羽が同じ色の鳥は群れになる
1
いつも普通だった。変わらない日常。変わらない世界。変わらない自分。いつも普通で普通な普通の普通。どこまで行っても普通が追いかけてくる。
いつも退屈だった。何も変わらない日常が。何も変わらない世界が。何も変われない自分が。退屈で退屈な退屈の日々。それが毎日やってくる。
俺はそれが嫌だった。変われない自分が。変わらない世界が。やってくるのは普通の日常ばかり。俺はそれが嫌だった。
多分明日になっても変わらないのだろう。そう思って今日も眠る。
世界は、今日も普通だった。
目覚ましの音が鳴っている。音がじりじりと耳に響く。あぁこの音は何て不快なんだろう。そう思って黙って聞いている。嫌な音だ。朝が始まる音だ。なんでこんなに朝ってのは嫌な気持ちになるんだ?人間ってそういう風にできているのか?朝が嫌いになるように創られたのだろうか?だったら神様は嫌な奴だな。間違いない。俺をこんな気分にさせるんだから嫌な奴に決まってる。俺は布団を被りながら考える。
布団の外から大きな声で怒鳴っているのが聞こえてくる。
「ひまー。目覚まし止めなさい。あなたちゃんと起きてるの?いつもこんなんじゃない。起きないなら目覚ましセットしている意味ないでしょ。学校遅刻するわよ。」
母親の声だ。俺は仕方なく目覚ましを止め、布団から顔を覗かせる。いつもと変わりない朝だ。あぁいつもと変わりない。
俺はふぅと溜息を一息吐いて、服を着替えて下の階に降りる。
リビングの方へ向かうと母親と親父がご飯を食べていた。朝も早いのによくそうやって毎日過ごせるものだと感心するなぁとそちらを眺めていると
「ほら、あんたも早くご飯食べなさい。今日から二年生でしょ。もうしっかりしてよね。そんなんじゃ社会に出たときにやっていけないわよ。」
と母親に怒られた。
そうだった。今日からか。自分でもすっかり忘れていた。今日から俺ことは高校二年生になったのだ。なんとも代わり映えのしないものだ。こんなものなのか高校二年生になるってのは何とも味気ないものだなぁ。
「早くしなさい!」
俺が未だにボーっとしているのが、気に入らなかったらしく母親が俺を怒った。通称朝鬼モードだ。俺は心の中でそう呼んでる。しぶしぶテーブルに着く。テーブルに着いて朝ご飯を食べていると横に居る親父が
「まぁまぁ母さん。日馬もまだ子供だし、その内大人になれば立派になるさ。頭ごなしに怒るのはよくないと思うよ。」
と俺を弁護していた。しかし、朝鬼モードの母にはその言葉は理解できないらしく、
「ダメよ。お父さん。そういう風に甘やかしてたら何も出来ない大人になっちゃうの。そうならないように私達がしっかりと教育をしなきゃいけないんだから。」
とあっさり突っぱねられていた。父親はそれ以上反論することは止めたらしく
「そういうものかなぁ。」
と言って終わってしまった。
「そういうものです。」
と朝鬼(母)は言う。そういうものとはどういうものなんだか。俺にはさっぱり理解できない。まぁ理解したいとも思わないが。
何か話すのも面倒なので黙って朝飯を食べる。両親は今日は何時に帰るとか今週末の休みはどうしようかだとかそんなことを話していた。別に俺にはどうでもいい話だ。親父が何時に帰ってこようが構わないし、今週末に両親がどこかに行こうとも俺はついて行く気が無い。ただのBGMの再生として脳内で処理する。
朝食を食べ終わったのでそのまま外出しようとすると
「食器は流しに片付けなさい。」
と指摘された。だるい。別にやってくれたっていいのになぁ。そう思いながらも言い返すのも面倒くさいので食器を流しに持っていく。更に何か言われても嫌なのでさっさと玄関に向かう。
「今日は何時くらいに帰ってくるの?」
母親の声だ。はぁ。別に何時だっていいだろうに。
