5、育児
“赤子の世話はそれは大変なものである”。前の世界で親戚の姿を見ていた司が思ったことである。実際、周りに話を聞いても夜泣きだの何だので随分と手が掛かるとが分かる。
初めは育児に追われる生活を覚悟していた司だが、【魔王】は驚くほど手が掛からなかった。全然泣かないのだ。
「シトリン、おしめは変えてくれた?」
「はい、さきほど」
司は赤子の為に片付けた部屋にひょこっと顔を出すと、白と空色の水干を纏った少年に尋ねる。頭の高い位置で結っている髪が少年の動きに合わせてしゃなりと翻る。紅を引いた吊り目は優しげに瞬いている。それは数日前に従魔契約を結んだシトリンの人に化けた姿であった。試行錯誤した結果身につけた人化スキルである。耳と尻尾がそのままなのは愛嬌だろう。
やはり幼獣の姿よりも人間の姿の方が家事をしやすいので日中は人の姿をしているが、長時間の変化は疲れてしまうので夜になると元の狐の姿に戻る。
「お昼はシチューにしようと思うんだけどいいかな?」
「それならシトリンにお任せください!賢者様はどうぞゆっくりなさってください」
二階の畑から収穫した野菜の籠を司から取り上げるとシトリンは台所の方へさっさと行ってしまう。手持ち無沙汰になった司は赤子の様子を見るために部屋の奥のベッドへ近づく。
「調子はどうかな?」
言いながら司は手を翳して赤子の魔力の流れを観察する。そうして健康状態を調べるのだ。特に問題なくすくすくと育っている。
育児や家事の殆どはシトリンがやってくれる。司はその間、本を読んでこの世界について学んだり、作物を収穫したり、赤子用に簡単な肌着を縫ったりしていた。また、赤子にミルクを飲ませるのも司の仕事である。何故かシトリンが与えても飲んでくれないのだ。
覗き込むと深紅の大きな瞳と目が合う。
「うー」
赤子は唸るような声をあげて精一杯に短い手を司の方へ伸ばす。実にいじらしい姿だ。あやすように抱きあげると司は子守唄を歌ってやる。そうして優しく宥めるように赤子の背を叩くと、それほど時間もかからず眠りに落ちる。寝顔がまた可愛らしい。