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出会いは日常の中に  作者: つきみまいたけ
2/8

先生たち


弟に絡んだ話をきっかけに先生の料理の失敗談や大学生活と高校との違いなど、いろんな話を聞けるようになった。

そうなると、お昼休みと放課後だけじゃ足りない。しかも、忙しい先生を独占していられるのはほんのわずかだ。もっと先生と会いたい。

短い休み時間、移動教室のどさくさにまぎれて教室を出る間際、小声で尋ねる。


「先生、今度の土曜日の午後空いてますか?」


急に聞かれて驚いた先生はそれでも、ちょっと思い出すように考えて答えてくれた。


「空いてる、けど?」


「その日私、模試が終わったらスーパーに行く予定なんです。先生、偶然会えますか?」


「・・・それ、偶然って言うの?」


「先生の立場的に、待ち合わせはマズイんじゃないですか?」


「うっ。・・・そうだね」


「先生の弟くんにも会ってみたいです~」


弟と耳にして先生の口元が綻んだのを見て、じゃ、と手の平をわずかに振り友達に合流して次の教室に歩いて行く。

振り返った友達に、「朝比奈先生と何話してたの?」と聞かれたから、「生物(せいぶつ)のこと」と答えておく。実習生に関心が薄い友達はそれ以上聞いて来ず、話題は次の休み時間にお目当てのパンを買うためにいかに早く購買に走るかに逸れていった。


他の子にとって先生は、地味で真面目で授業のことだけでいっぱいいっぱいな実習生に見えていると思う。だって私がそう思ってたから。でも、新しく知った先生の魅力を他の子に教えるつもりはない。

弟思いな優しい兄で笑顔になるとグッと親しみやすい、なんて知れらちゃうと学校で先生と話せる時間が確実に減るもん。



土曜、模試が終わってすぐ、スーパーへ自転車を走らせた。スーパーと言っても小規模なショッピングモールだから、うまく会えるかどうかわからない。とりあえずスーパーの果物売り場側に立って辺りを見渡してみた。


う~ん、見当たらない。ちゃんと時間と場所を指定しておくべきだったかなぁ。


軽く反省していたら、後ろから「小川さん」と声がしてパッと振り向く。私服の先生を認識するのに一瞬間があいた。

いつも学校でネクタイ姿の先生は、今日はチノパンにポロシャツのラフな格好だ。大学生っぽく見えて、高校生の自分との距離が近づいた感じがする。


先生がわざとらしく、「偶然だね」と目を細めて悪戯っぽく笑った。学校に居る時には見られない笑顔だ。いつも以上にたれ目が強調されて愛嬌が出る。

それに応えて、私もニッコリして「偶然ですね~」と返す。


先生はすでにカートを転がしていて、本当に買い物をしていたようだ。カゴにいくつか商品が入っている。そんなことよりも、先生の後ろに半分隠れるようにして立つ子どもに目がいった。小3の弟くんだ!!


「先生の弟さん、ですよね?」


期待を込めて尋ねると、先生が軽く頷いて「翔太、挨拶しよ」と片手を弟の肩にかけて横に出した。


・・・弟?だよね?


