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第5話 喜劇の魔女

 翌朝、目覚めた俺は弓矢を手に取り、直ぐさま森の奥へと向かった。

 あの女、フランメが悲劇の魔女だとしたら俺が倒すしかない。

 村に戦える者は自分を除いて他にいなかった。なので俺は誰にもこの事を伝えずに、一人でフランメを倒すつもりだった。


 俺は、廃村に着くと一直線にフランメが勝手に住んでいる家屋へと向かった。

「おい!フランメ!いるんだろ!」

 俺は勢いよく扉を開いて中へ入った。

 同時に額に冷たい金属の感触があった。

「う、あ?」

 驚いた俺は呻き声を上げた。

 目の前に突き付けられたそれは、細い長い円筒形の金属を木で覆った錫杖の様な物で、手持ちの部分に火のついた縄の様な物が付いていた。

 この時の俺はまだ、それが何か知る由もなかったが、後になってそれは銃と言う名の恐ろしい武器だと知る事になる。


「なんだ、アンタか……」

 フランメは俺の顔を確認すると銃を下ろした。

「なんだ、それ」俺は銃に視線を落とした。

「んー、まぁ、武器よ武器。危ないから触っちゃダメよ」

「そんな武器見たことねぇぞ。あと子供扱いすんな」

「それはそうよ。私が見様見真似で作ったんだもの」フランメはそう言うと付け加える様に呟いた。「本物と違ってこれは火薬と火が必要だけどね」

「何だって……?」


 俺がそう訊ねると、フランメはオホンと軽く咳払いをした。

「それより、何か私に用があるんじゃないの?血相変えて飛んでくるほどの」

 その言葉に俺はハッと我に返った。

「アンタの正体を確かめに来た……!」

 フランメは軽くため息を吐くと、

「昨日も言ったでしょ。ただ人を探してるだけのしがない旅人よ」呆れた顔でそう言った。

「そんなんじゃ騙されないぞ……!」俺は弓を持った腕を前に突き出しながら言った。「アンタが悲劇の魔女なんだろ!」


「ふーん、なんでそう思うわけ?」

 フランメはあっけらかんとした態度で訊ねた。

「なんでだと?アンタがいつから此処にいるのか知らないが、アンタが来てから良くないことばかり起こる。流行病で人が死に、村の井戸には死体、戦に行った村の大人達は殆ど帰らなかった。そして、ルキナ……俺の大切な人は今も高熱に苦しんでいる……!」

 俺は一息でそう捲し上げた。


「アンタはそれが全部私の所為だって言いたいのね?」

「あぁ、そうだよ!悲劇の魔女!昨日渡した白い粉も毒かなんかなんだろ!?」

 フランメからの返事は無かった。

 彼女は銃を壁に立てかけると、部屋の中を歩き様々な器具で散乱した机に腰かけた。

「少年。私にそんな力はないよ」先ほどよりも真剣な表情でフランメは語った。「いい?病というのは昔から人を襲うものだし、井戸だって無限に使える物じゃない。戦があれば人は死ぬものだし、栄養価の高い物を摂取できず、弱った体で無理をすれば熱だってでる。全部、自然の摂理、運命なのよ」


「運命だと?じゃあなんだ、俺たちのような村人は黙って死ぬのを待ってろって事かよ!」

「そうは言ってないわ。ただ、起きてしまった事は変えられないし、結果には必ず原因がある。原因をちゃんと知ろうともせずに、他人の所為にして結果だけを変えようとしても無駄って事よ。運命は変えられないわ」

 その淡々とした口調に俺は無性に腹が立った。恐らく、彼女の言っていることが正しいと感じるからこそだろう。


「騙されないぞ!お前ら七人の魔女はヴォルトヴィング帝国の工作員で、各地で人々を苦しめてるって聞いたぞ!」

 それを聞いた途端、フランメの表情が変わった。

「その話、誰から聞いたの……!」

「あ?戦から帰って来た大人が戦場で聞いたんだよ。お前ら悲劇の魔女が近隣の村や町で裏切り行為に加担するよう唆してるってな」


 フランメは慌ただしく立ち上がると、机の上の物に散らばった機材や瓶を腕で払いのけ、空いたスペースに一枚の地図を広げた。


 ヴォルトヴィング帝国とハースダン王国が一望できる地図だ。もちろんその間に挟まれたプロトテイン公国も載っている。

「帝国軍の進路は?」フランメが訊ねた。

「はぁ?粋なり何なんだよ!」

「いいから、教えて!」

 俺は地図を覗き込むと、南北に細長く伸びたプロトテイン公国の中腹を指差した。

 ヴォルトヴィング帝国軍はプロトテイン公国の中腹部、その西の国境から侵攻を開始した。そして、その後主要都市を攻略しながら徐々に南下して来ていた。ヨーク村はヴォルトヴィング軍の行軍路よりも南に位置している為、この時はまだ余裕があった。


