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第1話 おとぎ話

 記憶に焼き付いて離れない話がある。幼い頃、母が聞かせてくれた話だ。

 今ではもう、母の顔はよく思い出せないが、この話だけは今でもはっきりと覚えている。


『喜劇の魔女』

 むかしむかし、あるところに小さな村がありました。

 その村では飢餓と病が蔓延し、村人の暮らしは大変貧しいものでした。

 ある日、村に一人の大変美しい娘がやってきました。

 娘は貧しい村人達を見ると、懐から取り出した魔法の杖を振りました。すると何もない空間からとても美味しそうな料理が沢山現れました。娘はその料理を村人達に振る舞いました。

 初めて見るご馳走に村人達はたいそう喜びました。

 喜ぶ村人達を見た娘が、再び杖を振ると今度は病で死んだ村人が現れました。

 村人達は歓喜し、娘を喜劇の魔女と呼び讃えました。

 そんな中、村に貧しい格好をした娘がやって来ました。幸せに満ちた村人達は娘を快く迎え入れました。

 しかし、その娘は喜劇の魔女を殺すと魔女が村人達に与えたものを全て消し去ってしまいました。

 村人達はその娘を悲劇の魔女と呼び、恐れました。

 おしまい。


 昔からこの土地に伝わるおとぎ話。

 この話の教訓は確か、大きな喜びがあった時ほど、大きな悲しみが後からやってくる。だから気をつけろという事だったと思う。

 喜びと悲しみが交互に訪れる。それが人生だと教えてくれる話だ。

 あの頃の俺はこの話に憤りを感じていた。何故、悲しみなど感じなければならないのか。そんな人生はクソ喰らえだ。そんな運命変えてやる。そう思っていた。


 当時の俺は十五歳で世の中のことなど何一つ知らなかった。いや、毎日を生きるのが精一杯で知る余裕も無かったのだ。


 俺の名前はアガ・ゲヘルツ。大国に挟まれた小さな国、プロトテイン公国に生まれた。

 俺の家はごく平凡的な農家で、父と母、母方の祖父と共に暮らしていた。

 決して裕福では無かったが、それなりに幸せな暮らしだったと思う。

 父は色々な事を教えてくれた。仕事はもちろん、時には狩りの仕方まで教わった。父は手先が器用で、猟師の罠や、弓矢を見様見真似で作り、たまに森に行っては狩りをしていた。

 父が獲ってきたウサギの肉はとても柔らかく、それを使って作る母のシチューの味は今でも覚えている。


 今思えば、そうでもしなければ食べるものが無かったのだろう。しかし、父と母はそんな様子は微塵も見せず少ない食材を上手く使って決して、俺を飢えさせなかった。


 母は明るくて優しい女性だった。何をするにも笑顔で、夫を労い、祖父を助け、俺の世話焼く、素晴らしい母親だった。


 しかし、そんな幸せな生活は俺が八歳の時に終わりを告げた。

 戦争が起きた為だ。

 当時、プロトテイン公国の隣に位置する、ヴァルトヴィング帝国と周辺諸国との間で小さな争いが多発していた。

 ヴァルトヴィング帝国は強大な軍事力を持って次々と周辺諸国を侵略していった。

 父は国を守る為に軍隊に召集された。プロテイン公国のような小国では常備軍だけでは帝国の侵略に到底対抗出来ないからだ。

 父は戦地に赴き、そして二度と帰ってこなかった。


 父がいなくなってからも、領主に収める税が減るわけでは無い。むしろ国防の為に武器や、衣服、食糧、フライパンまであらゆる物を納めなければならなかった。

 母は必死で働いた。父の代わりに畑に立ち、朝から晩まで休む事なく身体を動かした。

 だが、そんな無茶は長く続かなかった。その年の冬に母は倒れた。

 さらに、衰弱した身体を流行病が襲い、あっという間に母は帰らぬ人となった。


 残された祖父と俺は、村を出て祖父の親戚を頼りに隣国ハースダン王国へ向かったが、その道中で祖父も倒れ、俺は一人当てもなく彷徨った。


 そんな俺を助けてくれたのが、プロトテイン南部のヨーク村に暮らすスミス一家だった。

 スミス一家は代々続く鍛治職人で、その腕前を買われ、軍から直々に武器の製造を依頼されていた。その為、戦時中でもある程度裕福な暮らしが出来ていた。だから、どこの馬の骨ともわからない俺を拾って、育ててくれた。


