4、従魔契約
「賢者の家」へと狐を招き入れた司は、やかんを魔法で生み出した水で満たすと台所の魔法陣の上に置いて魔力を流した。これは熱魔法の魔法陣で、現代でいうコンロの代わりである。この家の設備は全て原動力が魔力になっている。というのも、地上で一般的なのは魔石を動力源とする魔道具なのだが、魔石には寿命がある。なので、この家は魔力の多い【賢者】ならば容易に扱える魔法陣でそれらの代用をしているのだ。
因みに部屋の電気などはスイッチのところに吸収と転送を兼ねる魔法陣があり、電球のようなところに光魔法の魔法陣があるという複雑な造りである。そして魔法の方が効果が物質に反映されるのが早い。つまり、魔道具を使うよりも早くお湯が沸くのだ。
そうして沸いたお湯に、二階の倉庫から持ち出してきた茶葉でお茶を入れる。この茶葉、味や成分は日本で流通していたものと変わらないが性能が段違いである。
というのも、この世界ではどうやら食べ物にも付属効果があるらしい。例えば今回いれたのは緑茶だが、緑茶には毒に対する免疫作用が付いている。もちろん、カフェインやカテキン、テアニンも含まれているため健康にもいい。
司はお茶をいれたマグカップを2つ持って狐の反対側のソファに座る。
「どうぞ」
そう言ってマグカップの1つを狐に差し出す。
眠っている赤子は籠に入れたまま、先日部屋の隅で埃を被っているのを発見して綺麗にした、ロッキングチェアの上に置いた。火を入れた暖炉の傍なので暖かいだろう。
「さて、それじゃあ話してもらおうか?」
「はい、これまでの経緯をお話致しましょう」
ポツリと話し出した狐はどこか寂しそうで司は無意識のうちに力になりたいと思っていた。
狐の話をまとめると、百年に一度、人間族の領地で【魔王】の赤子が生まれること。籠に入れられたその赤子が人間族の敵である【魔王】だということ。【魔王】を生かしておくと魔族の動きが活発になり戦争が勃発すること。御伽噺で聞いた【賢者】なら知恵を貸してくれるのではないかと思い立って行動に起こしたこと。
「今までは魔王を赤子のうちに処分することによって戦争を防いできたのです。そして今回、生まれた赤子を処分する役目を仰せつかったのはワタシでした。しかし、いくら魔王といってもまだ赤子です。その命を奪っていいはずがないでしょう?」
「そうだね」
伏せていた目をあげると司は息を短く吐き出す。人間族の傲慢さに怒りをおぼえていた。
赤子を殺して事なきを得るだなんて愚か者の発想である。しかし、【魔王】の赤子が人間族の領地で生まれるとは作為的なものを感じる。もしかしたらこの世界には神様とかいう創造主がいて、何らかの理由でそういう仕組みを作ったのではないだろうか。
そうなると【魔王】も【賢者】も役割で、後々【勇者】か【聖女】が出てくるだろう。またはその両方かもしれない。どちらにせよ【魔王】とは相反する存在で、人間族の旗印になる者たちだ。【賢者】はその中立な立場と見ていいはずだ。
とすれば、司のやる事は一つ。【魔王】を人間族に殺されぬよう育て上げること。その結果、魔族との戦争が起ころうと司には関係ないことだ。
「【魔王】についてはよくわかったよ。それで、あなた自身の話も聞かせてもらえる?」
「承知致しました」
そうして狐は、今度は身の上話を聞かせてくれた。
人間族の領地には幾つか国があり、その内の一つ、この巨大な渓谷に近い辺境国ヤマト。狐はその国で生まれ神に仕える巫子として育てられた。巫子というのは他国では神官と同義で、神を奉る建物は共通して神殿と呼ぶ。ある時、狐が奉仕するヤマトの神殿に【魔王】が生まれたという神託が降りた。
それを何処かで聞きつけて口を出して来たのが大国エストメイアの神官たちである。彼らは狐たちヤマトの巫子に【魔王】である赤子を処分しろと迫った。しかし、狐たちは【魔王】であろうと神がお与えになった命であると赤子を生かす方法を考えた。そこで思い出したのが谷底に住むと言い伝えられた【賢者】の存在である。
しかし、谷底には魔族の領地から漏れ出して溜まった瘴気が溢れていて、濃い瘴気にあてられると常人はその姿を保っていられず魔物に変異してしまう。
「そしてワタシはこの様な姿になったのです」
そう締め括った狐に司は疑問をぶつける。
「あなたの名前はなんていうの?」
すると狐はあっけんからんと言い放つ。
「魔物に名前はございません」
狐は名持ちの魔物は誰かが使役した使い魔で、本来魔物は名前を持たないものなのだと説明してくれる。
「それじゃあ、人間だった時の名前は?」
「カグラでございます。今のワタシには名乗る資格のない名前です」
名前があって当たり前の世界で生きてきた司にはそれがとても不便だと思った。なんせ日本は人形にだって名前をつける国だ。リコちゃんとかぼぼちゃんとか。
「使い魔、ね」
反芻するように呟くと司は短く思案する。
「もしよかったら、私に名前を付けさせてもらえない?」
「賢者様の使い魔にしていただけるのですか?!ありがとうございます!!」
何故かまたテンションの上がった狐に若干引き気味になって司は告げる。
「あなたの名前はシトリンね」
「シトリンですか?」
狐もといシトリンは噛み締めるように繰り返すと満面の笑みで答える。
「良い名前をありがとうございます!」
それにつられて司も笑みを零す。
「黄水晶は幸運を運ぶ石と言われていて、あなたの瞳と同じ色なんだよ?」
その途端シトリンの身体から光が溢れる。眩い光はシトリンを覆うとやがて収まる。シトリンの首には銀色の鈴が紺色の紐で結ばれていた。
「従魔契約の完了した証ですね」
シトリンは嬉しそうに尻尾を揺らす。
異世界に転移してから2週間目、司は使い魔と小さな【魔王】を仲間にした。
お久しぶりです。
シトリンが話す賢者や魔王に【】がないのは職業としての認識の違いによるものです。この世界では『鑑定』やステータスは一般的ではないので。
【】はその内外します。重要そうな時だけ表示します。