山の芋鰻になる④
4
昼休みの時間なのでまた、友達で集まって昼飯になる。今日も今日とて周りの奴らは昨日のテレビ番組やゲームの話題で盛り上がっている。まぁ男子高校生の話題なんてこんなもんだ。
「日馬。昨日のドラマ見たか?」
出た。またこの質問だ。こいつらは何と言うか変わりないな。
「見たよ。」
「どうだった?」
「どうだったってなぁ。。。まぁ王道のボーイミーツガールにいろいろ足してみました。みたいな?そんな感じだったな。まぁ面白くなるかはここからじゃねーの。」
俺は正直に見た感想を話した。
だが、ドラマ好きの友達にはその感想では足りないらしく
「いやいや、そこがいいんでしょ。しかもあの演出の使い方やっぱり監督がいいんだよなぁ。こうなんていうか不思議な世界観って言うの?そういうのを出すことでよりドラマとしての奥の深さが出てくるんだよ。」
熱弁されてしまった。
「ふーん。そういうもんか。俺は監督とかよく知らないからそこまで考えたことな
かったな。」
「大事だぞ。監督や脚本書く人によってドラマはいくらでもよくなるんだ。今回のドラマはこれからの展開に期待大だな。お前もそういうとこしっかり見てみろよ。」
「分かった。とりあえず、飽きるまでは見てみるよ。」
「まぁ飽きることなんてそうそう無いと思うけどな。」
とその友達は自信満々に語る。どこからそんな自信が沸いてくるのか。監督や脚本家を全く知らない俺としてはいまいちピンと来ない。
「そういえば、昨日日馬と遊太ゲーセン行ったんだろう?どうだったんだ。」
ここで遊太が熱弁を開始した。因みに遊太とは俺が昨日一緒にゲーセン行ったやつで極度のゲームオタクである。
「いやー。あの新作ゲームはいいぞ。まずはキャラを選ぶんだけどそれがどれも良くできてるんだよ。時間一杯まで粘っちまった。」
「で、肝心の内容はどうなのよ。」
「もう、問題なしの出来だね。戦闘システムがいいのは当たり前だけど何よりストーリーがいい。アリナって女の子を助けるところから始めるんだけど、そこから―。」
話が長くなってきたので俺はその話から抜けた。俺としてはとりあえず普通のゲームだなぁと思ったくらいだし、俺のコメントはここではいらないだろう。
とりあえず、皆が会話に夢中になっているので隣にいる玲土に話しかけてみた。
「お前はどうなんだよ。昨日何か面白いことはなかったのか。」
玲土は少し上のほうを見て考えていたが、
「まぁ可もなく不可もなくってとこかな。」
とつまらない回答をしてきた。まぁいつも通りなのは俺も一緒なのだから何ともいえないのだが、玲土は帰宅部の俺と違って部活に通っているのだ。サッカー部だったかな。小中ってずっとやっていたらしい。二年生になって初めてレギュラーに選ばれたと言っていた。それなのに可もなく不可もなくか。何か虚しくなるな。
「まぁ大会のとき以外は基本練習しているだけだし、そんなに何かあるわけでもないよ。何なら日馬も入部してみるか?何か変わるかもしれないぞ。」
丁重にお断りしておく。大体、運動部ってぶっちゃけ疲れるだけなんだよな。休みの日も練習あったりするし、のんびりしたい俺としてはそういう風に自分の時間が拘束されるのは好きじゃない。
「まぁそうだろうな。日馬ならそういうと思ってたよ。」
俺のことを見透かしたように玲土は言った。まぁ一年ちょっとの付き合いだ。その辺
は分かってるだろう。
ふと、俺の頭の中にある思考がよぎった。大したことではないのだが、ちょっと昨日の夢のことを玲土に聞いてみるか。