兄弟と言うからには、そっくりとまではいかなくても先生に似たちっちゃい版をイメージしてたのに、目の前のふたりは似てない。柴犬とマルチーズくらい違う。

ただ、マルチーズが柴犬をよく慕っていることは、ポロシャツの裾を握り続ける手でわかる。


弟くんの肌は色白で滑らかで見るからに柔らかそうで、見上げてくる目はクリッとして可愛い。さらさらな髪の毛が店内の光を反射して天使の輪を作ってる。


見とれていた子どもの口から、「朝比奈翔太です」と高めの澄んだ声が出た。


うゎ~。私も弟欲しいよ、ママ~っ。あまりの可愛さに、とっさに思ってしまったのはしょうがない。


「小川美緒です、はじめまして。先生にはいつもお世話になってます」


相手が子どもとはいえ、先生の家族だ。挨拶はちゃんとしないと。

すると、目を瞬いた翔太は真横を見上げて、「先生?」と呟いた。それを聞き取った先生が説明する。


「僕、今高校で先生になる練習してるから、今だけ先生って呼ばれてるんだよ」


翔太がパッと明るい顔になって、「わぁ!あーちゃん、先生なんだ!」と言って先生の腰まわりに抱きついて跳ねる。似てなくても、仲がいい兄弟でほほえましい。

今度は私が気になることを耳にして首を傾げ、先生に尋ねた。


「あーちゃん?」


「あぁ、僕の名前が秋人(あきひと)だから、あーちゃんって翔太は呼ぶんだ」


いいな。私もあーちゃんって呼んでみたい。



スーパーは先生に会うための口実だったから、私が買うものはない。だから、先生たちの買い物に付き合って一緒に回る。今日は惣菜じゃなくて肉や野菜がカゴに入れられていく。カレーのルーの棚の前まできて、今カゴに入っている食材がカレーに変身するものばかりだと納得できた。


「今日はカレーですか?」


「うん。多めに作って、明日もカレー。・・・明後日も、かも」


「冷凍しないんですか?」


「え?冷凍できるの?」


「うちでは、よくしてますよ。連続だと飽きるし、冷凍してあると食べたい時にすぐ食べられるし」


「翔太、僕たちもやってみようか?」


「うん!」


「そしたら明後日は何作ろっか・・・」


すぐにアイデアが出てこない私達は頭を悩ませながらまた野菜売り場へ戻り、ほうれん草を手に取って「お浸し」「胡麻和え」と思いつく料理を口々に言い、キャベツを手にしては「サラダ」「ポトフ」「野菜炒め」と、連想ゲームのようにしてカゴに入れていく。

翔太も「バター炒め」「ロールキャベツ」「シチュー」と、きっと自分が食べたいであろうメニューを挙げ連ねる。


ひとりで目的の物だけをただカゴに入れていくのと違って、会話しながら決めていくのは楽しい。

店内をひと通り回って気が付くと、カゴいっぱいに食材が積みあがっていた。


少し冷静になった先生が、「こんなには・・・作り溜めできないよ・・・ちょっと戻そうか」とまた売り場に引き返そうとした。

私はカートを押すその二の腕を両手で掴んで止める。自分とは違う腕のかっちりとした触り心地に意識がいって、すぐに手を離した。


「待って、先生。今日うちで調べておくから、明日一緒に作ろ。明日、先生の家に行っていい?」


「だめだよ。これでも一応、先生なんだから」


「ん~っ、じゃあ・・・。ねえ、翔太くん。翔太くんちに遊びに行ってもいいかなぁ?」


翔太の目線まで屈んで高さを合わせて伺う。尋ねられた翔太は目を輝かせて今にも「いいよ」と言いそうな顔になったが先生の許可を求めて、私と先生を代わる代わる見る。ただ、その目には明らかに期待が見て取れる。

弟大好き兄としては、ここでダメとは言えないでしょ。


「え~っ、そうきたかぁ・・・」


困った顔で悩んだのも束の間、「しょうがないなぁ、どこに何時に迎えに行けばいい?」とお許しが出た。


やった!先生の家に行ける!


一拍遅れて、許可が出たことがわかった翔太の表情が一瞬でとてもいい笑顔に変わった。満面の笑みを湛えた子どもはもはや、性別不明の天使だ。


きゃ~!可愛いっ!


同時に見た先生が、「翔太がこんなにいい笑顔するの、すごく久しぶりに見たよ」と、これまた笑顔で喜んでくれた。


行き違いになるといけないからと言って、先生と連絡先交換もできたのは予想外の嬉しいことだった。




家に帰り、美香ちゃんが仕事している合間に、買った食材に合う献立と保存の仕方を尋ねてメモしていく。いつも食べるほう専門で滅多に作らない私がレシピを聞くことを、お姉ちゃんが不思議に思わないわけがない。当然、「どこで誰と作るの?」と聞かれた。


「今、教育実習に来てる先生たち(・・)と先生のおうちで作るの」


嘘は言ってない、先生は男だけど。翔太くんを含めた『たち』だけど。小さい頃からお姉ちゃんたちに嘘つくとなぜかバレるから、気をつけなくっちゃ。






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