毎日一緒にいたい
塾講師として正式採用されたあーちゃんは忙しい日々を送っている。
それ自体はとても喜ばしいことで今後の活躍が期待されるのだが、困ったことにまだ小学生5年の翔太に掛かる負担が大きい。
帰宅が遅いと夜9時を過ぎるあーちゃんは翔太と夕食の時間が合わない。あーちゃんが午前中に準備しておいた夕食を翔太が温め直して食べる。お風呂も宿題もひとりでこなしているけれど・・・
ある日、私からあーちゃんに持ちかけてみた。
「ねえ、あーちゃん。翔太くんと、ときどきうちで夜ご飯一緒に食べてもいい?」
「え、悪いよ、そんなこと」
予想してなかったらしい提案に、目を瞬いて断る彼に少し上目遣いでお願いとして言い換えてみる。
「お姉ちゃん達も翔太くんに会うの楽しみにしてるからお願い、ときどきでいいの。あーちゃんには悪いんだけど、帰りがけに翔太くんをうちに迎えに来てもらえるかな?ねっ?」
「僕は帰りが遅くなることが多いから翔太をひとりにしておくのが心配だし、すごくありがたいんだけど・・・僕の方こそ、甘えさせてもらっていいのかな?」
やった!これで翔太くんがひとりぼっちで食事することが減るし、あーちゃんに会える日が増える。
翔太が週に2,3日うちに来るようになって、夕食時に美紀ちゃんも子どもを連れて離れの建物から顔を見せることが増えた。
翔太と食後に一緒に宿題をして、時間があればお風呂を勧めるときもある。迎えに来てくれたあーちゃんにおかずのおすそ分けをして、ふたりを見送る。
いつものようにダイニングテーブルで翔太と宿題をしていると、翔太が独り言のように呟いた。
「うちに帰っても、みおがいたらいいのに・・・」
声がした方を見ると、翔太が手を止めたままノートから顔を上げずにしゃべり続ける。
「みおだって家に来たとき、あーちゃんによく『泊まっていっていい?』って聞いてるじゃない。僕も泊まっていってほしいのに、あーちゃんいつも『だーめっ』って、言ってばっかりなんだもん・・・。これからもずっとダメなのかなぁ・・・」
それは・・・
常識的なあーちゃんがいいと言ってくれないのを承知の上で「泊まりたい」とねだる、お約束のやり取りだもん。でも私は結構ホンキなんだけどな。
それを翔太に説明するとさらに「なんで?」って尋ねられそう。無邪気な翔太にうまく答えられる気がしない。
今の翔太の呟きが食器を片付けてる美紀ちゃんに聞こえてないことを確かめて、言葉を選んで答える。
「あーちゃんは真面目だから、高校生は夜にはちゃんと家に帰りなさいって、正しいことを言ってるんだよ。きっとそのうち、『いいよ』って言ってくれるよ」
「高校生じゃなくなったらいいの?みお、いつ高校生じゃなくなるの?」
「今、3年生だから、1年後は高校生じゃなくなって・・・私、その頃何してるんだろうねぇ?」
パッと顔を上げて笑顔に変わった翔太が大きな声で、「うちで、お泊り~!」と言ったから、美紀ちゃんの関心を引いてしまった。手を働かせたまま、話に割り込んでくる。
「なに何~?美緒、秋人さんちでお泊りしてくるの?どうせバレるんだから心配かけないよう、正直にママに言っていきなさいよー」
「もーっ!しないって、お泊りなんて!」
それを聞いた翔太がとたんに「・・・しないんだ」とあからさまにしょんぼり顔で凹み、焦ってフォローするはめになった。
学校で進学志望校の提出を終えてしばらくたった休日、あーちゃんの家におじゃましている時、彼の仕事先での志望校判定の話題になった。半年後に本番が控えてるとあって、塾でも結果に一喜一憂したり志望校を変更する生徒が多く見られるそうだ。
私も今年に入って志望校を絞ったから、模試のたびに判定は確認していた。
「美緒、どこの大学受けるか決めた?」
「うん。奨学金受けられるから、第一志望はすぐそこの医科大の看護学科にしたの。まずは推薦受けられるか確かめて、だめだったら試験で受けるつもり」
「他の大学は受けないの?」