「あのさ。」
「ん?何?」
「玲土。お前夢って見るよな?」
「夢?何それ?僕が夢見る少年かどうかってそういう話?将来の夢とかならまだちゃんと考えたことは無いから何ともいえないけど、こう何ていうか幸せな家庭を築けたらいいなとは思ってるよ。そのくらいには夢は見るけど。」
「いやいや、違う。夜に見る夢の話。お前の将来の夢なんてそんなに興味ねぇよ。」
俺がそう言うと、玲土は渋い顔をして
「何だよ。酷い奴だなぁ。僕の夢にだって少しくらい興味持ってくれてもいいじゃないか。」
と箸で俺を刺すように突く動作をする。
「まぁまぁ落ち着けよ。とりあえず話を進めようぜ。」
余計なことは言わない方がいいな。親しき仲にも礼儀ありってやつだ。玲土はそれ以上追及はせずに話を戻してくれた。
「で、何?夜に見る夢でしょ。そんなの見たことあるよ。何回もね。普通でしょ。」
玲土は当然のように述べた。まぁそれはそうだ。
「うん。まぁそうなんだけどさ。明晰夢って見たことあるか?あの何ていうか自分が夢だって気付いてる夢なんだけど、それはあるか?」
「あぁ。あるよ。と言ってももう覚えてないけどね。あれって面白いよね。夢の中だから空飛んだり、自分の好きなもの食べたり、成りたいものに成れたりさ。」
玲土は機嫌が戻ったのか少し楽しそうに語る。
「まぁ、そうなんだけど、そういうのとはちょっと違うって言うか、何て言えばいいんだろ。難しいな。えーっとな。自分が夢だと分かってるんだけど、自分ではうまく行動できないというか自分の意思がうまく反映されないって感じか。そういう夢見たこと無いか?」
玲土は俺の質問を聞いて難しい顔をする。
「夢だと分かってるのに何もできないのか?」
「まぁそうだな。自分ではうまく行動できない感じ。」
「うーん。」
と少し唸って考えた後に、ハッとした顔をして
「あぁそれかどうかは分からないけど近いものはあるかな。」
と答えた。おぉ何だ。玲土にもあるのか。俺が見たようなあの夢と同じような体験が。
それは是非とも聞いてみたいものだ。
「どんなだ?」
「あれだよ。あれ。怖い夢。途中で気付くんだよね。あーこれ夢だわって。早く起きろ早く起きろってさ。そう思って起きるとビクッてなってさ―。」
俺が期待したのとは全然違う話だった。確かに俺もそういう夢は見たことあるけど今
聞きたいのはそれじゃない。
「もういいや。分かった。」
「何だよ。他人に聞いといてそれはないだろ?じゃあ日馬はどんな夢見たんだよ?それ聞かないと納得いかないわ。」
玲土はそう言って俺に夢の詳細を求めた。
と、言われてもなぁ。正直俺自身あの夢が何なのか分からないし、うまく説明できるかどうか。どうしたのもかと考えながら玲土の方を見るとこいつはジーっと俺の顔を見ていた。どうやら説明しないと収まらないらしい。仕方が無いので俺は昨日の夢を思い出しながらポツリポツリと話し始めた。
「えーっとなぁ・・・」
何から話そうか?よくよく考えてみるとあの夢は結構曖昧な感じなんだよなぁ。
「夢の中で俺はなんていうか。薄暗い空間?みたいな所にいるんだよ。」
「ふーん。それは自分だけ?」
「そう俺一人。」
「そうかお前一人しかいないのか?」
「うん。俺一人しかいない。それに他に物とかも何も無い。」
「ふむふむ。じゃあ本当にお前一人しかいないっていうか、それ以外他に何も存在しない世界なんだな。」