「適当に帰ってくる。たぶん六時か七時くらい。」
と曖昧な答えを返した。
靴を履いて外へ出た。四月だからまだ外は肌寒い。まったく、なんでこんなに朝早くから外出しなければならないのか。人間の習慣ってのは本当に面倒くさい。
家の敷地を出たところで一人の女と出会う。まぁ出会うのは分かってるんだが、
「遅いじゃない。遅刻するわよ。外で待ってるわたしの身にもなりなさいよ。もう少し早く出てくるとか出来ないの?そういうところがあんたの駄目なところなのよ。」
と開口一番に文句を浴びせられる。
酷い話だ。こっちは何も悪いことはしていない。ただ普通に起床して普通に登校すると言うだけのことなのに何故怒られなければならないのか。俺には到底理解できない。
「行くわよ。登校時間に遅れるわ。早くしなさい。」
俺の返事も聞かずに女はとことこと先に歩いていく。このまま先に行かせてここで待っててもいいのだが、それをやると更に怒られるという事は既に経験済みなので俺は黙って後に続く。
俺の先に歩いている女。こいつの名前は相谷瑠希ソウヤルキ。俺と同じ高校二年生。隣の家に住んでいて幼い頃からの知り合いである。つまり幼馴染である。何を考えているのか分からんが、俺と一緒に学校に行く。それはもう小学校からの習慣だ。毎日の憎まれ口や文句なんかも慣れたものなので俺はもう何も言い返さないことにしてる。
それにしても、何でこいつは俺と一緒に学校に行くんだろうか?習慣化してるのか?バカの一つ覚えってやつかな。そんなことを言ったらぶっ飛ばされそうだから絶対言わないが(瑠希は空手をやっていて黒帯を持っている)それにしても分からないものだ。まぁ、別に学校に行くだけだからいいかと思ってもいるのだが、
「あんた分かってんの?今日から二年生なのよ。わたし達ももう先輩になるんだからもう少しちゃんとしなさいよね。」
始まった。こいつは何かと俺にお節介を焼いてくるのだ。お前は俺の親かと言いたくなる。
「そのぐらい分かってる。それに二年生になった所でやることは何も変わらないだろ?いつも通り学校に行って授業を受けて帰ってくるだけじゃねーか。」
「はぁ?」
俺の言い分が気に入らなかったらしく瑠希は怒ったように俺に睨みを見せた。
「全っ然分かってないじゃない。二年生になるってことは後輩が居るのよ。あたし達の下の学年の子が入ってくるの。」
「それはさっきも聞いたよ。」
「だから、あんたがだらしなくいつも通りにしてたら後輩の子達に示しがつかないでしょ。そんなことも分からないの?」
瑠希は当然とばかりに自分の主張を述べる。
いやでも、そんなことないだろう。大体自分たちが後輩と関わるのなんて学校生活の本の一部だし、誰が先輩で誰が後輩なんて一目見ただけじゃ分かるまい。それに俺の行動がいちいち後輩に影響するわけじゃないだろう。それこそ俺の影響力がどれだけすごいのかって話になる。自慢じゃないが俺は自分が誰かに影響を与えられるほどの人間だと思った実感はない。少なくとも今日の今までは。
「別に俺がどうしてたって関係ないだろ?」
思ったことをそのまま口にした。失敗だった。すると、瑠希は火が点いたかのように俺に向かって
「あんたのそーゆう考えが―。」
「わたしとしては―。」
「だから、あんたは―。」
捲くし立てる。捲くし立てる。もうマシンガントークだ。マシンガン所の威力じゃないな。もうガトリングだ。ガトリングトーク。
俺は今日も瑠希の地雷を踏んでしまったらしい。まぁいい。これもいつものことだ。お説教されながら登校する。これが俺の日常なのだ。初めのうちは何で俺ばっかりこんなに言われなければならないのだろうと考えもしたが、最近はそれすら辞めた。もういい。適当に話を聞き流しておけばそのうち、学校に到着する。