「推薦がだめだったら他も一応受けるけど、第一志望が今のとこ安全圏判定だから無理して遠くにいくことないと思って・・・それに・・・あのね・・・大学生になったらここから学校に通いたいなぁって、思ってるんだけど・・・いいかなぁ?あーちゃん」
「え!?ここから?美緒んちから車で通学なら、全然近いでしょ?それに泊まりはお父さんたちの手前、マズいと思う・・・でも僕としてはホントは・・・」
ごにょごにょと語尾を濁してるけど、そこは今問題じゃない。
「そうじゃなくて・・・つまり・・・その・・・」
自分は何でも躊躇わず口にできるほうだが、さすがに言いよどむ。しかし、鈍いあーちゃんにははっきり言わないと伝わらないみたいだ。
横にある彼の片手を自分の両手で包み込み、彼の目を直と見つめる。
「私、高校卒業したら、あーちゃんのお嫁さんになりたいの。だから、ここに住んでここから大学に通いたいってこと」
「それもしかして・・・プロポーズ?」
間近にいるから、あーちゃんが唾を飲み込む音が聞こえる。
「そうだよ。あーちゃんと結婚したいの。お嫁さんも学生もどっちもがんばるから、毎日一緒にいたい」
あーちゃんが口元に空いてる手を当てる。この仕草は今ではおなじみの、照れた時にする行動。ただ今回は手の間から揺るぎのない声が聞こえた。
「・・・僕も、美緒と・・・結婚したい」
「でも大学に行くのに、まだ早いって美緒の両親に反対されるんじゃない?」と心配するあーちゃんに、「大学生してるうちに気が変わっちゃうかもしれないでしょ」と言ったとたん、「そ、そうだね。早いほうがいいかも」と慌てだして、一緒に両親を説得しようと意見一致できた。
後で考えると、あーちゃんの気持ちが他の人に向いてしまうのが気がかりで言ったんだけど、彼は私の心変わりを恐れたのかもしれない。
・・・やだなぁ、そんなことないよ、あーちゃん。
家に来たあーちゃんと一緒に両親に話を切り出すと予想通り、進学するのに結婚はまだ早いんじゃないかと言われた。
しかし、あーちゃんが生活は働いてる自分が支えると言ってくれて、私は学校の方は奨学金とバイトでなんとかすると切り返す。
実はあーちゃんの前で言うには恥ずかしいのと気を使わせてしまうことを避けたいのもあって、彼が家に来る前に、美香ちゃんの協力を得て両親に自分の想いを聞いてもらっていたのだ。
あーちゃんと一緒なら学業と結婚生活の両立をがんばれる。まだ手のかかる翔太の面倒をひとりで背負う彼の助けになりたい。彼を助けるのは自分でありたい。と
話し合いの結果、学費は両親から援助を受けられることとなり、結婚してからもときどき実家に顔を見せるように言われた。
パパが「もうしばらく親らしいことをさせてくれ」と、ママは「まさか美緒が美紀以上に早くに結婚するとはねぇ」と、ふたりして少し寂しそうな顔をしていた。
・・・大丈夫。結婚しても私、しょっちゅう顔出すから。まだまだ料理教わらないとやってけないもん。
もうひとつ。あーちゃんのお母さんにも了承を得なくちゃ。
反対されるかな?高校卒業したての子に生活能力なんてないでしょとか、大学卒業後で充分でしょとか・・・
と、心配していたのがなんだったんだと言いたくなるほど、あっけなく許してもらえた。
あーちゃん曰く、「母さんは自分が自由に生きてるだけに、寛容なんだよ。お幸せに、って言ってくれただろ?」
晴れて親公認の婚約ができたことであーちゃんが、「婚約指輪いるよね。早いうちに見に行こうか」と言ってくれたが、遠慮した。正直なところ、今は他に必要なことにお金を使うべきだと思うから。
「婚約指輪はなくていいよ。でも、結婚指輪は卒業してからおそろいで買おうね」
「じゃあ結婚式挙げる場所を決めないと」
「結婚式は籍を入れてからうちで開くのでもいいかな?前から夢だったの」
「美緒がそれでいいなら、もちろんいいよ」
志望校に合格して大学生をしながら毎日あーちゃんといる自分を思い描いて、半年後のゴールを目指す。
受験時期でありながら、すでに幸せいっぱいな私だった。
次のシリーズは美緒の一人称なしです