山の芋鰻になる②
2
ジジジジジジッ。
目覚ましの音が鳴っている。どうやら朝のようだ。うぅ。変な夢を見たな。まだ覚醒しきってない身体でよろよろと目覚ましを止める。
目覚ましを止めたところで俺の頭の中に声が聞こえた。正確には耳で直接聞こえているわけではないから聞こえたような気がした。それは酷く機械的な声だった。人間ではなくAIの音声案内のようなそんな印象を感じた。
*おはようございます。詳細に関する案内を聞きますか?*
まだ寝ぼけているのかと思って俺は頭を振って自分を起こそうとする。だが、また
*おはようございます。詳細に関する案内を聞きますか?*
と声が聞こえた。おいおい。行く何でも酷すぎだろ。今日の夢の続きなのか。全く引きずり過ぎだ。イライラしてきたので声の響く頭を抑えて
「うるさい。」
と一喝した。すると、
*了解しました。案内を一旦終了します*
と言って声は途絶えた。全く、寝ぼけすぎだな。にしても―。
あんな夢を見るとはなぁ。いよいよもって俺の精神状態もなかなかやばいのかもしれないな。そんなことを考えていると
「早くしなさい。学校遅れるわよ。」
と下から声が聞こえてくる。母親だ。全く。いつも変わらない。しょうがないので着替えをする。
短パンを脱いで鏡の前で着替えをする。いつもと同じことなのだが、ふと何か違う印象を感じた。いや感じるというよりは見えた方が正しいなこれは。
俺の右胸の上、鎖骨の下辺りか。その辺に何か痣のようなものができていたのだ。Tシャツを脱いで確認してみる。確認するが痣があるのはそこだけだった。記憶を辿ってみるが、昨日俺はここをぶつけたという記憶は無い。それになんか変だ。
この痣は何か印みたいになっている。普通は痣はもやもやっとしてちゃんとした形は無いはずなのだがこれはちょっと違う。なんだろう。三日月のようなそんな感じだ。それが綺麗に形どられたかの様に俺の身体に浮き出ている。大きさとしては2センチから3センチと言ったところか。
んー。でもなぁ。分からないしなぁ。実際俺が覚えてないだけで、どこかにぶつけていた可能性もある。まぁこれは何とも言えないし、とりあえずはいいか。このままにしておこう。特に痛みとかも感じないし。
着替えを終えて一階に降りる。リビングでは昨日と同じ光景があった。
「おはよう。」
と言って俺は自分の席に座る。
「おはよう。日馬。」
これは親父。
「おはよう。全くノロノロしないの。朝は短いんだからテキパキ行動しなさい。」
これは母親。俺は黙って朝食を食べる。母親の野次も気に障るがそれに抗議する方がたぶん一番無駄な行動だろう。なるべくテキパキ行動するなら触らぬ神になんとやらだ。この神様は機嫌を損ねると余計に野次を飛ばしてくるからな。無視が一番安定する。
朝食を食べながら周囲を見渡す。親父や母親は特にいつもと変わりないし、テレビも見てみるがいつも通りにニュースが流れていた。特に変わった事件や事故も無く適
当なゴシップをBGMとして流していた。
んー。やはり変わりないか。あの変な夢を見たから何か変わってるかと思ったが、そうではないらしい。まぁ夢は夢だし、いつものことって言えばそれまでだ。ただちょっと変わった夢を見ただけだったらしい。
そんな俺の様子に気付いたのか
「何かあったのか日馬?」
と親父が声を掛けてきたが、
「別に。何も無い。」
と俺は朝食を食べる作業に戻った。
「お父さんも日馬のことばかり気にしてないで。自分のご飯も早く食べちゃってね。電車に間に合わなくなっちゃいますよ。」
母親にそう言われて親父も俺を気にするのを止め中断していた朝食を食べる作業を再開する。その内に俺は朝食を食べ終わり食器を片付けて玄関に向かう。その俺を母親が呼び止める。
「待ちなさい。日馬。あんた今日は何時に帰ってくるの?」
「まぁ昨日と同じくらいじゃない?」
適当に返して、靴を履いて玄関を出る。後ろから全く適当なんだからと言う声が聞こえてきたが、無視する。反論するだけ無駄だ。
外に出ると例のごとく瑠希がいた。まぁこれも昨日と同じ、いつも通りって奴だ。特に変化も見られない。
「おう。」
と声を掛けて俺は学校へ行く作業を進める。
「おう。じゃないでしょ。おはようでしょ。お・は・よ・う。あんたまともな挨拶もできないわけ?全く気分悪いわね。」
小言を言いながら瑠希もついて来る。うるさいやつだなぁ。
そして、いつもの様にお説教タイムが始まる。今日の内容はどうやら昨日の俺の態度のことのようだった。
「あんた。始業式のときのボケッとした態度はなんなのよ。」
「授業中だってボーっとしてちゃんと先生の話聞いてたの?」
「放課後だってまたどっか遊び歩いてたんでしょ?全く部活もやらずに何やってんのよ。」
あーあ。始まった、始まった。俺は聴覚をオフに切り替える。何も聞こえない。誰も何も話していない。いつものように俺は話を全て受け流す。で、聞こえないけどとりあえず独り言の様にハイハイと分かりましたを連呼して登校を続ける。それだけの作業だ。これだけならいつもの作業なのだが、今日はいつもと違うことがあった。
何か聞こえるのだ。もちろん、瑠希の声は聞こえる。聞こえたくないけどうるさいくらいに隣で話しているからそれは分かるのだが、それはいつものことだ。話しているのだから聞こえて当たり前だし、おかしなことではない。
それ以外で何かが聞こえる。何だこの感覚?確か朝にも同じような感覚があった気がする。その声は俺の耳と言うか頭の中に直接響くような声だった。
それは心の無い機械の様な声で俺に言葉を語りかける。
*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を開始しますか?*
俺は声を聞こえないようにと精一杯努めているのだが、その声は頭の中に直接響いてるせいか、全然止まない。同じトーンで同じ音量で俺の頭の中に鳴り続ける。
*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を開始しますか?*
*対象者との戦闘可能距離に入りました。戦闘を―。*
*対象者との戦闘可能距離に―。*
*対象者とのー。*
十回以上頭の中にその声が流れたところで、俺は思わず
「うるさい!静かにしろ!」
と叫んでいた。思ったより声が出ていたらしい。隣にいた瑠希がびっくりして話すのを止めていた。
俺が叫ぶと不思議と頭の中に響いていた声は聞こえなくなっていた。周りを見渡す。特に瑠希以外に誰もいない。瑠希は俺が怒ったのが珍しかったのか、
「い、いきなり何よ。日馬の癖に何か不満があるって言うの?」
一歩引いた感じで言葉を俺の様子を伺う。
「っ。何でもない。」
俺はいたって何もなかったかのように平静を装う。
「何よ。日馬の癖にあたしに文句があるって言うの?あんたねぇ―。」
瑠希は安心したのか俺に対する小言を再開していたが、それはいい。いつも通りのことだ。それにしても何だあの声は?昨日の夢といい、今日は二回も変な声が聞こえるし、俺はとうとうおかしくなってきたのか。そもそも、頭の中に声が聞こえるなんて望みは俺にはないぞ。しかも、周りはいつも通りだし昨日と何も変わってないじゃな
いか。全く面白くない普通の世の中だよ。あんな夢見なければこんな感情も出なかったのだろうか?いや、それは変わらないだろう。そう言い聞かせて昨日と同じ様に学校への道を歩く。