今日もいつも通り学校まで到着した。道中いろいろ言われた気がするが俺の脳内では全て消去していた。っていうかそこまできちんと聞いてたらノイローゼになりそうだ。たまったものではない。
教室まで来るとさすがに瑠希も自分のグループの方へと入っていった。
「おはよう。」
「おやよー。」
「おはよう。今日も王子君と一緒に登校か。仲良いねー。」
「いや、そんなんじゃないから。あたしが躾してるだけだから。仕方なく。仕方なくね。」
等と友達と会話をしていた。やれやれだ。やっとお荷物が居なくなった。
俺も自分の席に向かう。席に着くと
「おー。暇人。おはよー。今日も姫路さんと一緒か。楽しそうだなぁ。いいなぁ。」
とニヤニヤしながら声を掛けてくる人物がやってきた。
「いいわけねーだろ。お前には何回も行ってるだろうが、拷問みたいなもんだよ。分かってんだからからかうんじゃねー。」
その声の主に俺はあしらうように反論する。
「まぁまぁいいじゃないか。実に楽しそうだと僕は思うけどね。」
そういってそいつは瑠希の方を見る。
こいつの名前は四辻礼人シツジレイト。俺とは高校一年から同じクラスでなんか話が合って友達になった。他にも友達と呼べる奴は何人かいるが、その仲で一番と言われたらこいつだろうか。良い奴なんだが、こういう時は面倒くさいと思う。放っておいてくれればいいのに面白がって絡む。こっちの身にもなれってんだ。まぁそれ以外特に不満点は無い。こいつの特徴を挙げるなら気遣いが他のやつより少し出来るところと・・・あとは、そうだな。こいつの想い人がこいつの目線の先に居るってことくらいか。
先に言っておくが、もちろん瑠希ではない。そうだったとしたら俺が押し付けてないはずが無い。否が応でも無理やりくっつけて俺が自由の身になる。こいつの想い人は瑠希と同じ友達のグループに居土井芽衣ドイメイさんだ。明るく気さくなイメージの子だ。こいつと同じく変な冗談は言っているが(ちなみに先程俺と瑠希が一緒に教室に入ってきた時に瑠希をからかっていたのが土井さんだ)基本的には良い子だと思う。
まぁそこまで深く関わっていないので俺の予想はあてにならないけどな。
それにしても、よくある話だ。同じ教室で同じ時間を過ごしていくうちに惹かれていく。普通だなぁ。当たり前って言えばそれまでなんだろうけど何ていうか面白みが無い。どうせだったら学校一の美人とか不細工とかそっちを好きになればいいのに。
あぁ美人だと好きになるのは当たり前か。それでもそれでこいつが振られたり、もしくは付き合っちゃえたりすれば少しは面白くなるのになぁ。正直今のままじゃ俺は特に応援する気にもなれん。告白して付き合おうが、振られようがどっちでもいいやと思ってしまう。友達として薄情なと思う人も居るかもしれないがそんなこと言ったって所詮は他人事だろう。自分にとって何か旨みが無ければつまらないと思ってしまうのもしょうがないと俺は思う。
逆にこいつが付き合って惚気話なんかされても俺は全く面白くない。むしろ時間を損した気分になる。俺は瑠希達(土井さん)を見続けている玲土に向かって
「おいおい。いつまで眺めてるんだよ。ストーカーか。まったく酷いやつだな。」
とさっきの冗談のお返しに嫌みったらしく言ってやる。
すると、玲土はビクッとこっちを向いて
「やめろよ。そんなわけないだろう。ただ何となく見てただけだよ。何となく。本当に何も無いから。」
あたふたと言い訳してきた。
「ふーん。何となく、ね。」
俺は目を細くしてジーっと玲土を見つめる。
「本当だってば!」
そう言って玲土は語気を荒げる。逆にそういう態度をとった方が怪しく見えるんだと思うんだがねぇ。
「あーそう。」
そう言って俺は目線を窓の方に向ける。
今日は晴れだった。