 スミス家には二人の子供がいた。兄のハンスと妹のルキナだ。ハンスとルキナは歳が五つ離れており、ルキナと俺は同い年だった。

 ハンスは良く出来た兄で、しっかり者で優しく、なんでも卒なくこなすスミス家の自慢の息子だった。

 ルキナはそんな兄を敬愛しており、事あるごとにハンスにくっ付いていた。

 当然、ハンスは俺にも別け隔てなく接してくれた。ルキナの方はそれが気にくわないようで、初めは俺の事をよく思っていなかったようだ。


 俺はというと正直、あまり良い気分では無かった。悲しむ暇も無く、立て続けに家族を失った俺の心は荒んでいた。

 何故俺の家族があんなに苦しい思いをしていたのに、スミス家はこんなにも幸せそうなのか。世の中の不条理を目の当たりにして、決して表には出さなかったが、心の中でスミス家に憤りを感じていた。


 さらに、一人息子だった俺は父、母、祖父から、

「しっかりとした自慢の息子だ」と、言われて育ってきた。

 だからこそ、ハンスの様な自分よりも優れた存在が気に入らなかった。


 それから、数年の月日が流れた。

 戦争は一時、停戦状態になり、プロトテイン公国を含めた周辺諸国が再び力を取り戻そうとしている折に、不条理な運命がスミス家を襲った。

 その年、プロトテイン公国を含む周辺諸国では東からやってきた恐ろしい病が蔓延っていた。

 その病に罹ったものは、肌が白く変色し、高熱と呼吸障害に苦しみ、数日のうちに亡くなった。

 スミス家の当主、俺を育ててくれたカール・スミスはその病に罹りこの世を去った。


 追い討ちをかける様に再び戦争が始まった。ヴァルトヴィング帝国とハースダン王国の全面戦争だ。間に挟まれたプロトテイン公国を始めとする小国は自分達の土地を守る為に戦わざるを得なかった。

 そして、ヨーク村の成人男性達も皆、武器を取って戦地へ出かけた。

 スミス家からは父カールの代わりに息子のハンスが戦地に行くことになった。


「俺も行く」

 家族揃っての最後の晩餐で、俺はハンスに向かって言った。

「ダメだ、アガ。お前はまだ子供だろう。戦うのは大人だけでいい」

 ハンスはそう言って首を横に振った。

 当時の俺は十五歳。ここらの土地では成人として認められるのは十六歳という事になっていた。

「たった一年だ。俺も殆ど大人だ」

「アガ。お前にはお前の仕事がある。父がいない今、お前が残って家族を支えなくてどうする」


「だったら、ハンスが残ればいいだろ!俺みたいなよそ者より、なんでもできるハンスが残った方が良いに決まってる!」体のいい言葉に、俺は熱くなって声を荒げた。「母さんだって、ルキナだってそう思ってるだろ!?」

「アガ……!」

 二人の母エレナと、ルキナは俺の言葉に息を飲んだ。

 するとハンスが立ち上がって、無言で俺の席に近づき、俺の頬を叩いた。

 ハンスの行動に俺は目を見開いた。


 ハンスが他人に手をあげる事など今まで一度も見た事が無かったからだ。

「アガ!いいか?二度とそんな事を言うな。母さんもルキナもお前の事を他人だと思った事は無い。お前は家族だ」

 そう言うとハンスは腰を下ろして、座っている俺と目線を合わせた。そして、俺の手を握ると、

「当然俺もだ。だから、お前達を危険な目に合わせたくない。お前は子供扱いをされて嫌かもしれないが、家族を任せられるのはお前だけなんだ。頼む二人を守ってくれ……!」そう言った。


 その時、ハンスの手が微かに震えていた事を俺は生涯忘れないだろう。

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