第8話 魔女狩り
「あら、私達の事を知っているのですか?」
広場の上から甘い声が響いた。
見上げると、屋根の上に喜劇の魔女の姿があった。
「喜劇の魔女!これは一体どういう事なんですか!?」俺は訊ねた。
「あぁ、それは」
喜劇の魔女の言葉を遮る様に、フランメの銃が火を吹いた。
放たれた弾は喜劇の魔女に命中し、喜劇の魔女は屋根から転がり落ちた。
「な……」
俺が呆然としていると、フランメがこちらに駆け寄って来た。
「早く逃げて!」
次の瞬間、俺の周囲にいた村人達が一斉にフランメに襲い掛かった。
襲い掛かる村人達をフランメはその体術で一人、二人と瞬く間になぎ倒していく。
「アンタ、早くこっちに来て!」
近くにいた男を銃で殴りながらフランメが言った。
俺はもう、どうして良いのか分からなかった。何が正しくて何が間違っているのかまるで分からない。
唯一、分かるのは目の前の女は俺を助けようとしているという事だった。
俺はフランメの方へ駆け出した。
しかし、たどり着く前に脚を掴まれ、転んだ。
俺の脚を掴んだのはカールだった。
「父さん!離してくれ!」
「アガぁ!親の居ないお前を今日まで育てたの誰だ!?こっちがどれだけ苦労したと思ってる!恩を仇で返す気か!?」カールが物凄い力で俺の体を引き寄せた。
「……ッ!」
俺はカールの言葉に返す言葉が無かった。その通りだ。こんな俺を育ててくれたカールには頭が上がらない。
「大人しくこっちへ来い!」
「騙されるな!そいつらは本当の村人じゃない!魔女が作った人形だ!」
フランメの投げたナイフがカールの顔に突き刺さった。
「あ、アガぁ……!」カールはそう呟くと動かなくなり、その体は人の形をした木へと変わった。
「う、うわああああ!」
俺は再び立ち上がると、叫びながら村人達の間を抜け、フランメの背後へと滑り込んだ。
「よし!」フランメが腰につけた鞄からいくつか小瓶を取り出した。
「喰らいな!」
フランメは小瓶の蓋を開けると、瓶ごと中の液体を村人達に投げつけた。
そして、フランメは腕に巻き付けた火縄を外すと村人達に投げつけた。
次の瞬間、大きな炎が上がり、村人達を包んだ。
炎に包まれた村人達はバタバタと倒れていき、全員その姿を木に変え、更に炎を燃やした。
俺とフランメは燃え盛る炎から、倒れている人々を守る為に彼らの体を炎から遠ざけた。
ひと段落ついたところで、俺はフランメに話しかけた。
「一体何が起きてるんだ!?」
「あー……聞く?」フランメは頭を掻きながら困った様な表情を浮かべた。
「当たり前だろ!」
「はいはい。簡単に説明すると、アンタが喜劇の魔女って呼んでた女はヴァルトヴィング帝国が創り出した魔法使いの一人。七人の魔女と呼ばれる強力な魔力を持った魔女の一人なの」
俺は驚いた。
七人の魔女の噂は本当だったのか。
「あいつらの悪行はアンタも噂で聞いてるでしょ?」フランメが訊ねた。
「でも、一体何のために!?なんで死者を蘇らせたり、ご馳走を振舞ったり……みんなが喜ぶ事を?」
「奴らの目的が人々の正の感情を集めることだからよ」
「正の感情……?」
「嬉しい、楽しい。そういった感情の事よ。正の感情は時に人に大きな力を与える。それは勇気だったり、やる気だったり、つまり人を動かす原動力になる」
「それを、集めてどうしようってんだよ」
「元はプロトテイン公国と同じく辺境の小国に過ぎなかったヴァルトヴィング帝国がどうやって今の力を手に入れたと思う?」
俺は誰かから聞いた話を思い出した。
ヴァルトヴィング帝国の兵士は恐れを知らない。どんな時でも果敢に相手と戦う。歴戦の兵士だけでなく、駆り出された農民兵ですら数多の戦を潜り抜けてきたかの様な落ち着きを見せる。
「まさか……そんな事が出来るのか……?」
「七人の魔女の力を持ってすればね」
その為にヨーク村の人達をこんな目に合わせたのか。
