第7話 七人の魔女
俺は深い森の中をただひたすらに走った。フランメの安否を確かめる為だ。先日は矢が刺さった事が恐ろしくて、その場から逃げてしまったが、もしかしたら大した傷では無くフランメが生きているのではないかと思ったからだ。
いや、そうであって欲しい。藁にも縋る思いだった。
「フランメ!」
廃村に着いた俺は、フランメがいた家の扉を勢いよく開けた。
次の瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、水の張った桶に入り、水浴びをしている裸のフランメの姿だった。
「うわぁ!」
初めて見る若い女性の体に慌てた俺は悲鳴に近い声を上げた。
「ちょっとアンタ!入る時はノックぐらいしなさいよ!」
フランメは何事もないかの様に裸のまま立ち上がってそう言った。
「いや、ちょ、なんか着ろよ!」
俺は視線を逸らしながら言った。
フランメは近くにあった布を手に取ると体にそれを体に巻き付けた。
「これでいいかしら?」
「いいけど……てか、何してんだよ!」
先ほどまでの気持ちを返してくれと言わんばかりに俺は叫んだ。
「ここを発つ前に体を綺麗にしておこうと思っただけよ」
部屋を見渡すと、机の上に散らかっていた謎の器具や瓶は全て綺麗に片付けられており、部屋の片隅に四角い鞄が一つ置いてある以外何も無かった。
あれだけの物をどうやったらその鞄に仕舞う事が出来るのだろうかと、疑問が湧いた。
「いや、そうじゃなくて!傷は?無事なのか?」
俺の矢は確実にフランメの胸に刺さった筈だ。
「あぁ、あれは死んだふりよ」
「死んだふり……?」
「アンタの矢は私の服を貫いただけで、その下に仕込んでた鎧までは貫けなかった」
「はぁ?な、なんでそんなこと……」
「そりゃ、アンタに私が死んだと思わせる為よ」
「だから、なんで……!?」
「なんでってアンタが私を殺したがってたから、死んであげたのよ。で?私が死んで何か変わった?」
そういうことか、と俺はフランメの行動をやっと理解した。しかし、いくらなんでもやり過ぎではないだろうか。こちらの気持ちも考えて貰いたいものだ。
「アンタは本当に悲劇の魔女じゃ無かったんだな……悪かった謝るよ」
俺は頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
フランメはそれを訝しげな表情で見つめていた。
「誤解が解けたことは嬉しいんだけど……なんで急にそう思ったわけ?」
「あぁ、実は今、村に喜劇の魔女が来ててさ。彼女に聞いたんだ。そしたら--」
俺が話終わる前にフランメは身体に巻いた布を取り払って、壁に向かって歩き出した。
「なっ……!?」驚いて固まる俺を余所に、フランメは壁に掛けてあった衣服を身に纏い始めた。
「その魔女は今も村にいるのね?」
フランメが背中越しにそう訊ねた。
「そ、そうだけど……」
俺はフランメの白い肌を横目で見ながら答えた。先ほどは分からなかったが、よく見るとフランメの体には無数の傷跡があった。
「行くわよ」着替え終わったフランメは手に鞄を、肩に銃を担いでそう言った。
「行くって……?」
「アンタの村に決まってるでしょ。急がないと手遅れになるわ」
フランメは早足で民家から出て行った。
「ちょっと待てよ!」俺は慌ててその後を追った。森に入ったフランメを走って追うが、むこうは早歩きだというのに、中々その距離は縮まら無かった。それでもなんとか彼女に追いついたところで、
「な、何するつもりだ?」息を切らせながら問いかけた。
「その魔女を殺すわ」
「はぁ!?どういう事だよ!?」
「人を探しているって言ったでしょ?アンタの言う喜劇の魔女ってのが私の探してた人」
フランメは喜劇の魔女を探していたのか?殺す為に?やはり、フランメの正体は悲劇の魔女なのでは無いだろうか。
そう思った瞬間、背中を冷たい汗が流れた。
このままでは、俺が喜劇の魔女の事を話したせいで、大変なことになってしまう。
「待て!止まれ!」
俺はフランメの前に立ちはだかった、はずだった。次の瞬間にはフランメの手によって地面に転がされていた。何をされたのかも分からない。
「ぐああ、いってぇ……」
そうこうしている間にもフランメはどんどん遠ざかって行く。
俺は痛む身体に鞭を打ってフランメの後を追った。
しかし、森を抜ける頃には完全にその姿を見失ってしまった。仕方なく俺は村へ向かった。
村に着くと、先ほどまでのお祭り騒ぎが嘘のように村全体が静まり返っていた。
不思議に思いながら、民家の間を抜けて行くと、道端に人が倒れいるのが見えた。慌てて側に駆け寄ると、倒れていたのは村長だった。
「村長!何があった!?」
体を揺すってそう問いかけるも村長からの返事は無かった。呼吸はしているものの虚に開いたその目に生気は無く、開いた口からは涎が垂れていた。
まさか、フランメの仕業か!?