「そうだ。その認識で間違いない。」
「で、お前はそこにいるだけで何もできないってこと?」
「そう。」
確かにそうだった。あの夢、あの場所にいた俺は動くことも口を開くこともできなかった。できることはその場で周りを見渡す、暗闇を見ることだけだった。
「俺は何もできなかったんだ。」
玲土はふーんと頷きながら
「じゃあ、その空間でずっと立ちながら朝までいたってことか?」
と質問した。
「いや、違う。」
俺はすぐに否定した。
「じゃあ、何があったんだよ?」
玲土は聞く。確かにそれは当然の質問だ。だが、何があったと言われるとまたちょっと難しいな。どう表現したものか・・・
「んーとな・・・」
さてさてここからの話を信じてくれるかなぁ。真実味を出すために俺は少し声のトーンを落として話を続ける。
「そこで、ふと光が現れたんだ。俺の目の前に急にな。」
「ふーん。光ねぇ。」
「んで光の中に何かいるんだよ。逆光で分からないけど。何かいるのは分かった。人影?みたいなそんな感じでさぁ。」
「ほぉー。何かあれだな。神様降臨みたいな。そんな感じなのかねぇ。」
玲土は頬を掻きながら俺の話を聞いていた。まぁそんなリアクションにもなるか。確かに自分で言ってて変な話だと思うし。
「いや、でも更に変なのはここからなんだよ。」
俺はめげずに眉をひそめて話を続けた。
「その人影からの声が聞こえるんだよ。」
それを聞いて玲土は更に興味を無くしたように
「なんだよ。別に普通じゃん。それに夢なんだし、全然有るだろ。」
「いやでも、それがな。」
俺は仕切りなおすようにもう一回言いなおす。
「声は聞こえるんだけどその光の方からじゃないんだ。頭の中に直接聞こえるんだよ。こう何ていうか脳内に響く感じで。」
それを聞いてもまだそこまで興味が沸かないのか。
「へー。それはすごいな。でも、夢じゃなかったらな。」
まぁ確かにね。確かにそうなんだけどさ。
「玲土の言うとおりなんだけど、その言葉がまたおかしいっていうか変なんだ。」
「へぇ。じゃあ何ていったのさ?それとも聞き取れないとか?外国語もしくは宇宙語?」
「いや、日本語だったよ。ちゃんと聞き取れた。そしてその声は、俺の名前を聞いてきたんだ。」
興味なさそうに聞いていた玲土はそこでブッと吹き出し、
「あはは。なんだそれ?お前の夢の中の誰かがお前の名前を聞いてきたのか?」
と笑いながら言う。それでも俺は真剣な顔で続ける。
「あぁそうだ。人間よ。お前の名前は何だ?って聞いてきたんだ。」
「ほー。人間よ、か。ますます以って神様みたいだな。そいつは。んで何もできない日馬君はどうしたのさ?」
「それがな。その質問をされた時に急に口が動くようになったんだよ。それまで何もできなかったのに。急に口だけ動かせるようになったんだ。」
「急にねー。まぁ夢だからね。何が起こっても不思議ではないけど。で、何て言ったの?お前は誰だ?とか聞かなかったの?」
「いや、俺は自分の名前を言った。」
「へー。珍しいじゃん。日馬が素直に質問に従うなんて。僕だってその状況ならその質問されても素直に答えないかもしれないな。増してや自分の意識があるなら尚更だ。」
「確かに。俺だってそうさ。まず、ここはどこだ?とかお前は誰か?とか聞くさ。それか無視するかだな。でも、それはできなかった。」
「できなかった?口を開けられるようになったのに?」
「そうだ。口を開けて出た言葉は俺の名前だった。いや、正確には言葉が口を破って出てきた。そんな感じだった。」
