んでるからもうちょっといいの持ってきてくれや」

「わ、わかりました」


 明らかにチッと舌打ちをした受付の人がまた奥に引っ込んでいく。明らかに舐められていたな……これはいっちょ”賭け”をしてみるのもいいかもしれない。それにエレンのとこにはいいやつを渡してやりたいし。


 なので、再び質のいい魔石を持って帰ってきたところを狙って吹っ掛けてみることにした。


「なぁ、これ合計で何リウムする?」

「そうですね……現在の相場ですと合計で3万4000リウムですから……ここは3万と2500リウムでどうでしょう」

「う~ん……さすがにそれは高いなぁ……3万でどうだ」

「原価割れはしませんがそれですとギルドの利益がなくなりますので。3万1000リウムです」

「だったら、あとでギルドから一つ依頼を受けてやる。その報酬を半値にして1万5000リウムでどうだ」


 そう俺が言ってやると、受付の人は途端に黙り込んでしまった。流石に半額にして一件半額で依頼を受ける、っていうのは天秤にかけ辛いか。ただ心は揺らいでるみたいだ……今のうちに追い打ちをかけるとしよう。


「なら、ここにこのギルドからの依頼を1回だけ優先的に受けるってのでどうだ?」

「……ちょっと上の者と相談させていただいていいですか? あとお名前もいいですか」

「鍛冶屋スミスのジョン・スミスだ。いい返事待ってるぜ」

「わかりました。少々お待ちを」


 またまた奥に引っ込んでいく受付の人を見ながら俺は近くのベンチに。まだ少し時間がかかりそうだ。夜の営業までに間に合えばいいがなぁ……。

 

 そう思った矢先、カウンターの奥が少し騒がしくなる。多分さっき俺が言ったことでいろいろと揉めているんだろう。それでも安く卸したいし待つしかないか。


「ジョン様、ジョン・スミス様はいらっしゃいますか!」


 違った……待つんじゃなくて呼び出されてしまった。まあこんなことやってたら怒られるかねぇ。少し倦怠感を感じながらも先ほどのカウンターに行くと、責任者らしい男が俺を見るなり先ほどの受付と共に頭を下げてきた。


「先ほどは大変ご無礼を……! ”あの”ジョン様だとは思わず!」

「あぁ……俺のこと知ってんの?」

「はい、それはもう!」


 確かに俺もかつてここのギルドで冒険者をしてそれなりの知名度は得ていた。だがあまりギルドに貢献していたってわけじゃないからそんな覚えられてないと思ったんだけどな。それに覚えられていたら仕事が来ちまう。


「で、返事いただけます?」

「は、はい! 5インチと8インチの魔石は1万5000リウムでお取引とさせていただきます!」

「オッケー。じゃああとはギルドからの依頼を今持って帰りたいんだけど」

「そ、そのようなことをするわけには……!」

「大丈夫、もう言っちまったからな」


 先ほど、俺はこの額を提示するときにギルドからの依頼を半額で引き受けると言ってしまった。流石に原価割れに等しい価格で提供してもらうのだからそのくらいのリターンがないといけない。そうすればお互いwin-winじゃないだろうか。


仕事すんのは嫌なんだけど。


「本当によろしいのですか……?」

「そっちだってそのままだと困るだろ。魔石を原価割れで提供なんてどっかに知られてみろ、大変なことになるぞ」

「そ、そうですね……! ここはお言葉に甘えさせていただきます」


 よしよし、これにて交渉成立。だいぶ安値で質のいい魔石を仕入れることができた。これでエレンたちが負担する額も少なくなるだろう。


「はい、じゃあ1万と5000リウム……これで口座から引き落としておいて」

「はっ、ありがとうございました!」


 手持ちで1万リウムなんて持ってるわけがないので小切手で渡しておく。それと引き換えに魔石を入れるための木箱もサービスしてもらって俺はギルドを出た。


 時刻は4時前……今から急いで帰れば”ノルン”は夜に完全復活できそうだ。

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