俺は村長をそっと横たえると、他の人を探した。
誰かいないのか!?
広場へと続く通りに出たところで、衝撃的な光景が俺の網膜に飛び込んで来た。
何人もの人が村長と同じように力無く地面に横たわっていた。
そして、そこにはルキナの姿もあった。
「ルキナ!!」
叫んだところで背後から誰かに肩を掴まれた。
振り返るとそこにはルキナの父、カールと兄、ハンスの姿があった。
二人は特に変わった様子も無くそこに立っていた。
「父さん!?ハンス!?一体何があったんだ!?」
「アガ。どこに行ってたんだせっかくのご馳走なのになくなっちまうぞ」
カールが言った。ハンスも後に続いて話す。
「アガ。お前には苦労をかけたからな。いっぱい食べてくれ」
「二人とも何言ってるんだよ!?そんな事言ってる場合じゃないだろ!?」
「アガ。どうしたんだ?」ハンスが言った。
「どうしたってみんな倒れてるじゃねーかよ!」
俺は広場に倒れている人々を指差して言った。
「みんなじゃない。ほら向こうを見ろ」
そう言ってハンスが指差した方向には、倒れている人々の横で談笑を交わしている村人達の姿があった。
「みんな楽しそうじゃないか。さ、俺たちも行こう」カールはそう言って俺の手を掴んだ。
俺は反射的にその手を振りほどいた。
「何言ってんだよ!おかしいだろこんなの!」
「おーい、何やってんだ?」
向こうで談笑していた村人達がこちらに気づいたのか、手を振りながら近寄って来た。
村人達は倒れている人が足元にいても御構い無しに進んで来る。
「おい!踏むな!」
しかし、その声は届かずいつのまにか俺は様子のおかしい村人達に囲まれてしまった。
村人達をよく見ると、共通点があった。
俺の周囲にいる村人達は全員、一度死んだ人間だった。
「なんだよこれ、どういう事だよ!」
俺は叫んだ。
「アガ。心配しなくていい。ちょっとお前の力を貰うだけだ」
ハンスがそう言いながら、俺に向かって手を伸ばした。
次の瞬間、雷が落ちたかの様な轟音が鳴り響きハンスの頭が吹き飛んだ。
「フランメ……!」
音のした方を見ると、そこには銃を構えたフランメの姿があった。
当時、銃を知らなかった俺は一瞬でハンスの頭が消し飛んだ事に驚愕した。
今のは何だ?フランメがやったのか?
フランメは片膝を着くと、銃の銃口を上に向け、そこに黒い粉と鉛の弾を詰め込み、最後に細長い棒を刺し軽く突いた。
そして、再び立ち上がると銃をこちらに構えた。
「やめろ!フランメ!殺すな!」俺は叫んだ。
「少年!よく見て!そいつらは人間じゃない!」
目の前に横たわるハンスの死体に再び視線を戻すと、そこには人の形をした木が転がっていた。
「なんだ、これ……!?」
まさか、死んだ人間を蘇らせたというのは嘘なのか?
フランメは銃を構えながら、村中に聞こえるような大声を張り上げた。
「隠れてないで出て来なさい!七人の魔女!」