「まぁ夢だしなぁ。」
「でも、自分の意識はあるんだぞ。これが夢だと分かってるんだ。なのに俺は何もできずにその言葉に従ってるんだぜ。これってありえると思うか?」
「んー。でも実際あったんだから有りえるんじゃない。僕はそんなに夢に詳しくないから分からないけどそういう夢見る人がいてもおかしくないとは思うけど。」
玲土は顔を傾けて考えるような仕草をしながら己の見解を述べた。
「まぁな。でもちょっとおかしいとは思うだろ?この後がまた変なんだよ。」
「ほぉ。引っ張るねぇ。まだ続きがあるのか?」
「おう。ここが一番不思議と言うか気になる所だな。この話で一番重要なのはここからだ。」
「おーおー。ハードル上げてくねぇ。じゃあ聞こうじゃないか。その夢の続きを。」
俺は一旦間を空けて再び口を開く。
「その声の主か。そいつが俺にまた話しかけてくんだよ。それでさ、何て言ったと思
う?」
「えー。急に質問されてもなぁ。何だろう?ここは天国だ、とか?それともお前はだ
らけすぎだからこのままだと地獄息だからもっと精進しなさいとかね。あはは。日馬なら心当たりがあるんじゃないの?」
「まぁ俺がだらけてると言うことは自分でも理解してるがそれで地獄行きは無しだろ。そんなこと言ったら世の中のどれだけの人間が地獄行きになるか分かったもんじゃない。」
「まぁ確かにね。冗談だよ。」
「言った言葉は天国とか地獄とか場所の話じゃない。そいつが俺に言ったのはこうだ。お前に力を与えよう。そう言ったんだ。」
少しポカーンとしたような顔をして玲土は俺に聞いた。
「力を与えよう?」
俺は頷きながら答える。
「そう。そいつは俺にそう言った。力を与えるって。」
「うーん。よく分かんないけど、でも日馬いつも言ってるじゃん。ほら、今日も退屈だなぁとか普通だなぁとか。だから、そういう夢になったんじゃない?不思議な力が欲しいみたいな。それってそういうシチュエーションじゃない?」
「うん。お前の言うことも一理ある。深層心理が出てきたって事だろ?確かにおあつらえ向きの趣向ではあるわな。でもさー。」
「でも?」
俺は指を立てて玲土の前に見せる。
「この話はまだ終わりじゃない。まだあるんだ。」
「おぉ。まだあるのね。ってかよくそこまで覚えてるね。夢って結構起きてから時間が経つと忘れちゃうものだと思うけど。それだけインパクトがあったってことかなぁ。まぁいいや。聞くけど。」
「おう。もうちょい話しに付き合ってくれ。」
俺は話を続けた。確かに玲土の言うとおりここまで鮮明に夢を覚えてるってのも珍しいな。怖い夢とかだったらあるけど、それでも時間が経てば記憶は薄れるものだ。起きてからもう六時間くらい経っているのだが俺にはさっき見たばかりのようにその内容を語れた。
「それで力をくれるのかと俺も思ってたんだけど、そいつは何か変なこと言うんだよ。この能力は現実でも使うことができるってな。しかも、限定的だった言うんだ。」
「現実で使うことができる?それって今この場でもその力を使えるってこと?」
「どうだろうな。まぁどんな力を貰ったのかは俺は教えてもらえなかったし、夢の話
だからな。現に俺は何か新しい能力に目覚めた感覚は無いよ。」
「そうか。でも、変な感じだな。夢の中の人物が現実でもなんてわざわざ付け加えるなんて。」
「そうだよな。まぁ俺が夢だと分かっている夢だからそう付け加えたのかもしれないけどな。夢じゃなくて現実でも何か変化が欲しい。そういう願いが俺にこの夢を見せたのかもしれないし。」