しかし、フランメは何故そんな事を知っているのだろうか、と新たな疑問が湧いた。
「フランメ……アンタは一体何者なんだ?」
「私は……」
「魔女狩り!」炎の向こうから、喜劇の魔女の声が響いた。「貴方が例の魔女狩りですね。噂はなんとなく聞いていますわ。私達の正体を探っている者達がいると」
「あいつ、まだ生きて……!」
喜劇の魔女の胸元は、命中した銃弾によって溢れた血で汚れていた。
「まぁ、そうでしょうね」
フランメが再び銃を構えた。
「ふふふ、初めて見る武器でしたので少々驚きました。しかし、この程度では私は殺せませんよ?」
間髪入れずにフランメが引き金を引いた。
同時に喜劇の魔女の前方の地面から、木の根っこが飛び出し、銃弾を防いだ。
「ちっ……!」フランメが舌打ちをする。
「なんだあれ……!?」
俺が地面から生えた木の根に驚いていると、その根がこちらに向かって猛スピードで伸びて来た。
フランメは俺の首根っこを掴むと、俺を放り投げた。
直後、俺が先ほどまでいた場所に木の根の先端が突き刺さった。
それだけに留まらず、フランメ目掛けて次々と木の根が襲い掛かった。
フランメはそれを跳ねたり伏せたりしながらギリギリのところで躱す。
「その武器は強力ですが、再び放つには時間がかかる様ですね」
喜劇の魔女が邪悪な笑みを浮かべて言った。
喜劇の魔女の言う通り、フランメは木の根を躱すので精一杯で銃弾を装填する余裕も、喜劇の魔女との距離を詰める事も出来ずにいた。
このままではいずれやられる。そう思った俺は弓を握りしめるとそっと建物の陰へ移動した。
喜劇の魔女は自身の体の周りにも木の根の壁を作っていた。俺はその隙間を探した。そして、木と木の隙間からちょうど喜劇の魔女の肩が見える場所を見つけた。
俺は深呼吸をして心を落ち着かせると、弓に矢を番えた。
外す訳にはいかない。いつもの狩りと違って外せばこちらがやられる。
そう思うと手が震えた。必死に心を落ち着かせようと父の言葉を思い出した。しかし、緊張は増すばかりだった。
「あああああああああ!」
俺は民家の壁に頭を打ち付けた。打ち所が悪かったのか額から血が垂れてきた。想像以上の痛みに俺は悶絶した。
しかし、お陰で余計な緊張が解け、手の震えは止まった。
森の獣と違って、敵はこちらを警戒していないし、動きも遅い。俺なら当てられる。
そう、自分に言い聞かせて俺は矢を放った。
放たれた矢は木の根の隙間を潜り抜け、喜劇の魔女の肩ではなく、その上の首に突き刺さった。
フランメを襲っていた根の動きが止まった。
フランメは銃をその場に置くと、腰からナイフを抜き喜劇の魔女の元へ駆け寄った。フランメは喜劇の魔女を囲む高さ2メートルほどの木の根の壁を難なく飛び越えると喜劇の魔女に襲い掛かった。
俺の位置からでは根が邪魔でよく見えないが、僅かな隙間から二人が戦っているのが見えた。
「首を射抜かれても死なないのかよ……!」
あんなバケモノをどうしたら倒す事が出来るのだろうか。
次の瞬間、フランメに蹴り飛ばされた喜劇の魔女が根の壁を突き破って出てきた。
喜劇の魔女は首に刺さった矢を引き抜くと、俺を一瞥した。
「うふふ、こんなもので私は死にませんよ。私はヴァルトヴィング帝国、聖光騎士団、七人の魔女の一人、命の魔女エレオノーラ」喜劇の魔女は自らの事をそう名乗った。「私の魔法の前では貴方達の攻撃など無意味です」
「なるほどね。命の魔女と言うからには、ちょっとやそっとじゃ死なないようね」
フランメがナイフを軽く振りながら言った。
「ええ、その通りです」
エレオノーラがニヤリと笑った。
すると、フランメの足元から突然、木の根が飛び出した。
フランメは木の根に押し出されるように持ち上げられ空中でバランスを崩した。そこに、同時に地面から突き出した他の根が襲いかかり、激しい土煙が舞い上がった。