「なるほどね。私の感も偶には当たるかも知れない」

 フランメはそう呟くと地図を丸め、鞄の中から液体の入った小瓶を取り出し、俺に差し出した。

「何のつもりだ……!?」

「これはヤナギの樹皮から抽出したものよ。これをルキナちゃんだっけ?アンタの大切な人に飲ませな。解熱効果がある」


「はぁ!?」俺は声を荒げた。「ふざけるな!そんな怪しいもん飲ませる訳がないだろ!」

「はぁ……」フランメは今までで一番大きなため息を吐いた。「せっかく人が親切にしてあげてるのに素直じゃ無いわね」

「訳わかんない奴から親切にされたら、逆に怪しいだろうが……!」

「……まぁ、たしかに一理あるか」

 フランメはそう呟くと、瓶の蓋を開け中の液体を指に垂らすとそれを舐めた。

「うぇ……苦……」フランメは眉間に皺を寄せて舌を出した。

「な、何してんだよ……」

「これで、毒じゃないって分かったでしょ」


 その為に自分で舐めたのか、確かに毒では無いようだが、得体が知れない物に変わりは無い。

 俺の訝しげな表情を見て、フランメが続けた。

「いい?これは古代モンテール帝国でも使われていた由緒正しい薬なのよ。今ではその知識も失われてしまって知ってる人は殆ど居ないけど」

 古代モンテール帝国とはかつてこの大陸を支配した古代の帝国の名前だ。

 その文明のレベルは今の国家と比べて遥かに進んでおり、現代の技術では再現できないようなものまであると言われている。

 しかし、無知だった当時の俺にその言葉は届かなかった。


「信じられるか!」

「いいから持ってなさい!」そう言って俺の腰に着いた鞄に、無理矢理小瓶を押し込んだ。


 俺はフランメを振り払うように背後に跳ぶと、腰の矢筒から取り出した矢を弓に番えた。

「調子に乗るなよ!」

「少年。それで私を射ても何も変わんないわよ。病気も戦争も飢えも死も無くならない。それでも構わないなら放ちなさい」

 フランメは両腕を広げて矢の射線上に立った。

「う……」

 その凛とした佇まいに俺は気後れした。

 当然だ。狩りで獣を殺す事には慣れていても、人を射抜いた事など一度もないのだ。


 しかし、俺はもう後には引けなかった。一度剥いた牙をそのまま大人しくしまうほど俺は大人では無かった。

「うああああああ!」

 震える両手でフランメに狙いを付け、矢を離した。放たれた矢は一直線に飛び、フランメの胸に突き刺さった。

「あ……」あっけなく刺さった矢に俺は驚きの声を上げた。

 そして、フランメはその場に倒れ、微動だにしなかった。

「お、おい……」

 声をかけるも返事は無かった。


 突然、自分がとんでも無いことをしてしまったという罪悪感が襲って来た。

 人を殺した。殺してしまった。

「う、うわあああああ!」

 俺はその場から逃げ出した。

 森を全速力で駆け抜け、ヨーク村へと戻った。


 その後の記憶は定かではないが、その夜、寝付けなかった事はだけ覚えている。

 俺はベッドの中でひたすら、「あれは人じゃ無い。魔女だ。俺は悪い魔女を殺したんだ。人を殺した訳じゃ無い」と自分を正当化するように言い聞かせていた。


 そして、いつのまにか寝てしまった。

 目を覚ました頃にはもう、太陽が真上に上がりかけていた。随分と寝込んでしまったようだ。

 ベットから起き上がった俺は外が騒がしい事に気がついた。


「母さん?」

 何事かと思い、寝室を出てエレナを探したが見当たらなかった。

 それだけでは無かった。奥の部屋のベッドに寝かされていたルキナの姿も無かったのだ。

 あんな、高熱で歩けるわけが無い。何かあったのか?

 俺は弓矢を持つと慌てて外へ飛び出した。


 するとそこには驚きの光景が広がっていた。昨日まで、死にそうな顔をしていた村人達の顔が皆、笑顔で溢れていたのだ。

 呆気に取られた俺がその場に立ち竦んでいると、向こうからクラウスがやって来た。

 クラウスは包帯の取れた傷一つない顔で言った。

「喜劇の魔女だ」

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