「まぁね。」
玲土は頷いた。
「でも、どんな力かは分からなかったんだろ?」
頷いた後、玲土はそう俺に尋ねた。
「そう。俺にはその力が何か聞くことはできなかったし、結局その夢の中でもその力を使用することは無かった。」
「ふーん。じゃあこの夢はこれで終わり?」
玲土の質問に俺は首を振る。
「いや、まだある。」
「はぁ。まだあるのかよ。」
玲土は言うその態度は少々飽きてきているようだった。確かにチョットというかかなり長い内容だしな。まぁここまできたんだ。最後まで付き合ってもらおう。
「俺に力を与えたその声の主が言うんだよ。お前はその力を使ってお前の望みを叶えろってな。」
「はぁー。」
玲土の視線は既にこちらを見ていない。大分飽きているようだ。
「何かややこしい話だね。」
「そうだよな。そもそも力をくれる時点で願いを叶えてくれればいいのにそれを使って願いを叶えろなんて俺もおかしい話だと思った。」
「だよね。」
合いの手が軽い。
「でも、違ったんだ。力を与えられるのは俺だけじゃない。そいつはそう言った。それこそ世界中の人間に俺と同じように力を与えると言ったんだ。」
「はえー。じゃあ僕にもその力が宿ったりするのかね?」
「どうだろうな。少なくてもお前はその夢を見てないんだろ?だったらお前は力を与
えられてないのかも。まぁ分からんが。」
「そうか。それは残念。」
玲土はそう言ったが、その表情は全く残念さを感じさせはしなかった。まぁそりゃそうだ。これはあくまで俺の夢の話なんだから。
「でだ。ここからが困ったと言うか、俺も未だに意味がわかんないんだけど、俺に力を与えたそいつは俺に告げるんだ。俺に戦えってな。」。
「戦う?誰と?」
玲土は視線を俺に戻して質問する。少し興味を取り戻してくれたらしい。また、興味を失わない様、俺はなるべくリアリティが出るように真剣みを込めて言った。
「力を与えられた人間。その全員と、だ。世界中にいる誰かも分からない人間と最後の一人になるまで戦えとそいつは言った。最後に残った唯一人のみ願いを叶えてやるってな。」
俺がそう言うと玲土は少し頭を抱えながら
「うーん。何か物騒な話になってきたね。何それ?能力者同士で殺し合いでもしろってことなの?」
「分からん。そこまでは言われてなかった。どうすれば勝者になるかも教えてくれなかったから。まぁ最後に後で説明があるとか言ってたから今日の夜の夢あたりでその説明がされるのかもしれないけどな。」
「最後?この話これで終わりなの?」
「そうだよ。」
俺はあっさりと答える。玲土的にはこの後の展開に何か期待していたかもしれないけれど残念ながらここで俺は目覚めてしまったのだった。あまりとっぴな展開に呆れたのか玲土は眉間に手を当てて考える人のようになってしまった。俺は何か言ってくるのかと待っていたが玲土の口からはなかなか言葉が出てこない。何か酷く考え込んでいるようだ。俺は待ちきれなくなり玲土に声を掛けた。
「どうした?大丈夫か?何かおかしい所でもあったか?」
「うーん。」
玲土はまだ悩んでいるような姿勢を止めない。その様子を見ると心配になってくる。
一体どうしたってんだ?俺の夢の話なのに何で玲土が考え込んでるんだ?話が面白く無さ過ぎたのかな。まぁ落ちとしてはちょっと弱かった気もするけど、他人の話にそこまでケチをつける様な奴じゃなかったと思うんだけど。。。まてよ?
だとしたら俺の夢に何か心当たりがあるのか。玲土は自分は見たこと無いって言ってたけど、同じような話を他の誰かから聞いたりそういう体験をした人の記事やテレビ番組を見ていてそれを思い出そうとしてるのかもしれない。もしそうならこの会話には意味があったということだ。俺の見た夢の謎が解けるかもしれない。こんな変な夢だ。もし、体験した人がいるのなら他の人に話してる可能性もある。そしてそれがたまたま玲土だった。じゃないとしても玲土が何かしら関わっている可能性だってゼロじゃない。そう考え、横でうーうー唸っている友人の傍で少し期待してる俺がいた。いいぞ玲土。思い出せ。思い出すんだ。俺は心の中でそう願っていた。
その内に玲土は唸るのを止めて眉間に当てていた手を退けて頬杖にしてフーっと大きく溜息をついた。
「どうした?」
期待していたせいかちょっと強めに聞いてみた。しかし、当の玲土本人の顔は苦々しいもので良い成果があるとはとても言えそうに無い。ということは思い出せなかったということだろうか。だったらもう少し頑張って欲しい。
「何か思い当たるところが有ったんじゃないのか?」
そう思って俺は更に語気を強めて聞いた。玲土はその体勢のままこちらを向いて
「いや。」
と一言だけ答えた。
「えぇ。無いのかよ。」
俺は思わず口に出して言ってしまった。いつもあまり悩んだことの無い友人がこんなに深く考え込んでいたんだ。何かしら有りそうだと思ってしまう。
「じゃあ何でそんなに考え込んでたんだよ。」
期待を裏切られた俺が問い詰めると、玲土は何故か遠い方を見て
「いやな。」
とまた一言。いや、何がいやなだよ。それに聞いてる人の方をちゃんと見て答えろよ。何考えてんだこいつは。玲土の煮え切らない態度にイライラしてるとそれを悟ったのか玲土は少し慌ててフォローを入れる。
「あぁ違うんだよ。僕はね。日馬のことを考えてだね―。」
ドウドウと言わんばかりの態度。何が俺のことを考えて、だ。結局考え込んだ末の答えが「いやな。」の一言だったじゃねーか。何の解決にもなってない。
「じゃあどういうことだよ。」
ムッとしながら俺は聞いた。
「まぁまぁそう怒らずに聞いてくれ。何もその夢の考察をすることだけが日馬の為になるわけじゃないだろう?」
「あぁ?」
思わず聞き返す。どういうことだ?
「だからね。僕なりに考えたのさ。僕の大事な友人が変な夢を見て困ってしまってるわけだ。でも、僕はそんな夢見たことないし、夢について詳しくも無い。だからね。夢じゃなくてさ。何でそんな夢を見るようになってしまったのかって方について考えてたのさ。いやいや、そんな怖い顔しないでよ。マジでだよ。マジで。」
言われて気付く。確かに強張ってたかもしれない。だってこいつの言い分を聞いてるとまるで俺が変な奴だからそんな夢を見るって言い方じゃないか。友人を精神異常者だとでも思ってんのか。おいおい、俺は友達のチョイスを間違えたかね?
「いや、別にね。日馬の頭がおかしいとか妄想癖があるとかそういうことじゃないんだよ。夢ってさ、その人の精神状態を暗示するって言う説もあるよね。だから僕なりに考えてたんだよ。そんな友人に何かできることはないかってね。本当に、至って誠実に、ね。僕は君の友人としてきちんと話を聴いた上でどうすればいいかって僕なりに考えたんだよ。」
弁明をする玲土の姿は至って真面目であり特に茶化している様な雰囲気は感じなかった。まぁ確かにこんな話を大人しく聞いていてくれたことだけでも感謝するべきだろう。笑って途中で茶々入れる奴や話を聞くのを止める奴だっていたっておかしくない。むしろそういう反応が一般的と言ってもいい。そんな中で話を聞いてくれて尚且つ俺の悩んでいると感じ、親身になって考えてくれる。それは紛れもなく善い奴だな。
先程の考えは取り消そう。俺は選ぶ友達を間違っていなかったらしい。で、だ。
「その考えとやらを聞きたいんだけど、玲土はどう思うんだよ?悩んでいるお友達に何かできることはありそうだったのかい?」
俺は雰囲気を和らげるため、少しおどけて質問をぶつけてみた。
さて、こんな素敵なお友達は一体どんな考えを思い付いたのやら?
「えーとだね。」
玲土は考えながらなのか、ポツリポツリ言葉を紡ぐ。
「とりあえず、もうちょっと日馬が現実を楽しめるように僕も友達として積極的に接していくべきだと思ったんだ。」
ん?俺の頭上に疑問符が浮かぶ。どうしてそうなった?
「たぶんね。僕が思うにだよ。日馬は今の自分の日常がすごく退屈な物で無価値だと考えてると思うんだ。それはいつもの日馬を見てれば分かるし、日馬自身自分でよく暇だとか無駄だとか言ってるだろう?」
まぁ確かに。思うところはある。見透かされるってことはあんまり気持ちのいいことではないが、こいつは俺の内面をよく理解しているらしい。
「ということは日馬の見た夢ってのは違う自分、違う世界に行きたい。そういう風に日馬自身が感じてるってことの表れだと僕は考えた。」
なるほど。そういう考え方もあるか。
「でもさ、現実ってそんなに簡単に変わったりしないんだよ。たぶん。」
玲土は諭すように言う。でも、それはどこか確証の無いようでもあった。その言葉はおそらくだけど、自分の日常のことも踏まえて言っているのだろう。だから、たぶん。
それはそうだ。俺は玲土ではないし、玲土は俺ではない。
人間は誰一人として同じ人間ではない。
よく普通はとか常識で考えればとか言う人間がいるが、俺はあまりそういう言葉を多用する奴は好きじゃない。何故なら人間がそれぞれ違うのなら一人ひとりの価値観や考え方だって変わる。だったら普通や常識なんてものは決まっているはずはないんだ。それは自分にとっての普通であり、常識であるべきであって人に押し付けるものではない。自然と他人が気付いていくものだ。だからだろう。玲土は言葉を選んでいる。俺がそういうことを嫌うことを知っているから。
普通であることが嫌いなことを知っているから。
「だからさ、日馬もう少しだけ人生を楽しんでみない?」
玲土は遠慮がちにそう聞いてくる。俺を励ましているのだろう。まぁ玲土の言わんとしてることは理解できる。あぁそうだろう。一般の、そう、普通の人間の日常ってものはそう変わったりはしないものだ。変えられるとすればその日常に対する自分の価値観ぐらいだろうか。まぁそれができる人間はこんなこと考えたりしないし、自分のことを普通の人間なんて思っちゃいない。よく言えば世界を主観的に見ることができる人間、悪く言えば自分を中心に世界が回っていると思ってる人間か。
でも、残念かどうかは分からないが俺はそういう人間には成れない。というか成りたくない。そうなってしまったら、この世界が素晴らしいということを自分に言い聞かせてしまう。そう自分の心を偽ってしまう。
俺は自分に嘘をつきたくない。この気持ちは変わらないし、変えたくない。俺が変えたいのは変わって欲しいのは自分ではなくてこの世界の方だ。
「どうだろうな。」
俺は答えを返した。その言葉には特に深い意味は無い。本当に何も無い。ただ口にする。それだけの言葉だ。それが俺の、俺の心の答えだ。
「まぁ、いいさ。善処する。」
だが、まぁ一応感謝の気持ちも含めて一言添えておこう。俺のことを考えてくれるやつが少なくてもこの世界に一人はいるのだ。それには素直に感謝できることだ。その繋がりを大事にするためにも言葉にしておく必要がある。
「そうだね。そうしていこう。」
玲土は安心したように笑みを浮かべる。
「それと、悪かったな。俺の変な夢の話だってだけなのにここまで付きあわせちまって。面白くなかっただろ?」
俺はその笑みにちょっと罪悪感を感じて謝った。
「いや、いいよ。結構面白い話だったし、まぁ日馬はそういうやつだって僕は知ってるから。謝らなくてもいいさ。」
玲土は何でもないことのようにそう言った。
「そうか。」
俺は呟く。
―。
そうか。そうだよな。俺はこういうやつだし、そんな俺と玲土は友達だった。それならいいか。うん。こういう関係を持てたということは少しは良いことなのかもしれない。俺はそう思った。
そんな感じで昼休みは終わり午後の授業になった。そして、いつも通りの日常が流れていった。